傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

休日 5

光と一緒にいると何もかもがぎこちなく、言葉の端々や会話の隙間に拭い去れない過去が貼り付いていて、それを見つけるたびに胸が軋んだ。
何度か会って慣れてくれば今みたいに気まずくなることはなくなるのかな?
せめて普通に会話ができなければ、この先ずっとどころか、1日も一緒にはいられない。

光のことが好きかと聞かれたら、正直まだなんとも言えないけれど、光が本気で私を好きで一緒にいたいと思ってくれているのなら、できれば私もそれに応えたい。
やり直すことはできなくても、また新しい関係を築くことはできるんじゃないかと思うから。
次に会う時はもう少し自然に笑って話せるといいなと思う。

今はまだ過去を振り返るたびに胸が痛む。
それを光と一緒にひとつひとつ乗り越えられたら、新しい想い出はつらかった過去の傷痕を消してくれるだろうか。
きっと私たちがすべてを受け入れ心から笑えるようになるまでは、まだまだ時間が必要だ。




光と二人でカフェに行った日から2週間が過ぎた。
仕事の後や休日に会って何度か食事をしているうちに、少しずつ二人で会っている時のぎこちなさや息苦しさは薄れてきたように思う。
以前よりは自然に笑えるようにもなったし、会話も少しは長く続くようになった。
けれどやっぱりまだ時折感じる違和感は拭えない。

ふとした時に過去のことを思い出して胸が痛むのも、お互いに相手の顔色を窺っているのも相変わらずだ。
できればもう光を傷付けたくはないし、私も傷付きたくない。
お互いにそう思っているからなのか、光は昔以上にとても優しくしてくれるし、私もできるだけ光と会う時間を作るようにしている。

昨日は日曜日で仕事が休みだったので、前に約束していた通り食事をするだけでなく、レンタカーを借りて少し遠出をした。
昔二人で行った想い出の場所に行ってみたいと光が言ったからだ。
そこに行けば昔みたいに、二人ともなんの気兼ねもなく笑えるだろうか。
純粋にお互いを好きだった頃の気持ちを思い出せたら、私は光が好きだと言えるのかな。
そんなことを考えながら光の運転でそこへ足を運んだ。

山合にあるその牧場で景色を眺めて動物たちと触れ合った。
馬や牛や羊、そこで家族のように仲良く飼われている犬や猫やウサギやモルモット。
のんびり動物たちを見ているだけで心が和んだ。

『瑞希はウサギ好きだったよね。ウサギ飼いたいって昔言ってたもんな』

ウサギを飼いたいと言っていたのは大学を卒業する少し前、婚約中でまだ実家で暮らしていた頃のことだ。
あの頃は動物を飼うことがどれほど大変かをわかっていなかったから、ただ可愛いからというだけの理由でウサギを飼いたいと何気なく言った。
結婚して一緒に暮らせるようになったら飼いたいねと二人で話したことを思い出した。
だけど結婚して仕事をしながら家事をするようになるとそんな余裕はなかったし、家を留守にする時間が長いので、世話をしてやることもできないと思い断念した。

あの時本当にウサギを飼っていたら、仕事で忙しくても二人で可愛がって世話をして、少しは私たちの結婚生活も長く続けられただろうか。
もしかしたら私たちが不仲になって寂しさで死なせてしまったかもと思うと、やっぱり飼わなくて正解だったのかなと思ったりもする。

動物たちに餌をやったり戯れたりしていると二人ともいつもよりは自然に笑って過ごせた。
けれどどこに行っても何をしても昔とは違うのだと改めて認識した。

光が私の手を取ろうとして何度かためらっていたことに気付いたけれど、私は気付かないふりをした。
帰り際も昔みたいにキスしたり抱きしめたりしない。

光は私を好きだと言ってくれるけれど、私はまだ光のことが好きだと自信を持って言えない。
昨日もまた返事ができないまま『じゃあまたね』と言って別れ、二人で過ごす3度目の休日は終わった。





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