傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

束縛 2

「……ありがとな、篠宮」
「お……お礼なんていいから……早く治しなさい」

心臓がドキドキと大きな音をたてているのを気付かれないように、慌てて門倉の体を押し返した。
急いでベッドから下りてバッグと上着を手に取る。

「冷蔵庫に飲み物と食べ物があるから、ちゃんと食べてから薬飲んでよ!あと、冷凍庫にアイス枕が冷やしてあるから使って!」
「オカンかっての……」

玄関で靴を履いて顔を上げると、門倉は私の方を見て優しい笑みを浮かべていた。
なんだか無性に照れくさい。

「ちゃんと休んで今日中に治すように!じゃあね!」
「おー……また明日な」

あんな高熱がたった1日で下がるかはわからないけど、門倉はそう言って軽く右手をあげた。
門倉の『また明日な』って台詞、久しぶりに聞いたな。
また当たり前のようにそう言ってくれたことが、とても嬉しい。



マンションを出て、駅までの道のりがわからないことに気付いた。
夕べはタクシーでここに来たから、駅まで歩いてどれくらいなのかも、どちらに行けばいいのかもわからない。
地図を見て調べようとポケットからスマホを取り出してみたものの、充電が切れて電源が入らない。
そう言えば前の晩に充電をし忘れていたんだった。
いつの間に切れてしまったんだろう。

もしかして……光が私からの連絡がないことを心配して電話をしても、電源が切れて繋がらない状態になっていたかも知れない。
光からの電話が煩わしくてわざと電源を切ったんだとか、変な誤解されてたりして……。
心配してるかな。
それとも怒ってるかな。

とにかく……光に会ったら、あったことを正直に話して謝ろう。
高熱で動けない門倉の看病をしていたのは本当のことだけど、先に連絡をしなかったのも、うっかり眠ってしまったのも私が悪い。
下手に隠すとやましいことでもしていたみたいだ。
……光に言いづらいことが、まったくなかったわけでもないけれど。


大通りに出る少し手前でタクシーを拾うことができた。
最寄りの駅までと思ったけれど、やっぱり光の家の近所にある中学校の前まで行ってもらうことにした。
タクシーのシートに身を預けて20分ほどで光の家のそばに着いた。
緊張のせいで心臓がバクバク鳴っている。
まるで朝帰りしたことを親になんと言い訳しようと考えている高校生みたいだ。

光の部屋の前で何度か深呼吸をした。
意を決してインターホンのボタンを押すと、すぐに玄関のドアが開いた。
一睡もしないで待っていてくれたのか、光の目は赤く充血して疲れきっている様子だった。
私の顔を見るなり、光は強い力で私を抱きしめた。

「瑞希……心配したんだからな……!」
「ごめん……。ちゃんとわけを話すから……」

部屋に入っても、光は私を強く抱きしめたまま離さない。

「なんで連絡くれなかったんだよ……」
「あのね……昨日、9時半頃になんとか仕事終わらせて会社を出ようとしたんだけど、急に門倉が倒れて……」

私は夕べの出来事を正直に光に話した。
しかし門倉の名前が出てきた時点で、光の表情が険しくなった。
それでも途中で辞めるわけにはいかず話を続ける。

「他に誰もいなかったからタクシーで家まで送って、薬とか必要なものが何もなかったから近所の店で買ってきて看病したの。40度以上も熱があって心配だったから、門倉が薬飲んで眠るのを見届けたら帰るつもりだったんだけど……ずっと寝不足だったから私までうっかり眠っちゃって、目が覚めたら朝だった」

私から目をそらしたまま、しかめっ面でその話を聞いていた光が、ゆっくりと私の方を見た。
今まで一度も見たことがないほどの視線の鋭さに息を飲んだ。


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