銀毛に眠る ー狐と猟師、人と獣の物語ー

下之森茂

03 足枷の道

小屋のある森林から南西へ、
島の端、〈サンクラ〉の町へ
男は背嚢はいのうに詰めた毛皮を運ぶ。


森林を抜けると、
田畑の境界を作る畦路あぜみちを歩く。


田に実る〈ファタ〉は金色に色づき、
農夫らが一家総出で
刈り入れをする姿が見られた。


「『収穫祭』が近いな。」
秋の収穫を祝う『収穫祭』が行われれば、
もうすぐ冬が来る。


刈り取った〈ファタ〉の穂は乾かし、
脱穀し、もみすりして、粉にする。
水と塩を混ぜてこね、焼けばパンになる。


発芽の混じった安い粉から作ったパンは、
水に漬けておけば、まずい酒へと変わる。


酒は大人の疲労回復として親しまれるが、
男は味に耐えられず飲むことは無かった。


〈ファタ〉はどの町でも収穫できるが、
比較的温暖なこの町で蒸留した酒は
町の名前を付けた〈サンクラ酒〉として、
外の町へと運ばれて売られる。


ふたりの子どもは
手伝いをせずに、遊び回っている。


わらに足を取られて転んだ小さな子どもが泣いた。


抱き起こす父親の姿があった、
慰める母親が果物を口に押し込み
小さな子どもを泣き止ませる。


それを見ていた、大きな方の子どもも
両親に抱きついてねだった。


その光景に、男はつばを飲んだ。


畦路あぜみちを抜け、風除けのための
低木からなる畦畔林けいはんりんの農道を歩く。


山とある〈ファタ〉を積んだ荷車を
土色や暗いすす色の髪をした〈エンカー族〉。
両足には鎖で足かせがされた奴隷。


彼らに鞭打ち運ばせるのが、
剣を携えた金髪の〈ソーンの民〉。


「そこをどけ、〈ナルキア族〉!」


〈ソーンの民〉の罵声に肩を驚かせ、
〈ナルキア族〉の、赤髪の男は
道の端に避けて荷車を見送った。


髪の色はこの島に暮らす上で重要な意味を持つが、
猟師である赤髪の男には、同じ人間であるのに
牛馬の如く使われる理由が理解できなかった。
彼の生まれ育った村には赤髪以外の人間は居ない。


(〈ソーンの民〉は牛馬を使わんのか?)
「おめぇさんは〈ナルキア族〉だから、
 今はまだわからんかもしれんがな。」


奴隷を使う彼らを見て、湧き立つ疑問に
『ご主人』が言っていた言葉を頭の中で反芻した。


『ご主人』は町に住む
〈ソーンの民〉の商人である。


男の毛皮や農家の〈ファタ〉、
製造所で作られた〈サンクラ酒〉を買い、
外の町へ売り、外の町から別の商品を
〈サンクラ〉の町へ仕入れる。


生産はしないものの農家や店の代わりに、
商品の売買をするのが商人である。


「もちろん〈エンカー族〉も商品だ。」
と、『ご主人』は不快をあらわに言った。


夕時の鐘が打たれて町に響く。
キツネの餌付けに時間を取られ出発が遅れたが、
村に寄らなかったので予定通りの到着であった。


金髪の〈ソーンの民〉が大勢住む
〈ケーロ国〉北西、〈サンクラ〉の町で、
赤髪の〈ナルキア族〉である男は
否が応でも目立ち、奇異の目で見られる。


また、町の子どもたちが男を見つけると、
「赤いのしし!」と呼びかけては
鼻を摘んだ仕草でからかい、
目を合わせると兎のように逃げていく。


しかし『ご主人』は猟師という生業を
「おめぇさんの仕事は誇るべきだ。」
と言い、拙い出来の皮を買ってくれた。


『ご主人』の住む館は
豪華なレンガ造りの2階建てで、
隣には〈サンクラ酒〉を入れる
大きな倉庫も建てられている。


イノシシさえも通さぬ背の高い
頑丈な鉄の格子に囲まれ、
男は石材をモルタルで固めた
アーチ状の裏門へと回る。


裏門に釣られた小さな金色の鐘を引き、
カランカランと乾いた音を鳴らして
訪問を知らせる。


「だぁれも来やせん。」
普段であれば庭の手入れをする
使用人を通して、『ご主人』がやってくる。


「使用人も居らんのか。」
落ち葉が庭に散っている。


しばらく経っても誰も来ない為に
もう一度鐘を引いて鳴らした。


「はーい。」
金の鐘よりも澄んだ女の声が返ってきた。
館の裏戸から妙齢の婦人が、
靴のかかとと悪戦苦闘して駆け寄ってきた。


(誰だ?)
男は見知らぬ女が出てきて目を点にする。


藍色に染め上げた服は
使用人にしては綺麗な装いで、
髪の色も透明掛かった金色をしている。


(おくがた様はこんなに若かったのか?)


男は驚いたあまり黙ってずっと見ていた。


「ごめんなさいね。
 父がまだ…仕事で帰って来て無くて…。」
「あっ、はい。」
女が『ご主人』の娘であることに気づき、
男は慌てて背嚢はいのうを降ろし、毛皮を取り出した。


「これを…。」
上手く言葉が出ずに、一番上にあった
小さなすす色の毛皮を取り出した。


娘は明るい青色の目で、男をじろりと見た。


目の前の男は、娘より若く小柄だった。


赤い髪の〈ナルキア族〉で、
イノシシの毛皮を背負った猟師をしている。


それが町の人間や
子どもに鼻つまみ者にされる。


娘をとりまくツンとした香料が、
男の鼻にむずがゆさをもたらす。


(あぁ、そうか。オレが獣臭いのか。)


なんだか酷く惨めに思え、
男は目を伏せて耳まで赤くした。


「あなた年齢は?」
「は…? ねんれい…とし。
 …14だ。です。」
娘の突飛な質問に虚を衝かれた。


男は今年成人したばかりだった。


「そうか…。〈ナルキア族〉の猟師なら、
 もう大人なのね。」
と娘は自分に言い聞かせるように呟いた。


「使いと勘違いしてしまい大変な失礼しました。
 わたくしは、フィン家当主ハンヌの娘で、
 コンスの孫、キルス・フィンと申します。」


キルスと名乗った娘は両手を交差させ、
手のひらを肩に軽く乗せて会釈した。


男も右手を握りこぶしにして
左肩に乗せ会釈を交わす。


町では男女で礼の作法が異なることを
男はここに来て初めて知った。


村では性別に関わらず、同じ礼をする。


「先月、母が〈アラズ〉の元へと発ち、
 急きょ〈サンクラ〉に戻って来ましたので
 存じ上げなかったとはいえ、本当に。」
キルスは再び会釈をしたので、
男も戸惑い礼を繰り返した。



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