傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

情事 2

「瑞希……?」
「他の人と比べないで」
「えっ……」
「光はいろんな人としてきたのかも知れないけど、私は……」

生娘でもあるまいし、バツイチの私がいい歳してこんな子供じみたことを言うなんて、情けなくて涙が溢れた。

「瑞希……泣いてるの?」
「お願いだから今だけほっといて」
「ほっとけないよ。言いたいことがあるなら言って」
「何も言いたくない」

私は光としかしたことないから、あの頃の光しか知らない。
ただ好きだという気持ちを伝え合うためだけに抱き合っていたあの頃とは違う。
どうすれば男の人が喜ぶとか、その辺の知識には疎い。
女としてのなけなしの自信が一気に失われていく。
光はどうしていいのかわからず、私を抱きしめながらオロオロしている。

「ごめん、瑞希……機嫌直してよ」

私の機嫌を損ねた理由もわからないのに、なぜ光は謝るのか。
女慣れしているなら私の気持ちも察してよ。
この間は何も考えないようにしていたから気付かなかったけれど、この先私は光と抱き合うたびにこんな気持ちになるんだろうか?
それとも回数を重ねれば気にならなくなるの?

別れてからのことはお互いに責めることはできないとわかっているけれど、やっぱり光のそういう面を見るのは複雑な気持ちだ。
スタートは私と同じだったはずなのに、光は私と夫婦だった時も、私の知らないうちに一人でどんどん大人の経験を重ねていた。
本当は私とするより他の人とした方がいいと思ってるんじゃないかとか、私で満足できなければまた他の人ともするんじゃないかとか。
疑い出したらきりがないのに、不愉快な妄想ばかりが広がってまた胸が軋むようなイヤな音をたてる。

「瑞希……せめてこっち向いてよ。一人で泣かないで」

みっともない泣き顔なんかみられたくない。
気持ちが落ち着くまでほっといて。

「俺のことイヤになった?」

光がイヤとか、そういうんじゃない。
だけどこの気持ちをなんと言って説明したらいいのか。
こんな気持ち、きっと光にはわからないだろう。
光は顔を覆っている私の手をどけようとした。
何に対してかわからないけど、無性に苛立つ。

「ほっといてって言ってるでしょ!」
「瑞希……」

なんかもう光がなんと思おうがどうでもいい。
こうなったらぶちまけてやる。

「どうせ私は恋愛もしないで仕事ばっかりしてきたから、光が付き合ってきた人たちと違って全然慣れてないよ!」
「えっ……」
「いい歳してどうすれば男の人が喜ぶとか全然知らないの、私は年相応の経験がないから!光しか知らないんだから!」

一体何を言ってるんだと自分でも思う。
それは光の責任じゃないのに。
浮気した光へのちょっとした八つ当たりだ。
それくらいは許されるだろうか。

「瑞希……それホント?」

何に対しての『それホント?』なんだかわからないけど、私は嘘はひとつも言ってない。
強いて言えば、光以外の人と……門倉と、キスはした。
だけどあれも門倉がしてきたことだから、恋人同士がするようなキスなんか光としかしたことはない。

「俺と別れてから……誰とも付き合わなかったの?」
「あいにく私は光みたいにモテないの。言ったじゃない、仕事しかしてないって。光と付き合う前も別れた後も、他の人と付き合ったことなんかないよ!」

なんでこんなに怒ってるのか、自分でもよくわからなくなってきた。
私がモテないのも、光以外の誰とも付き合ったことがないのも、光には関係のないことだ。
私はモテないって開き直ってどうする。
散々八つ当たりをされているのに、光は嬉しそうに笑っている。

「ごめん、瑞希には悪いけど俺はちょっと……いや、かなり嬉しいかも……」

はぁ?なにがそんなに嬉しいって?
マグロが好きなのか、光は?!


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