傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

結実 2

翌週土曜日。
なんとか仕事の都合をつけて、光の3回忌に出席した。
大学時代の友人の姿もチラホラ見える。

この2年間、私は光のお墓を何度となく訪れた。
少し寂しくなった時に光のお墓の前で手をあわせると、頬を両手で優しく包まれるような不思議な感覚を覚えた。
もしかしたら光がいるのかな、なんてことを考えて思わず笑みがもれた。
今日も光はどこかで私たちを見守っているんだろうか。
手をあわせて心の中で光に話し掛ける。

光、あれからもう2年も経ったんだね。
私は相変わらず仕事ばっかりだけど、あの頃と変わったことは……強いて言えば髪が伸びたかな。
忙しくてなかなか髪を切りにいけないうちに伸びちゃったから、ついでに伸ばしてみたんだけどね。
瑞希にはショートよりロングの方が似合うって光は言ってたけど、今もちゃんと似合ってる?

約束は半年だけだったけど、私は今日までずっと光だけの瑞希だったよ。
光が生きているうちに、もっと優しくできたら良かったな。
光はあんなに私を愛してくれたのに、私は光にその半分も返せなかったかも知れない。
ごめんね。
だけど本当に大好きだった。
優しい光が大好きだったよ。
光のことはずっと忘れない。
忘れないけど……私もそろそろ、次の一歩を踏み出してみてもいいかな?

とは言っても最近連絡もないし、向こうはもう私のことなんて、なんとも思ってないかも知れないんだけど……。
今更もう遅いって言われるかもね。
あんまり自信はないけど、次に会えたら勇気を出して素直に気持ちを伝えてみようかな。
門倉ならきっと、私と一緒に光をずっと覚えていてくれるはずだから。


3回忌の法要の後の会食も終わり、出席者が挨拶をして席を立ち始めた頃、光のお母さんが私を呼び止めた。

「瑞希ちゃん、ちょっといい?」
「はい、なんですか」

お母さんは光が生前使っていた部屋に私を案内して、タンスの引き出しの中から箱を取り出した。
懐かしい。
二人で行ったテーマパークでお土産に買ったクッキーの箱だ。

「これ、開けてみて」

なんだろう。
そっと蓋を開くと、中には二人で撮った写真が数枚と、お揃いで買ったキーホルダー、そして映画の半券が入っていた。
その写真の中では、大学時代の私と光が肩を寄せ合って笑っている。
お揃いのキーホルダーはテーマパークで買ったもの。
そして初めて二人だけで出掛けた時に見た映画の半券。
光、こんなの大事に取ってたんだ。

そしてその奥には、綺麗にラッピングされリボンのかけられた小さな箱が入っている。
リボンと包装紙の隙間には、メッセージカードのようなものがはさまれていた。

「離婚した後、瑞希ちゃんの誕生日に渡したくて買ったみたい。でも会う勇気がなくて渡せなかったのね」

リボンと包装紙を外し赤いベルベット調の箱を開くと、中に入っていたのは小さなダイヤのついたピアスだった。

「あ、これ……」

結婚してまだ間もない頃、一緒にショッピングモールに行ったことを思い出した。
ジュエリーショップで見掛けたダイヤのピアスがとても気に入って、欲しかったけどあの時は新入社員の私たちにとっては値段が高いのであきらめた。
別のものかも知れないけれど、もしかしたら光はその時のことを覚えていたのかも知れない。

「どうしようかと思ったんだけどね。このままここで眠らせてるより、瑞希ちゃんが持っててくれた方が光も喜ぶんじゃないかなって。あっ、もちろん瑞希ちゃんが迷惑でなければよ」
「迷惑なんかじゃないです」

別れても誕生日には私のこと考えてくれてたんだな。
どんな気持ちでこのピアスを選んだんだろう?
封筒から取り出してメッセージカードを開いた。
淡いピンク色のカードには、青色のインクで短いメッセージが書かれている。

《瑞希、誕生日おめでとう。
本当にごめん。今も愛してる。》

最後に会った日の光を思い出して涙が溢れた。

『嘘でもいいから、愛してるって言って』

光はあの時、もう会えないことをわかっていたからそう言ったんだと思う。
ずっと一緒にはいられないから、この世を去る前に一瞬だけでも、愛し合っていた頃の二人に戻りたかったんじゃないか。
私のために嘘をついてくれた光の優しさが、今更ながら胸に染みた。


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