傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

束縛 1

誰かに手を握られ、優しく頭を撫でられているような気がした。
あったかくて気持ちいい。
あたたかくて柔らかいものが頬に触れた。
ふわふわと浮き足立つような幸せな気分だ。
ずっとこうしていたいな……。


「ん……寒っ……」

寒さに身震いして目が覚めた。
カーテンからうっすらと日の光が射し込んでいる。

「……あれ……?え、嘘……朝……?!」

門倉が眠ったら部屋を出ようと思っていたのに、ここ最近の疲れのせいであのまま眠ってしまったらしい。
門倉はまだ私の手を握ったまま眠っている。
夕べは荒かった息遣いも少し落ち着いているようだ。
熱も少しは下がったかな。

ところで今何時なんだろう?
キョロキョロ辺りを見回して時計を探す。
壁時計の針は間もなく7時を指そうとしている。
門倉もよく寝てるし、私もまだもう少し寝たいな……。
ポスッと布団に顔をうずめた。
あれ……?何か大事なこと忘れてないか?
えーっと……確か夕べは仕事の後に光と……。

「ああっ!」

思わず声を上げると、門倉がうっすらと目を開いた。

「なんだ……デカイ声出して……」
「起こしてごめん、あのままうっかり眠っちゃって……どうしよう……」

門倉は私の手を離してため息をついた。

「だから帰れって言ったのに」
「仕事終わったら連絡するって言ってたのに、もう朝だよ……どうしよう、心配してるかも……」

なんと言って謝ろうか?
本当のことを言ったら、光はまた余計に心配するかも知れない。

「適当に嘘でもつけばどうだ?」
「うーん……」

嘘をつくのもどうかと思うけど、本当のことを言うのもどうかと思うし……。

「俺が電話して謝ってやろうか?」

門倉が出てきたら余計にややこしくなるって!

「そんな……っていうか門倉、熱は下がったの?計ってみて」
「そんなこと言ってる場合かよ……」
「いいから!」

体温計を差し出すと、門倉は眉をひそめながらそれを受け取り脇にはさんだ。
しばらくして測定終了のアラームが鳴った。

「何度?」
「8度5分」

夕べよりはかなり下がったけど、まだまだ熱は高い。

「まだかなり高いね。また夕べみたいに上がらなければいいんだけど」
「俺のことより自分の心配しろよ」
「そうなんだけど……」

腕組みをして首をかしげながら考えていると、門倉が私の腕を掴んで引っ張った。
門倉は病人のくせに強い力で私をベッドに引き上げる。

「わっ……ちょっと!」
「いっそのこと、ホントにあいつに言えないような秘密でも作るか?」

あいつに言えないような秘密って……。
この状況でそれは冗談にならないよ!

「何言ってんの、病人のくせに!」
「今ならそれくらいはできるぞ」

更に引き寄せられ顔をぐっと近付けられる。
急激に鼓動が速くなって息苦しさをおぼえた。
少しけだるそうな門倉の表情がいつになく色っぽい。
両手で頬をはさまれじっと顔を覗き込まれた。
ああもう!
ホントに無駄に顔がいいんだから、あんまり近付けないで!!

「どうする?」
「バカ……病人は大人しく寝てなさい」
「病人病人言うな。おまえ昨日、やれるもんならやってみなって言ったよな。マジで襲うぞ」

門倉が右手で私の腰をグイッと引き寄せて、肩口に顔をうずめた。
あたたかく柔らかい門倉の唇が私の首筋を這う。
嘘……まさか本気?!

「わーっ!嘘です!ごめんなさい!!やれてもやらないで!!」

必死で熱い体を押し返すと、門倉は呆気なく私の体から手を離した。

「冗談だ、バカ。こんな時にやるわけねぇだろ」

こんな時にって……。
こんな時じゃなかったらやるのか?!
……それはともかく、光になんと言って謝ろうか。

「とにかく……それだけの元気があればもう大丈夫そうだし、私は帰るね」

起き上がろうとするとまた抱き寄せられ、門倉の唇が一瞬私の頬に触れた。
カーッと顔が熱くなるのがわかって、その顔を見られないようにうつむいた。


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