傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

後悔 6

しばらく歩いた後、閉店したショッピングモールのそばにある広場のベンチに座った。
光はすぐそばにあった自販機で買った温かいミルクティーを申し訳なさそうに私に差し出した。

「ゆっくり話せる場所探してたらこんなとこまで来ちゃったよ。ごめんな、瑞希」

黙ってミルクティーを受け取った。
昔、私が気に入ってよく飲んでいたものだ。
最近はコーヒーばかりで、ミルクティーはあまり飲まないことなんて光は知らない。

光は私の隣に座りタブを開けてコーヒーを一口飲んだ。
昔は飲まなかったブラックの缶コーヒーだ。
光も私が知らないうちにそんなの飲むようになったんだな。

「初めて瑞希を裏切った時、すごく後悔した。それなのにまた同じことをくりかえした。自分でも最低だと思うけど、俺は瑞希の代わりにそばにいてくれる人が欲しかったんだ」
「うん……」
「別れてからずっと後悔してた。何もかもやり直せたらいいのにって。そうすれば瑞希を二度と離さないのにって、ずっと思ってた」

光の言葉を聞きながらミルクティーの缶を握りしめた。
どんなに悔やんでもお互いの心の傷痕は消せないのに。
私にはうなずくことも首を横に振ることもできない。
何もかもやり直せたらいいのにと思ったのは光だけじゃない。
私だって何度もそう思った。

「今更過ぎることも、自分勝手なこともわかってる。でも俺はやっぱり瑞希が好きなんだ」

光の手が膝の上に置いた私の手をギュッと握った。
どうすればいいのか、どう答えていいのか、頭の中が真っ白になって何も考えられない。

「もう昔みたいには戻れないよ……」
「わかってる。でも好きなんだ。何も言わずにこのままあきらめて後悔したくない。二度と瑞希を悲しませるようなことはしないから、もう一度俺と付き合って欲しい」

もう一度……?
光と一緒に同じ未来を目指して歩くことが、今の私にできるだろうか。

「急にそんなこと言われても困る……」
「それもわかってる。ゆっくりでいい。昔じゃなくて今の俺を見て考えてくれないか」


駅までの道のりを二人とも黙ったままで歩いた。
光の手は私の手を握りしめていた。
手を離すと何度も見た夢みたいに瑞希が消えてしまいそうで怖いんだ、と光は言った。
駅のそばまで戻ってきた時、光は私の顔をじっと見つめた。

「また会ってくれる?」

うつむいたまま返事もできず、握られた手をそっとほどいた。

「……帰るね」
「俺は瑞希に会いたい。だから誘うよ」
「……おやすみ」

目をそらして光に背を向け、自動改札機を通り抜けた。
昔は振り返って笑って手を振ったけど、今日は振り返らずに真っ直ぐ歩いた。
二人で会った帰り際のこんな小さなことでさえ、あの頃と今では違うと思い知らされる。

電車に乗って窓から真っ暗な景色を眺めた。
どちらともハッキリ答えられないのは、私の心に迷いが生じているからなのか、それとも同じ失敗をくりかえすことを恐れているからなのか。
離婚して5年も経ってからあんなこと言うなんて。

私も光もあれから一歩も前には進めていないんだ。
同じ場所で何度も足踏みをして、新たな一歩を踏み出すことをためらって。
後戻りはできないと言いながら、ずっと後ろばかり振り返っていた。

後になって悔やむから後悔って言うんだよね。
私の一番の後悔はなんだろう?
光と向き合わなかったこと?
それとも去っていく光を引き留めなかったこと?

もし今、再び差し出された光の手を取らなかったら後悔する日が来るだろうか。
それは後になってみないとわからない。
今はただ、どちらに進めば後悔しないのかと迷いながら、目の前の分岐点に戸惑っている。




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