Fランク冒険者なのに、最強すぎませんか❓ 世界最強の魔王は、自分をFランク冒険者だと思い込んでいる⁉️
4-7.覚醒Ⅲ
あまりにも呆気ない。
ダダダは屈辱に下唇を噛みしめていた。神話の時代――森の神シルフィルよりあずかった歴史ある森が、たかが炎に焼き尽くされてゆく。魔法を使える者たちが、必死に鎮火にまわっているが、トウテイ追いつける勢いではない。炎を吐き散らすイフリートを抑えることが出来ない。
息をするように赤黒い炎を吐き散らしては、緑を赤く塗り替えてゆく。
(なんという暗愚の王であるか……)
と、自分を呪った。
何代も引き継がれてきた森を、守れなかった王となるのだ。思い出と歴史が、炎によって焼き尽くされてゆく。
せめて――。
「我が義をマットウするまでッ。森とともに散ることが出来るならば、それもまた良い。エルフの王の矜持を見せるときッ」
もう何本放ったかわからない。
ロングボウをはるかに超える長大な弓。特別に作らせたものだ。一般的にはショートボウとロングボウがあるが、どちらもダダダのチカラが強すぎて、弓を折ってしまうのだ。
エルフの森のなかにある木材でも、特別硬いものを用意させた。それにあわせて、矢も太いものにしたのが、この弓だ。エルフ1の強弓。歩くバリスタだと言われたこともある。
「ぬおっ」
弽に火が燃え移った。あわてて弽を外す。素手のまま弦をつまんだ。そのまま引くと、指にちぎれるような痛みが走ったが、もはや気にならなかった。
暴れまわっているイフリートめがけて矢を放つ。
モウロウとしてゆく意識のなかで、思い浮かんだのはピピのことだった。死ぬまえに、あの娘と再会することが出来たのは良かった、と思った。紅蓮のなかに意識が蕩けてゆきそうになる。
「エルフの森が――燃えるというのか……」
こうなることなら、冒険者を受け入れておけば良かったと思った。いや。たとえ冒険者を受け入れたとしても結果は同じだったことだろう。イフリートを止めるほどの冒険者など、はたして存在しただろうか。
せいぜいエルフの森が焼き尽くされるまでの時間稼ぎぐらいにしか、ならなかったことだろう。
「父上!」
声。
次子であるニニの声だ。ピピと同じく女子であるが、ピピと違ってずいぶんと働きものだった。エルフたちのなかでも、次の王はニニが適当だろうという声が大きかった。
本来の流れで行くならば、王位継承は長子であるピピにある。そのピピを暗殺しようという声すらあった。だから、ピピを追い出したという面もある。メンドウくさがりなピピには、トウテイ王などつとまらないだろうとも感じていた。
その次子のニニが、イフリートによってつかまれていた。
「ぐッ……」
と、ダダダは、下唇を噛みしめて、意識を現実へと引き戻した。護衛の連中はいったい、何をしているのか。
もしかして、みんなやられたのか。
ニニもピピもとっくにこの場を離れたものだと思っていた。
ニニの小さなカラダは、イフリートに捕まれてメチャクチャに振り回されている。さきほどの「父上!」と呼ぶ声は、助けを呼ぶ声だったのだろう。
「ニニ!」
意識をふりしぼって、我が子を助けようと弓を手に取った。弦を引こうとした。矢がもうなくなっていた。弓にも火が燃え移っている。そして、弦を引くための指は、いつの間にか消えていた。さきほど弽を外して、矢を放ったせいだろう。不思議と痛みはなかった。肉体の痛みよりも、心の痛みのほうが大きかった。
「なんということだ……」
もはや打つ術はなく、絶望がダダダの胸裏にうずまいた。この身もやがて火柱にならんとしている大樹とともに朽ちることだろう。
(エルフの森のみならず、我が子すら助け出すことが出来んとは)
イフリートの巨大な手につかまれて、ムチャクチャに振りまわされているニニを見ることしか出来ない。
ドゴ――ッ
瞬間。
まるでダダダの絶望を洗い流すかのように、森の上から大量の水がふりそそいだ。大雨というレベルの水量ではない。もはや洪水である。水を浴びせられて、ダダダの周囲に燃え上がっていた炎は鎮火した。
冷たい水に打たれて、自分のカラダがヤケドを負っていたことに気づいた。
エルフの森を焼き尽くそうとしていた猛火は、その降り注いだ水によっていっきに消え失せていた。紅蓮に染められたはずの森に、緑の景色が戻ってきた。
(何事だ?)
まさか天の恵みだろうか。
かつて神話の時代に存在したとされる、森の神シルフィルドによる救済とすら感じた。
いったいどこから水が降り注いだのか。
天を見あげる。
鬱蒼としげる森によって、青空は覆い隠されている。せいぜい木漏れ日がさしこんでいる程度だ。
そこに。
ひとりの青年が浮かび上がっていた。
空中に――浮いている。
黒髪に黒目の青年の姿は、まぎれもなくピピが連れていた冒険者のひとりだった。
理解が遅れた。
まさか彼が、今の水を発生させたということだろうか。もし魔法によって行使されたのならば、尋常ではない魔力である。その尋常ではない魔法が行使されたのだと、ダダダは悟った。なぜなら、彼は浮いているからだ。浮遊という魔法を使える者をダダダは、この世に2人しか知らない。
ひとりはマホ教の教皇。そしてもう1人が、勇者のクランに所属しているという魔術師ケルニアルだ。
もしこれが浮遊の魔法だとするなら、ダダダの知るかぎりでは、それに比肩する3人目ということになる。
(たしか、レイと名乗っていたか?)
レイはダダダの近くに降りてきた。ダダダの手を握ってきた。不思議なことに、それだけでダダダの失われたはずの指が再生していた。炎によって爛れていた全身の皮膚が、もとに戻っていた。
「すまない。助けるのが遅れたようだな。エルフの王よ。ユックリと休むが良い。もう二度と、オレの前では悲劇は起こさん」
「あんた、何者だ?」
「さあな」
レイはそう言うと、イフリートのいる地上へと落ちて行った。レイがイフリートの背中に着地する。それと同時に、イフリートのカラダがバラバラに砕け散っていた。
「バカな……っ」
ダダダの強弓ですら砕けなかったカラダを、ああも容易く砕くなんて信じられないことだった。砕けたイフリートのなかから、レイはニニのことを救い出してきた。レイはダダダのもとに戻ってくると、その手にニニのことをあずけてきた。
「この娘の傷は治しておいた。あとは、大丈夫だな?」
「あ? あぁ……」
「オレはすこし眠る」
レイはそう言うと、ダダダのもとから離れて行く。大樹と大樹のあいだには、本来、桟橋がかかっていたはずだ。その桟橋は焼け落ちてしまっている。向こう岸の大樹へとレイは戻って行った。そこからピピが大きく手を振っているのが見えた。
「信じられん」
イフリートにつかまれていたはずのニニが、ダダダの手のなかにあった。ニニの体温が伝わってくる。ニニが生きているということに、蕩尽たる幸福をおぼえた。
下手すれば、失われていたかもしれない温もりだと思うと、ニニが無事であることは奇跡のようにも感じた。
その奇跡を起こしたのは、レイと名乗ったあの青年だ。
奇跡に酔いしれている場合ではない。レイが処理をしたのはイフリートだけだ。魔界の門は閉じているが、ゴブリンなどはまだ残っている。
掃討する必要がある。
イフリートがいない今、ザコを片付けるのに苦労はなかった。
ダダダは屈辱に下唇を噛みしめていた。神話の時代――森の神シルフィルよりあずかった歴史ある森が、たかが炎に焼き尽くされてゆく。魔法を使える者たちが、必死に鎮火にまわっているが、トウテイ追いつける勢いではない。炎を吐き散らすイフリートを抑えることが出来ない。
息をするように赤黒い炎を吐き散らしては、緑を赤く塗り替えてゆく。
(なんという暗愚の王であるか……)
と、自分を呪った。
何代も引き継がれてきた森を、守れなかった王となるのだ。思い出と歴史が、炎によって焼き尽くされてゆく。
せめて――。
「我が義をマットウするまでッ。森とともに散ることが出来るならば、それもまた良い。エルフの王の矜持を見せるときッ」
もう何本放ったかわからない。
ロングボウをはるかに超える長大な弓。特別に作らせたものだ。一般的にはショートボウとロングボウがあるが、どちらもダダダのチカラが強すぎて、弓を折ってしまうのだ。
エルフの森のなかにある木材でも、特別硬いものを用意させた。それにあわせて、矢も太いものにしたのが、この弓だ。エルフ1の強弓。歩くバリスタだと言われたこともある。
「ぬおっ」
弽に火が燃え移った。あわてて弽を外す。素手のまま弦をつまんだ。そのまま引くと、指にちぎれるような痛みが走ったが、もはや気にならなかった。
暴れまわっているイフリートめがけて矢を放つ。
モウロウとしてゆく意識のなかで、思い浮かんだのはピピのことだった。死ぬまえに、あの娘と再会することが出来たのは良かった、と思った。紅蓮のなかに意識が蕩けてゆきそうになる。
「エルフの森が――燃えるというのか……」
こうなることなら、冒険者を受け入れておけば良かったと思った。いや。たとえ冒険者を受け入れたとしても結果は同じだったことだろう。イフリートを止めるほどの冒険者など、はたして存在しただろうか。
せいぜいエルフの森が焼き尽くされるまでの時間稼ぎぐらいにしか、ならなかったことだろう。
「父上!」
声。
次子であるニニの声だ。ピピと同じく女子であるが、ピピと違ってずいぶんと働きものだった。エルフたちのなかでも、次の王はニニが適当だろうという声が大きかった。
本来の流れで行くならば、王位継承は長子であるピピにある。そのピピを暗殺しようという声すらあった。だから、ピピを追い出したという面もある。メンドウくさがりなピピには、トウテイ王などつとまらないだろうとも感じていた。
その次子のニニが、イフリートによってつかまれていた。
「ぐッ……」
と、ダダダは、下唇を噛みしめて、意識を現実へと引き戻した。護衛の連中はいったい、何をしているのか。
もしかして、みんなやられたのか。
ニニもピピもとっくにこの場を離れたものだと思っていた。
ニニの小さなカラダは、イフリートに捕まれてメチャクチャに振り回されている。さきほどの「父上!」と呼ぶ声は、助けを呼ぶ声だったのだろう。
「ニニ!」
意識をふりしぼって、我が子を助けようと弓を手に取った。弦を引こうとした。矢がもうなくなっていた。弓にも火が燃え移っている。そして、弦を引くための指は、いつの間にか消えていた。さきほど弽を外して、矢を放ったせいだろう。不思議と痛みはなかった。肉体の痛みよりも、心の痛みのほうが大きかった。
「なんということだ……」
もはや打つ術はなく、絶望がダダダの胸裏にうずまいた。この身もやがて火柱にならんとしている大樹とともに朽ちることだろう。
(エルフの森のみならず、我が子すら助け出すことが出来んとは)
イフリートの巨大な手につかまれて、ムチャクチャに振りまわされているニニを見ることしか出来ない。
ドゴ――ッ
瞬間。
まるでダダダの絶望を洗い流すかのように、森の上から大量の水がふりそそいだ。大雨というレベルの水量ではない。もはや洪水である。水を浴びせられて、ダダダの周囲に燃え上がっていた炎は鎮火した。
冷たい水に打たれて、自分のカラダがヤケドを負っていたことに気づいた。
エルフの森を焼き尽くそうとしていた猛火は、その降り注いだ水によっていっきに消え失せていた。紅蓮に染められたはずの森に、緑の景色が戻ってきた。
(何事だ?)
まさか天の恵みだろうか。
かつて神話の時代に存在したとされる、森の神シルフィルドによる救済とすら感じた。
いったいどこから水が降り注いだのか。
天を見あげる。
鬱蒼としげる森によって、青空は覆い隠されている。せいぜい木漏れ日がさしこんでいる程度だ。
そこに。
ひとりの青年が浮かび上がっていた。
空中に――浮いている。
黒髪に黒目の青年の姿は、まぎれもなくピピが連れていた冒険者のひとりだった。
理解が遅れた。
まさか彼が、今の水を発生させたということだろうか。もし魔法によって行使されたのならば、尋常ではない魔力である。その尋常ではない魔法が行使されたのだと、ダダダは悟った。なぜなら、彼は浮いているからだ。浮遊という魔法を使える者をダダダは、この世に2人しか知らない。
ひとりはマホ教の教皇。そしてもう1人が、勇者のクランに所属しているという魔術師ケルニアルだ。
もしこれが浮遊の魔法だとするなら、ダダダの知るかぎりでは、それに比肩する3人目ということになる。
(たしか、レイと名乗っていたか?)
レイはダダダの近くに降りてきた。ダダダの手を握ってきた。不思議なことに、それだけでダダダの失われたはずの指が再生していた。炎によって爛れていた全身の皮膚が、もとに戻っていた。
「すまない。助けるのが遅れたようだな。エルフの王よ。ユックリと休むが良い。もう二度と、オレの前では悲劇は起こさん」
「あんた、何者だ?」
「さあな」
レイはそう言うと、イフリートのいる地上へと落ちて行った。レイがイフリートの背中に着地する。それと同時に、イフリートのカラダがバラバラに砕け散っていた。
「バカな……っ」
ダダダの強弓ですら砕けなかったカラダを、ああも容易く砕くなんて信じられないことだった。砕けたイフリートのなかから、レイはニニのことを救い出してきた。レイはダダダのもとに戻ってくると、その手にニニのことをあずけてきた。
「この娘の傷は治しておいた。あとは、大丈夫だな?」
「あ? あぁ……」
「オレはすこし眠る」
レイはそう言うと、ダダダのもとから離れて行く。大樹と大樹のあいだには、本来、桟橋がかかっていたはずだ。その桟橋は焼け落ちてしまっている。向こう岸の大樹へとレイは戻って行った。そこからピピが大きく手を振っているのが見えた。
「信じられん」
イフリートにつかまれていたはずのニニが、ダダダの手のなかにあった。ニニの体温が伝わってくる。ニニが生きているということに、蕩尽たる幸福をおぼえた。
下手すれば、失われていたかもしれない温もりだと思うと、ニニが無事であることは奇跡のようにも感じた。
その奇跡を起こしたのは、レイと名乗ったあの青年だ。
奇跡に酔いしれている場合ではない。レイが処理をしたのはイフリートだけだ。魔界の門は閉じているが、ゴブリンなどはまだ残っている。
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