傷痕~想い出に変わるまで~
決断 2
部屋に入ってキッチンでコーヒーを入れた。
コーヒーと一緒に、取引先の担当者からいただいたチョコレートを出した。
光はチョコレートが好きだったからきっと喜ぶと思ったのに、前ほどは食べなくなったと言った。
私の味の好みが変わったのと同じで、光の好きなものも変わったんだな。
でもそれはこれから時間をかけて知っていけばいい。
今のお互いのことを少しずつわかり合えたら、きっとうまくいくはずだ。
コーヒーを飲み終わると、光がいつになくソワソワしていることに気付いた。
部屋で二人きりになるなんて本当に久しぶりだから落ち着かないのかな。
それは私も同じだけど。
「今度は瑞希の作った御飯、一緒に食べたい」
「うん。じゃあ休みの日にね。何がいいかな」
「瑞希の作ったハンバーグが一番好きだったな」
好きだった、と過去形になってしまったことに気が付いたのか、光は少しばつの悪そうな顔をした。
「最近はあまり料理してないから、昔みたいにうまくできるかわからないけど……頑張ってみる」
コーヒーのおかわりを入れようとカップを持って立ち上がり、キッチンでやかんを火にかけようとすると、光が私の後ろに立ちおずおずと私を抱きしめた。
「これからまたもっと好きになると思う。瑞希の料理も、瑞希も」
「……うん」
昔は当たり前のようにこうしていたのに、久しぶりに感じた光の体温や腕の感触にためらってしまう。
「光、コーヒー……」
「コーヒーはもういいから……もう少しだけこうさせて」
私を抱きしめる光の腕の力が少し強くなったのがわかった。
背中から光の体温と少し速い鼓動が伝わってくる。
「瑞希……好きだよ。もう二度と間違えないから……ずっと俺と一緒にいて」
「……うん」
光は私の体を自分の方に向けて、私の目をじっと見つめた。
「俺がひどいことしたから一度は別れたのに、勝手だと思われても仕方ないけど……もう二度と瑞希を悲しませるようなことはしないから、瑞希にも俺だけを見てて欲しい」
光が門倉のことを言っているんだってことは、すぐにわかった。
不安なのは私だけじゃない。
光も不安なんだ。
不安を拭い去るには、お互いを信じるしかない。
まっすぐに目を見てうなずくと、光は私の唇にそっとキスをした。
短く触れるだけのキスを何度もくりかえした後、光は私を強く抱きしめた。
「もう一度……俺だけの瑞希になってくれる?」
「……うん」
真夜中に光の腕の中で目が覚めた。
光は裸の胸に私を抱き寄せたままで寝息をたてている。
ずっと忘れていた光の肌の温もりとか、私の素肌に触れる手の感触が、私の中で眠っていた女の部分を呼び覚ました。
何年ぶりかで光に抱かれながら、光以外のことを考えないように必死で光の背中にしがみついた。
はだけて少し寒そうな光の肩に布団をかけ直した。
心と体に残る違和感も、大事なものを見失ってしまったような喪失感も、今はまだ否めなくても時間と共に消えてなくなるはず。
ほんの少しの罪悪感と胸の痛みを気のせいにしてしまおうと閉じたまぶたの裏側に、門倉の顔が浮かんだ。
私は確かに門倉に惹かれ始めていたんだと思う。
口が悪くて少し強引だけど優しくて、私のことを一番わかってくれた。
急に好きだと言われて戸惑ったけれど、抱きしめられても手を握られてもイヤじゃなかったし、門倉のキスはとても優しかった。
だけど私は私の意思で、もう一度光と一緒にいることを選んだ。
後戻りはできない。
『ホントにおまえはなんにもわかってねぇなぁ……』
少し呆れたような門倉の声が聞こえた気がした。
翌日の早朝、光は少し眠そうに自分の家へ帰った。
今度は俺の家においでね、と言い残して。
そのうちまた当たり前のようにお互いの部屋を行き来したり、休みの前の日には泊まったりもするんだろう。
先のことはまだわからないけど、いずれお互いの気持ちが固まれば復縁なんてこともあるかも知れない。
『ずっと一緒にいよう』という約束を、今度こそは守れるといいなと思う。
光と別れてから、そのことがずっと心に引っ掛かっていた。
守れなかった約束はいつまでも心の奥にしがみついて、私を許してはくれなかった。
私たちはまた約束をした。
お互いを大事に想う気持ちを忘れなければ、笑ってずっと一緒にいられるだろう。
……きっと。
コーヒーと一緒に、取引先の担当者からいただいたチョコレートを出した。
光はチョコレートが好きだったからきっと喜ぶと思ったのに、前ほどは食べなくなったと言った。
私の味の好みが変わったのと同じで、光の好きなものも変わったんだな。
でもそれはこれから時間をかけて知っていけばいい。
今のお互いのことを少しずつわかり合えたら、きっとうまくいくはずだ。
コーヒーを飲み終わると、光がいつになくソワソワしていることに気付いた。
部屋で二人きりになるなんて本当に久しぶりだから落ち着かないのかな。
それは私も同じだけど。
「今度は瑞希の作った御飯、一緒に食べたい」
「うん。じゃあ休みの日にね。何がいいかな」
「瑞希の作ったハンバーグが一番好きだったな」
好きだった、と過去形になってしまったことに気が付いたのか、光は少しばつの悪そうな顔をした。
「最近はあまり料理してないから、昔みたいにうまくできるかわからないけど……頑張ってみる」
コーヒーのおかわりを入れようとカップを持って立ち上がり、キッチンでやかんを火にかけようとすると、光が私の後ろに立ちおずおずと私を抱きしめた。
「これからまたもっと好きになると思う。瑞希の料理も、瑞希も」
「……うん」
昔は当たり前のようにこうしていたのに、久しぶりに感じた光の体温や腕の感触にためらってしまう。
「光、コーヒー……」
「コーヒーはもういいから……もう少しだけこうさせて」
私を抱きしめる光の腕の力が少し強くなったのがわかった。
背中から光の体温と少し速い鼓動が伝わってくる。
「瑞希……好きだよ。もう二度と間違えないから……ずっと俺と一緒にいて」
「……うん」
光は私の体を自分の方に向けて、私の目をじっと見つめた。
「俺がひどいことしたから一度は別れたのに、勝手だと思われても仕方ないけど……もう二度と瑞希を悲しませるようなことはしないから、瑞希にも俺だけを見てて欲しい」
光が門倉のことを言っているんだってことは、すぐにわかった。
不安なのは私だけじゃない。
光も不安なんだ。
不安を拭い去るには、お互いを信じるしかない。
まっすぐに目を見てうなずくと、光は私の唇にそっとキスをした。
短く触れるだけのキスを何度もくりかえした後、光は私を強く抱きしめた。
「もう一度……俺だけの瑞希になってくれる?」
「……うん」
真夜中に光の腕の中で目が覚めた。
光は裸の胸に私を抱き寄せたままで寝息をたてている。
ずっと忘れていた光の肌の温もりとか、私の素肌に触れる手の感触が、私の中で眠っていた女の部分を呼び覚ました。
何年ぶりかで光に抱かれながら、光以外のことを考えないように必死で光の背中にしがみついた。
はだけて少し寒そうな光の肩に布団をかけ直した。
心と体に残る違和感も、大事なものを見失ってしまったような喪失感も、今はまだ否めなくても時間と共に消えてなくなるはず。
ほんの少しの罪悪感と胸の痛みを気のせいにしてしまおうと閉じたまぶたの裏側に、門倉の顔が浮かんだ。
私は確かに門倉に惹かれ始めていたんだと思う。
口が悪くて少し強引だけど優しくて、私のことを一番わかってくれた。
急に好きだと言われて戸惑ったけれど、抱きしめられても手を握られてもイヤじゃなかったし、門倉のキスはとても優しかった。
だけど私は私の意思で、もう一度光と一緒にいることを選んだ。
後戻りはできない。
『ホントにおまえはなんにもわかってねぇなぁ……』
少し呆れたような門倉の声が聞こえた気がした。
翌日の早朝、光は少し眠そうに自分の家へ帰った。
今度は俺の家においでね、と言い残して。
そのうちまた当たり前のようにお互いの部屋を行き来したり、休みの前の日には泊まったりもするんだろう。
先のことはまだわからないけど、いずれお互いの気持ちが固まれば復縁なんてこともあるかも知れない。
『ずっと一緒にいよう』という約束を、今度こそは守れるといいなと思う。
光と別れてから、そのことがずっと心に引っ掛かっていた。
守れなかった約束はいつまでも心の奥にしがみついて、私を許してはくれなかった。
私たちはまた約束をした。
お互いを大事に想う気持ちを忘れなければ、笑ってずっと一緒にいられるだろう。
……きっと。
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