傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

嫉妬 4

なんと返信しようか悩んでいるうちにウトウトし始めた頃、またメールの受信音が鳴っていることに気が付いた。

【今日はお疲れ。まだ起きてるのか?
眠れないなら電話しろよ】

門倉め、またからかうつもりだな。
夕飯をごちそうになって送ってもらったお礼のメールくらいはしておこうか。
簡単なお礼のメールを送ろうと文章を作成し始めると、途端にまぶたが重くなった。
ウトウトしながら何度も文字を打ち間違えては消す。

ダメだ、眠くて画面を見てるのがつらい。
電話した方が早いな。
ボーッとした頭で電話帳画面を開き、門倉の番号を探した。
か……勝山……門倉……あった。
半分眠りかけながら通話ボタンを押してスマホを耳に近付けると、呼び出し音がふたつめの途中で途切れた。

「もしもし」
「もしもし。眠過ぎてメールするのつらいから電話した。今日はいろいろありがとね。夕飯ごちそうさま」
「え?」

珍しく門倉からの反応が薄い。
だけど眠すぎて長い時間話す余裕もないから、その方が手短に済んで助かる。

「あと、送ってくれてありがとう。門倉がいなかったら間違いなく途中で寝てたわ。私もう眠くて限界だから寝る。腕枕で添い寝は要らないから、じゃあね」

まるで留守番電話にメッセージを吹き込むかのように、一方的に言いたいことを言って電話を切ろうとした時。

「……瑞希、誰と話してんの?」
「……え?」

今、瑞希って呼んだ?
それにあんまり眠くて最初は気付かなかったけど、今のは門倉の声じゃない。

「俺とは会えなくても門倉さんとは一緒にいたんだ。もしかして昨日も?」
「えっ?」

間違いない……光だ。
門倉に電話するつもりが、眠さのせいで間違えて光に電話してしまったらしい。
一気に眠気も吹き飛ぶほどの最悪の事態だ。

「ごめん……すごい寝不足で残業中に寝そうになってたの助けてもらって、夕飯までおごってもらったからお礼の電話しようとしたら間違えたみたいで……アドレス帳のあいうえお順が勝山門倉で前後で……眠くて限界で間違えたのに気付かなくて……」

何を言っているのか自分でもわからなくなるほど必死で言い訳をした。

「俺がメールしても返事くれなかったのに」
「それは……」
「俺が家まで送らせてって言っても断るのに、門倉さんには送ってもらって腕枕で添い寝するような仲なんだ」
「違う……そうじゃなくて……」
「ホントは俺のこと迷惑だった?浮気して別れた男なんかって。瑞希が会ってくれるようになったから、瑞希は俺を許してくれたんだとか……瑞希も俺のことまだ少しは想ってくれてるのかなって勘違いしちゃったよ……」

自嘲気味に笑う乾いた声がした。

「昔と同じだ」
「え?」
「瑞希は毎日残業で帰りが遅くて、休みの日まで仕事に出掛けて……だんだん俺には見向きもしなくなって……ホントは仕事じゃないのかもとか、職場に男がいるのかもって……ずっと不安だった。今だって瑞希が門倉さんといたことを考えるだけでおかしくなりそうだ」
「……そんな風に思ってたの?」
「どんなに俺が瑞希を好きでも、瑞希にとっては俺なんか仕事とか職場の人たち以下だったもんな。仕事がなくて暇をもて余してる時くらいしか、俺とは一緒にいてくれなかった。今もそれは変わってない」

そんな風に思ったことは一度もなかった。
昔も仕事は大事だったけど、光を仕事以下だと思ったことなんてないし、今だって仕事がなくて暇をもて余してる時だけ会っているわけじゃない。
約束した日は急いでなんとか仕事を早めに終わらせて、光と会う時間を作っていたのに。
だけどそんなのわかってもらおうとは思わないし、きっと光にはわからない。


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