Fランク冒険者なのに、最強すぎませんか❓ 世界最強の魔王は、自分をFランク冒険者だと思い込んでいる⁉️

執筆用bot E-021番 

5-5.アリルの怒り

 邪教徒を拷問するための施設が、この近くにあるとノウノが知っていた。マホ教のなかでも一部の人しか知らない場所だということだった。


 貸し馬屋の馬車を走らせた。
 森。
 木々に隠れるようにして、古びた教会があった。


「あれかしら?」
「そう」
 と、ノウノがうなずく。


「さっきの聖軍の連中はいないわね。中にいるのかしら?」


「騎士団は、ただの駒。この場所のことを知らされていないのかもしれない。希望的観測」


「その観測が合っていることを願うわ」


 慎重に古びた教会へと近づいた。トラップのようなものは仕掛けられていない。ただ、やたらと死臭がするのが気になった。


 教会のなか――。
 礼拝堂。


 長イスが大量に並べられている。イスが向かう先には、巨大な石像が鎮座ましましていた。光の神――セフィラルの石像だ。


 まるで自分にはひとつも悪い点がないのだというセフィラルの像に、厭味ったらしいものを感じる。かつて神々は、魔王から人類を救ってくれたと聞いている。だが、遠い昔の話のせいか、神々にたいして感謝しようという気はアリルにはなかった。


「中は意外とシッカリしておるではないか」
 と、ピピは緊張感のない口調で言った。


「レイはどこかしら?」
「見当たらんのぉ」
「地下に続く階段があるはず。確定」


 ノウノの言葉を信じて、礼拝堂のなかを調べてみた。セフィラルの石像の裏。地下へとつづく階段があった。階下からは、ゾッとするような闇を感じたけれど、怯えている場合ではない。


 下る。
 ラセン階段になっているようだった。


「臭いわね」
「うむ。鼻がもげそうじゃわ」


 一段下がるたびに、死臭が強くなっている。
 こんなところにレイが連れ込まれたのかと思うと、ひどく悲しい気分になった。


 最下層に到着したときに、木造と鉄の蝶番の不気味なトビラがあった。開ける。中。足を踏み入れた瞬間に、あふれ出てる血なまぐさい臭いに、思わず鼻をつまんでしまった。外にまで漏れている死臭はここから出ているようだ。


 周囲に置かれてある道具を見て、さらに吐き気をもよおした。人を痛めつけることを目的とした道具があふれていた。


「これって……拷問器具よね?」


「邪教徒の自白をとるために、マホ教がよくやる手口。ノウノは遺憾」


 遺憾というわりには、ノウノは淡々と部屋の奥へと歩いて行く。しかしそのノウノが、ビクリと肩をふるわせて立ち止った。ノウノの感情の発露を、アリルははじめて見たかもしれない。


「どうしたの?」


 左右には鉄格子で閉ざされた個室が、いくつもあった。地下牢――ということだろう。ただ形だけのようだ。人が入っている様子はない。


ノウノが呆然と立ち尽くしている場所まで、アリルも進んだ。アリルも足を止めることになった。


 最奥の牢――。
 レイ。いた。


 しかしすぐにそれを、レイだと判別することは出来なかった。壁から伸びている手錠に両腕をかけられており。だらんと吊るされるカッコウになっていた。顔の形は異様に変形しており、上は服を着ていなかった。その上半身にも見るに堪えない傷が入れられていた。どうしてその肉塊をレイだと判別することが出来たのか……。髪の毛だ。レイはこのあたりではあまり見ない色の黒い髪をしている。


 レイはピクリとも動かない。もしや死んでいるのではないかと心配になった。


 嘔吐しそうになった。
 そのレイの手前には、鳥の顔を思わせる仮面をつけた男が立っていた。暗紅色の法衣を着ている。たしか聖軍を率いていた人物だ。


「カーディナル。この場所は見つからんと言っていたはずだが、どうやら邪魔が入ったようだな」


 そう言った者は、檻の外で背もたれのついた四脚イスに腰掛けていた。その人物をアリルは知っていた。


 個人的な知り合い――というわけではない。
 有名人なのだ。
 マホ教の教皇である。


「申し訳ありません。教皇さま」


「これだけやっても、その男はイッサイの抵抗を示さなかった。魔王ドヴォルハイドならば、その程度の拘束具は簡単に外していたであろう。魔王ドヴォルハイドだという告白もしなかったのだ。貴様の思いすごしであろう」


「いえ。たしかにこの男は……」


「もう良い。私は行く。後処理はまかせるぞ」


 そう言って、女は立ち上がった。
 ブロンドの髪が地につくほど長く伸びている。


 教皇。
 ノウノの母親だ。
 教皇はこちらに向かって歩いてきた。
 ノウノの前に立つ。
 教皇がノウノを見下ろすようにしていた。


「こんなところにいたとはな。出来そこないの小娘が。忌まわしい」
 と、吐き捨てるように言った。


 ホントウにノウノは、この教皇の娘なのだろうか。己の腹を痛めて生んだ子にたいする言葉とは思えなかった。


 アリルのところから、ノウノの背中が見えていた。その表情は見えない。けれど、いつもと変わらないあの恬淡な顔をしていることだろう。教皇はノウノから、アリルへと視線を向けてきた。冷酷な光のある目をしていた。思わず身構えてしまったほどだ。


「あの男。レイ・アーロンは邪教信仰の疑いがあった。そのために拷問にかけて自白をうながした。説明は以上だ」


 あまりに淡々としており、なんの説明をされたのか理解が遅れた。マホ教がレイを拷問にかけた理由を話しているのだとわかった。


「ンなわけないでしょ! レイは邪教なんか信仰してないわよ!」


 怒号がむなしく石室にひびいた。


「疑いがあった。それだけだ」


 教皇はそう言うと、何事もなかったかのように地下牢を出て行った。すれ違いざまに、教皇のブロンドの長い髪が、アリルの頬をかすめていった。あまりにも平然としているため、呼び止めることすら出来なかった。教皇の抑揚のなさは、たしかにノウノに似ているかもしれないとも思った。


「ここで見たことは忘れて、君たちもさっさとこの場を離れることです」


 カーディナルはそう言った。


 暗紅色の法衣を着ており、頭はフードでスッポリと隠れている。顔は鳥のクチバシのついた仮面で隠されているので、何を考えているのかわからない。


「レイのことは、返してもらうわ」


「それはなりません。もう少し責めたてる必要がありますので」


「返さないと言うなら、チカラずくでも返してもらう」
 と、アリルは剣を抜いた。


 怒りが胸裏に渦巻いていた。


 大切な仲間を傷つけられた。


 出会ってからの記憶が、アリルの脳裏に駆け巡った。


 クローレルの森で裸を見られた。ミノタウロスに襲われたときに助けてもらった。『新狩祭』で共闘した。そのさいにもたくさん助けられた。エルフの森でもレイは活躍した。大がつくほどの活躍なのに、まるで自分に自信のないレイの仔犬みたいな表情が、アリルは好きだった。そのレイの顔が跡形もなく潰されていることが悲しかった。悲しももまた、怒りに拍車をかけていた。


「ほお。剣を抜くとは、どういうことです? 私はマホ教の枢機卿ですよ。私に剣を向けるということは、あなたもマホ教の教えに背く邪教徒ということでしょうか」


「なにが邪教よ。こんなことをしてるマホ教のほうが、よっぽど邪教よ」


「こんなこと――とは?」
「人を痛めつけるようなことよ」
「わかっておりませんね。あれを御覧なさい」


 カーディナルはそう言うと、牢の外に置いてある女神像を指差した。両腕を広げて人を迎え入れるような像である。開かれた腹のなかには、針がビッシリと植え付けられている。あの中に人を入れて、閉じ込めてしまうというものだ。


「鉄の処女ね」


 光の神――セフィラルの像をしていた。


「そう。あれこそが拷問の象徴なのです」
「言っている意味がわからないわ」


「拷問とは、神の名のもとに行われる正義。鉄の処女がそれを証明している。正義を行うことに間違いはないのです」


「狂ってるわ」
 と、アリルは吐き捨てた。


 実際に、カーディナルの理論には、吐き気すらおぼえた。いかなる理論であろうと、レイを傷つけた者を許しておくことは出来ない。


「神の恩恵を受けたマホ教を愚弄するとは愚かな娘です。アリル・クライン。たしか勇者の娘でしたか」


 アリルが勇者の娘であることは、知っている人は知っていることだ。すこし調べればわかることだ。知られていても驚くことはない。


 しかし、教えてもいないのに、そう言われると、プライベートな空間に土足で踏み入られたような嫌悪感があった。


「レイは邪教徒なんかじゃなかったわ。たとえ、そうだったとしても、私の大切な仲間よ」


 壁に張り付けられているレイに目を向ける。


 生きているのか?
 死んでいるなんて、信じられなかった。


 たしかに見るも無残な姿にされているのだが、何かの間違いであって欲しかった。レイはミノタウロスの角で貫かれても死ななかった。この程度のことで、死ぬなんて考えられない。考えたくもない。


「邪教徒を仲間と呼ぶとは、あなたも邪教徒と認めたようなもの。この男と同じことをされたいのですか?」
 と、カーディナルはペンチをにぎった。


 そのペンチの先は、血で赤く濡れていた。拷問。いったいどんな凄絶な痛みが待っているのだろうか。想像しただけで、胸糞が悪くなる。それをレイが受けたのだと思うと、さらに気分が悪い。怯みそうになったが、怒りが勝っていた。


「レイを傷つけた、あなたを許さない」


 自分が思ったよりも、レイのことを大切に思っていたのだとあらためて気づかされた。レイを大切に感じていたからこそ、わいてくる怒りなのだ。


 もしかすると。
 好き、なのかもしれない。


 はぁ――とカーディナルは仮面の奥でため息を吐いたようだった。


「聞き分けの良い娘であれば、生かして帰しても良かったのですが、その様子だと黙って返すわけにはいかなさそうですね」


「どうするって言うのよ」


「邪教徒のための拷問部屋があることを広められても迷惑ですからね。ここで邪教徒をかばった者として、死んでいただきましょうか」


「正体を現したわね。この邪教徒め!」


 マホ教のことを、思いつくかぎりの雑言で罵りたかった。怒りで熱くなっており、「邪教」だと罵ることぐらいしか出来なかった。その言葉が聞いたようだ。カーディナルはあからさまに肩をふるわせていた。


「マホ教を……マホ教を愚弄するな!」
 仮面の奥からくぐもった怒声が響いた。

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