俺の彼女は死刑囚
カラキリもんめ
カラキリさん。
木辰市に伝わる怪談話であり、かつて心霊特集の番組に発掘された事でそれなりの知名度を誇る話だ。因みにカラキリさんというのは俗称で、正確な名前は誰も知らない。というのもカラキリさんのカラの部分には四角が図形として存在するのみであり、そこにはかつて確実に名前が刻まれていた痕がある。
名前があったはずなのに今は知られていない。中身がない。空っぽ。だからカラキリさん。因みにキリの漢字は限。
核心は確信に変わる。明らかに何か思い当たる節を見せた表情に先輩は目ざとく突っ込んだ。
「何か分かったのねッ」
「…………」
正直言って怪異だの都市伝説だの非科学的存在は大嫌いだ。存在するしないはこの際置いといて、いつも人に迷惑ばかり掛けている。俺達が一体何をしたというのだろう、何が悪くてこんな目に遭わなければいけないのだろう。
先輩にカラキリさんの事を教えれば首を突っ込む事になる。この手の話は大嫌いだ。関わりたくない処か聞きたくもない。
でも…………
困っている人を見ると放っておけない性分とは言い難いが、助けられるかもしれないのに見捨てるのはある種殺人ではないだろうか。有名な都市伝説の霊に漏れず対処法も無く放置すれば死ぬ……というか行方不明になる。
「……教えても構いませんが、一つだけ条件を付けさせてください」
「何かしら」
「俺、相談したい悩みがたくさんあるんです……だから先輩を助けられたら、俺の事、助けてくれませんか? 変な言い方になりますけど……味方になって欲しいっていうか」
雫は間違いなく味方だ、と思いたい。しかしながら感情と事実は違うものであり、そんな勝手な基準を許したら薬子だって俺の味方だし、何処にも敵なんて居なくなってしまう。
雫は言っていた。自分を捕まえる為ならどんな手段を使うのが薬子だと。
薬子は言っていた。雫は近い内に俺を殺すつもりだと。
嘘つきクイズではないが、どちらも本当の事を言っているとしたら、どちらとも信じる事は出来ない。薬子に至っては彼女の手を介して生まれた利益……例えばクラスメイトとの関係修復すらも信じてはいけない。
だから俺は自分で仲間を作る。
都市伝説なんて大嫌いだが、俺なら彼女を助けられる。助けてみせる。誰か一人心から信頼出来る人がいれば、心の余裕は随分と違ってくる。
先輩は俺の両手を優しく握って、精一杯微笑みかけた。それは年上としての矜持……精神的に孤立した俺を慰めようとしたのだろう。
「分かったわッ。貴方の味方になる。後輩君、信じてるからね?」
「信じていて下さい。信じればきっとうまく行きますよ」
怖くないと言えば嘘になる。都市伝説が嫌いな理由の大部分として確実に危ない目に遭うからだが、その危ない目というのは単純化して言えば怖いからだ。さも冷静に対応している様に見えるならそれは虚勢の張り方が上手くなった証拠である。怖い物は怖い。学校でテロリストを鎮圧する妄想を何回やったって本物の銃を目の当たりにすれば動けなくなるだろう。そうに違いない。
「あ、すみません。所で先輩の名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「私? 私の名前は土季深春よ。噂くらいは聞いた事があるかもしれないけど、そんなに変な人間じゃないから、そこは安心してね?」
どうやら自分の噂についてはある程度把握しているらしい。確かに言う程変な人ではない。どちらかと言えば素直で、温和で、死刑囚や超人に挟まれるこの状況では天使の様にも見える。いや、しかし心とはいえ浮気は良くない。俺は雫一筋だ。彼女が信用出来るかとはまた別の問題として。
「取り敢えず今日の所は解散しましょう。大丈夫、俺の心当たりが正しければ今すぐに死ぬ類の物じゃないので」
望まれた形ではないだろうが、奇しくも俺は土季深春と出会ってしまった。雫にも薬子にも依存しない第三の味方。他ならぬ俺自身の為に、もう一度物理法則の通じない魔の世界に足を踏み入れる。
―――大丈夫。俺は一人じゃない。そうだろ?
夢幻の『親友』に向かって、心の中で語り掛ける。怖いのは皆同じ。大切なのはそれでも進むという覚悟なのだから。
翌日。
一足早く起きた俺は珍しく眠りこけている雫の腕から脱出すると、徐に勉強机の引き出しを荒らし始めた。ここから俺を目撃した人間は新手の空き巣か何かと勘違いするかもしれない。
―――何処だ。くっそ、全然見つからねえ。誰だよこんなぐっちゃぐちゃに詰め込んだ奴。
俺である。
もう二度と使わないどころか、思い出したくも無いと思って封印してしまった。家族は誰も俺の部屋に入ろうとしないし、そもそも今入られたら確実に殺されてしまう。自業自得だった。
雫が起きてしまう可能性など知った事か。どうせ彼女が起きていようといまいと朝にでもやるつもりだったのだから。
「……あった!」
その辺の文房具屋で買えそうな青色のノート。タイトルは『木辰百物語』。著者は勿論―――
「何してるんだい?」
「うひゃあッ!」
気配も無く背後からノートを覗き込んでいたのは雫。後ろから声を掛けられたのに何故か仰け反ってしまい。後頭部が彼女の顔に命中した。中々の手応えと共に、痛みに喘ぐ雫の声が弱弱しく伝わってくる。
「……いったぁ~」
「あ、済みません! 済みません反射でそのつい―――済みません!」
「ンフフフ。いやいや気にしないでくれたまえ。わざとじゃないのは分かってるよ。それよりも……あいたたたた」
雫は鼻を抑えながらノートを指さした。
「面白そうなノートを持ってるじゃない。それは何?」
「木辰百物語。この市内に伝わる信憑性の高い怪談や都市伝説を纏めたものです。著者は天埼鳳介。昔の友達です」
「昔……って事は今は違うんだ。喧嘩でもした?」
俺の口が途端に重くなったのを雫は見逃さなかった。目ざとくも彼女はそれが地雷である事に気付いた様だ。慌てて自らの質問を否定して、茶化す声音で話をうやむやにする。
「ああいや何でもないんだ。うんまあ色々あるよね、うんうん。で、どうして急にそんな本を? 昨日の夜に何かあった?」
「何か無かったら出しませんよこんな本。俺はこういうオカルトチックな話は大嫌いなんですからね」
不親切にもこのノートには目次がないので自力で『カラキリさん』のページを見つけなければいけない。雫にも協力してもらおうと俺が立ち上がると。
「きゃああああああああああああああ!」
木辰市に伝わる怪談話であり、かつて心霊特集の番組に発掘された事でそれなりの知名度を誇る話だ。因みにカラキリさんというのは俗称で、正確な名前は誰も知らない。というのもカラキリさんのカラの部分には四角が図形として存在するのみであり、そこにはかつて確実に名前が刻まれていた痕がある。
名前があったはずなのに今は知られていない。中身がない。空っぽ。だからカラキリさん。因みにキリの漢字は限。
核心は確信に変わる。明らかに何か思い当たる節を見せた表情に先輩は目ざとく突っ込んだ。
「何か分かったのねッ」
「…………」
正直言って怪異だの都市伝説だの非科学的存在は大嫌いだ。存在するしないはこの際置いといて、いつも人に迷惑ばかり掛けている。俺達が一体何をしたというのだろう、何が悪くてこんな目に遭わなければいけないのだろう。
先輩にカラキリさんの事を教えれば首を突っ込む事になる。この手の話は大嫌いだ。関わりたくない処か聞きたくもない。
でも…………
困っている人を見ると放っておけない性分とは言い難いが、助けられるかもしれないのに見捨てるのはある種殺人ではないだろうか。有名な都市伝説の霊に漏れず対処法も無く放置すれば死ぬ……というか行方不明になる。
「……教えても構いませんが、一つだけ条件を付けさせてください」
「何かしら」
「俺、相談したい悩みがたくさんあるんです……だから先輩を助けられたら、俺の事、助けてくれませんか? 変な言い方になりますけど……味方になって欲しいっていうか」
雫は間違いなく味方だ、と思いたい。しかしながら感情と事実は違うものであり、そんな勝手な基準を許したら薬子だって俺の味方だし、何処にも敵なんて居なくなってしまう。
雫は言っていた。自分を捕まえる為ならどんな手段を使うのが薬子だと。
薬子は言っていた。雫は近い内に俺を殺すつもりだと。
嘘つきクイズではないが、どちらも本当の事を言っているとしたら、どちらとも信じる事は出来ない。薬子に至っては彼女の手を介して生まれた利益……例えばクラスメイトとの関係修復すらも信じてはいけない。
だから俺は自分で仲間を作る。
都市伝説なんて大嫌いだが、俺なら彼女を助けられる。助けてみせる。誰か一人心から信頼出来る人がいれば、心の余裕は随分と違ってくる。
先輩は俺の両手を優しく握って、精一杯微笑みかけた。それは年上としての矜持……精神的に孤立した俺を慰めようとしたのだろう。
「分かったわッ。貴方の味方になる。後輩君、信じてるからね?」
「信じていて下さい。信じればきっとうまく行きますよ」
怖くないと言えば嘘になる。都市伝説が嫌いな理由の大部分として確実に危ない目に遭うからだが、その危ない目というのは単純化して言えば怖いからだ。さも冷静に対応している様に見えるならそれは虚勢の張り方が上手くなった証拠である。怖い物は怖い。学校でテロリストを鎮圧する妄想を何回やったって本物の銃を目の当たりにすれば動けなくなるだろう。そうに違いない。
「あ、すみません。所で先輩の名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「私? 私の名前は土季深春よ。噂くらいは聞いた事があるかもしれないけど、そんなに変な人間じゃないから、そこは安心してね?」
どうやら自分の噂についてはある程度把握しているらしい。確かに言う程変な人ではない。どちらかと言えば素直で、温和で、死刑囚や超人に挟まれるこの状況では天使の様にも見える。いや、しかし心とはいえ浮気は良くない。俺は雫一筋だ。彼女が信用出来るかとはまた別の問題として。
「取り敢えず今日の所は解散しましょう。大丈夫、俺の心当たりが正しければ今すぐに死ぬ類の物じゃないので」
望まれた形ではないだろうが、奇しくも俺は土季深春と出会ってしまった。雫にも薬子にも依存しない第三の味方。他ならぬ俺自身の為に、もう一度物理法則の通じない魔の世界に足を踏み入れる。
―――大丈夫。俺は一人じゃない。そうだろ?
夢幻の『親友』に向かって、心の中で語り掛ける。怖いのは皆同じ。大切なのはそれでも進むという覚悟なのだから。
翌日。
一足早く起きた俺は珍しく眠りこけている雫の腕から脱出すると、徐に勉強机の引き出しを荒らし始めた。ここから俺を目撃した人間は新手の空き巣か何かと勘違いするかもしれない。
―――何処だ。くっそ、全然見つからねえ。誰だよこんなぐっちゃぐちゃに詰め込んだ奴。
俺である。
もう二度と使わないどころか、思い出したくも無いと思って封印してしまった。家族は誰も俺の部屋に入ろうとしないし、そもそも今入られたら確実に殺されてしまう。自業自得だった。
雫が起きてしまう可能性など知った事か。どうせ彼女が起きていようといまいと朝にでもやるつもりだったのだから。
「……あった!」
その辺の文房具屋で買えそうな青色のノート。タイトルは『木辰百物語』。著者は勿論―――
「何してるんだい?」
「うひゃあッ!」
気配も無く背後からノートを覗き込んでいたのは雫。後ろから声を掛けられたのに何故か仰け反ってしまい。後頭部が彼女の顔に命中した。中々の手応えと共に、痛みに喘ぐ雫の声が弱弱しく伝わってくる。
「……いったぁ~」
「あ、済みません! 済みません反射でそのつい―――済みません!」
「ンフフフ。いやいや気にしないでくれたまえ。わざとじゃないのは分かってるよ。それよりも……あいたたたた」
雫は鼻を抑えながらノートを指さした。
「面白そうなノートを持ってるじゃない。それは何?」
「木辰百物語。この市内に伝わる信憑性の高い怪談や都市伝説を纏めたものです。著者は天埼鳳介。昔の友達です」
「昔……って事は今は違うんだ。喧嘩でもした?」
俺の口が途端に重くなったのを雫は見逃さなかった。目ざとくも彼女はそれが地雷である事に気付いた様だ。慌てて自らの質問を否定して、茶化す声音で話をうやむやにする。
「ああいや何でもないんだ。うんまあ色々あるよね、うんうん。で、どうして急にそんな本を? 昨日の夜に何かあった?」
「何か無かったら出しませんよこんな本。俺はこういうオカルトチックな話は大嫌いなんですからね」
不親切にもこのノートには目次がないので自力で『カラキリさん』のページを見つけなければいけない。雫にも協力してもらおうと俺が立ち上がると。
「きゃああああああああああああああ!」
コメント