傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

依存 1

休み明けの月曜日。
朝から気分が重い。
出張から戻った門倉が、今日からまたいつも通り出勤している。
今朝廊下ですれ違った時、門倉は見事に私をスルーした。
まるで私の存在なんかここにないみたいに。
仕方ないとは思うけど、やっぱり寂しい。

ずっと避けられていたけどまた前みたいに普通に話せるようになったのも束の間、今度は前より状況が悪い。
今度こそもう門倉とは決別かな。
やっぱり門倉との焼肉の約束は果たせそうもない。

昨日の帰り際、今週から仕事が忙しくなるので更に帰りが遅くなりそうだと光に伝えた。
光は少し寂しそうな顔をして、仕事なら仕方ないなと呟いた。
休みの日には多分会えると思うし、平日は少しだけ我慢してもらおう。


オフィスではオリオン社担当のグループと、新しいクライアントのホシザキカンパニーの仕事に取り掛かるグループが、それぞれ慌ただしく行き来している。
ホシザキカンパニーのイベントは若者向けの夏のイベントで、企画書を手に部下たちがああでもないこうでもないと頭を悩ませている。
ターゲットは若いカップルだから、7割方が女性を喜ばせるような企画になるだろう。
さて、今度はどんな企画が飛び出すのか。
今から企画会議が楽しみだ。


お昼になる少し前、部長から会議室に呼び出された。
部下たちに指示を出して会議室に足を運ぶと、そこには同じように呼び出されたであろう門倉もいた。
なんだか緊張する……。
門倉は私の方を見もしないけれど。

部長からの通達は、来週からオフィスの場所が変わるということだった。
新しい部署が発足することになり、今の企画一課と二課のオフィスを新部署が使用することになったそうだ。
そして一課と二課は、あまり使われていない第二大会議室をパーテーションのようなもので区切って共同で使用することになるらしい。
まさに晴天の霹靂だ。
新部署発足の話は聞いていたけどオフィスの引っ越しなんて初耳だし、しかも一課と共同になるなんて。
いくら仕切りがあっても毎日ずっと同じ部屋に門倉がいるとは!
冗談じゃないよ……。
隣の部屋でもこんなに気まずいのに。

「あのー……なんで一課と二課が同じ部屋になるんですか?新部署がそちらを使えばいいのでは……」

決定済みのことだから何を言ってもしょうがないのはわかっているけれど、とりあえず申し立ててみる。

「新部署はふたつともジャンルがまったく違う課なんだよ。その点一課と二課は同じ企画課だから、オフィスを共同で使用することになったんだ。今後、一課と二課が協力して請け負う仕事もあるかも知れないし」

それこそ冗談じゃないよ……。 
だいたい毛色の違う一課と二課のメンバーがうまくやっていけるかどうかもわからないのに。

「とにかくこれは社内決定済みだから。今週金曜までに各自で荷物まとめて土曜には引っ越しできるようにしてくれ」

これまた忙しい時に……。
会社は部下の仕事の邪魔をしたいのか?
いろいろ思うところはあるものの、何を言っても聞いてもらえなさそうだ。


部長の話が終わって会議室を出た。
門倉は私には目もくれず、さっさと一課のオフィスへと戻っていく。
そんなあからさまに無視しなくてもいいじゃないか。
私だって散々悩んだのに。
……なんて、門倉にはそんなこと関係ない。

門倉の気持ちは嬉しかったし、門倉とならうまくいくような気もした。
だけど私は門倉に止められたにもかかわらず、一度は別れた光を選んだ。
その結果、私は仲のいい同期の門倉を失った。
あっちを立てればこっちが立たず。
なんだかうまく行く気がしない。
何がうまく行かないって……何もかもだ。



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