傷痕~想い出に変わるまで~
密室 2
「勝山さんってぇ、すっごい私のタイプなんですぅ。今度デートしてくださいよぉ」
いちいち語尾を伸ばすな、語尾を。
鼻にかかった声と甘ったるい話し方が癇に障るわ!
「いや……それもちょっと……」
取引先の社員だから強く断れないのか、光は困った顔で作り笑いを浮かべている。
断るならハッキリ断れ!
仕事中に男を口説いている若い女子にも、ハッキリしない光にもだんだんイライラしてきた。
「彼女いないなら付き合って。ね?お願い!」
彼女は上目遣いで可愛らしくお願いするポーズをとったけれど、私には獲物の前で『いただきます』と手をあわせている肉食女子にしか見えない。
「いや……仕事ですのでそういうのは……」
彼女は光の手を取ると、素早く何かを握らせた。
さっきから曖昧な表情で言葉を濁していた光が驚いた顔をしている。
「じゃあこれ、私の携帯の番号。連絡待ってますね」
そう言って去っていく彼女の後ろ姿を呆然と眺めた後、光は手の中の紙切れをポケットの中にしまった。
……しまうんだ。
ホントに連絡したりするのかな?
そうか、ここでごみ箱に捨てて彼女に見つかったら、後々面倒だもんね。
うん、きっとそうに違いない。
今のは見なかったことにしておこう。
光は何事もなかったかのように、手際良く飲み物の補充を終えて自販機の扉を閉めた。
柱の影で光と彼女の様子を窺っていた私も、コーヒーを買おうと自販機の前へ向かった。
「あ……瑞希。久しぶりだね」
「うん……ずっと仕事忙しくて」
光はポケットから小銭を出して自販機に入れ、砂糖なしミルク入りのコーヒーのボタンを押した。
「今日は会える?」
「うん。やっと仕事落ち着いたから、今日はいつもより早めに帰れると思う」
コーヒーの入ったカップを私の手に握らせて、光は嬉しそうに笑った。
「これ俺のおごり」
「ありがとう」
「仕事終わったら連絡して」
「わかった」
光は「じゃあまた後でね」と軽く手を振り、台車を押して去っていく。
温かいカップを手に、昔より大人になったその後ろ姿を眺めた。
ちゃんと返事をしなきゃと思っていたけれど、さっきのシーンを見てまた迷いが生じた。
私も光も大人になったし、二人ともたくさん後悔したんだから、もう昔みたいな失敗はしないはず。
そう思っているのに、女の子に誘われてもハッキリ断れない光を見ていると、私が忙しくて会えない時は、また他の誰かのところへ行ってしまうんじゃないかと不安になった。
昔の光はあんなに私を好きだって言っていたのに、他の人を私の代わりにしたんだ。
もしかしたら今だって、特別好きじゃない人とでも、体だけの割り切った関係になれたりするんじゃないか。
そんなのは光に限ったことでもないし、疑いだしたらきりがないのもわかってる。
だけどさっきの光と彼女とのやり取りを目撃した時、光の浮気現場に踏み込んだあの日の『決定的瞬間』が私の脳裏をよぎったのは間違いない。
光ともう一度付き合うということは、こんな不快感と不安をずっと抱え続けるってことなんだ。
私はこの先ずっとそれに耐えられるだろうか?
定時間際に掛かってきた電話を終えた頃には休憩時間を過ぎていた。
タバコでも吸って来ようかと思ったけれど、光と会う約束をしているので少しでも早く仕事を終わらせた方がいいかと思い、休憩を取らず残りの仕事をそのまま片付けてしまうことにした。
パソコンに向かっていると、金城くんがオリオン社の担当者からいただいたお菓子をお裾分けしてくれた。
「今日はこれからエレベーターの夜間点検があるらしいですね」
「そうなの?」
「貼り紙がしてありました。何時からだったかな?2時間くらい止まるらしいです」
「ちゃんと見てなかった、ありがとう」
まだ時間も早いし、夜間点検なら社員が帰った後の遅い時間にするのだろうから、私にはあまり関係なさそうだ。
あまり待たせると光に申し訳ないから、さっさと仕事を済ませて会社を出よう。
正直言うとさっきのことがあってからかなり複雑な気分ではあるけれど、今日は会うって約束したんだし。
こんな気持ちではやっぱり踏み切れないから、光と付き合うのはもう少し考えた方がいいのかも知れない。
いちいち語尾を伸ばすな、語尾を。
鼻にかかった声と甘ったるい話し方が癇に障るわ!
「いや……それもちょっと……」
取引先の社員だから強く断れないのか、光は困った顔で作り笑いを浮かべている。
断るならハッキリ断れ!
仕事中に男を口説いている若い女子にも、ハッキリしない光にもだんだんイライラしてきた。
「彼女いないなら付き合って。ね?お願い!」
彼女は上目遣いで可愛らしくお願いするポーズをとったけれど、私には獲物の前で『いただきます』と手をあわせている肉食女子にしか見えない。
「いや……仕事ですのでそういうのは……」
彼女は光の手を取ると、素早く何かを握らせた。
さっきから曖昧な表情で言葉を濁していた光が驚いた顔をしている。
「じゃあこれ、私の携帯の番号。連絡待ってますね」
そう言って去っていく彼女の後ろ姿を呆然と眺めた後、光は手の中の紙切れをポケットの中にしまった。
……しまうんだ。
ホントに連絡したりするのかな?
そうか、ここでごみ箱に捨てて彼女に見つかったら、後々面倒だもんね。
うん、きっとそうに違いない。
今のは見なかったことにしておこう。
光は何事もなかったかのように、手際良く飲み物の補充を終えて自販機の扉を閉めた。
柱の影で光と彼女の様子を窺っていた私も、コーヒーを買おうと自販機の前へ向かった。
「あ……瑞希。久しぶりだね」
「うん……ずっと仕事忙しくて」
光はポケットから小銭を出して自販機に入れ、砂糖なしミルク入りのコーヒーのボタンを押した。
「今日は会える?」
「うん。やっと仕事落ち着いたから、今日はいつもより早めに帰れると思う」
コーヒーの入ったカップを私の手に握らせて、光は嬉しそうに笑った。
「これ俺のおごり」
「ありがとう」
「仕事終わったら連絡して」
「わかった」
光は「じゃあまた後でね」と軽く手を振り、台車を押して去っていく。
温かいカップを手に、昔より大人になったその後ろ姿を眺めた。
ちゃんと返事をしなきゃと思っていたけれど、さっきのシーンを見てまた迷いが生じた。
私も光も大人になったし、二人ともたくさん後悔したんだから、もう昔みたいな失敗はしないはず。
そう思っているのに、女の子に誘われてもハッキリ断れない光を見ていると、私が忙しくて会えない時は、また他の誰かのところへ行ってしまうんじゃないかと不安になった。
昔の光はあんなに私を好きだって言っていたのに、他の人を私の代わりにしたんだ。
もしかしたら今だって、特別好きじゃない人とでも、体だけの割り切った関係になれたりするんじゃないか。
そんなのは光に限ったことでもないし、疑いだしたらきりがないのもわかってる。
だけどさっきの光と彼女とのやり取りを目撃した時、光の浮気現場に踏み込んだあの日の『決定的瞬間』が私の脳裏をよぎったのは間違いない。
光ともう一度付き合うということは、こんな不快感と不安をずっと抱え続けるってことなんだ。
私はこの先ずっとそれに耐えられるだろうか?
定時間際に掛かってきた電話を終えた頃には休憩時間を過ぎていた。
タバコでも吸って来ようかと思ったけれど、光と会う約束をしているので少しでも早く仕事を終わらせた方がいいかと思い、休憩を取らず残りの仕事をそのまま片付けてしまうことにした。
パソコンに向かっていると、金城くんがオリオン社の担当者からいただいたお菓子をお裾分けしてくれた。
「今日はこれからエレベーターの夜間点検があるらしいですね」
「そうなの?」
「貼り紙がしてありました。何時からだったかな?2時間くらい止まるらしいです」
「ちゃんと見てなかった、ありがとう」
まだ時間も早いし、夜間点検なら社員が帰った後の遅い時間にするのだろうから、私にはあまり関係なさそうだ。
あまり待たせると光に申し訳ないから、さっさと仕事を済ませて会社を出よう。
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