傷痕~想い出に変わるまで~
後悔 3
喫煙室を出て化粧室で化粧直しをした後、時間を見計らって会社を出た。
まだ早いかと思ったのに、光は既に会社の前で待っていた。
光が連れていってくれたのは、最近駅前にできたイタリアンレストランだった。
門倉を誘えと受付嬢に言ってやろうかと私がひそかに思っていた店だ。
光もこんなオシャレな店に連れて来る相手がいるのかな。
……なんて、私が気にすることじゃないか。
私たちはもうずっと前に離婚して、他人同士になったんだから。
「ここの料理が美味しいって聞いてたから一度来てみたかったんだけど、なかなか機会がなくて」
「そうなの?」
機会がなかったとは……?
時間がなかったのか、タイミングが合わなかったのか。
それとも一緒に来る相手がいなかったのか。
「瑞希はここに来たことある?」
「ないよ。若い女子たちが美味しかったって言ってたから、気にはなってたんだけど」
「じゃあ……一緒に来られて良かった」
良かった……のか?
その相手が別れた妻で本当に良かったと思ってる?
「光だったら、食事に誘う相手くらい周りにたくさんいるでしょう?」
思わずそんなことを口走った。
本当に可愛くないな、私は。
「他の誰かとじゃなくて……俺は瑞希と来たかったんだよ」
……なんで?
恋人とか夫婦だった頃ならともかく、もうずっと前に別れた私と一緒に来たかったなんて台詞はおかしい。
会って食事をしたところで、これまでのことがすべてなかったことになるわけじゃないのに。
私が黙り込んでしまったことに困ったのか、光は作り笑いを浮かべて私にメニューを差し出した。
「料理、選ぼうか」
「……うん」
メニューを見るとどれも美味しそうで、あれこれ目移りして何を注文しようか悩んでしまう。
明太子のカルボナーラも美味しそうだし、茄子とベーコンとトマトのパスタも捨てがたい。
昔はいろいろ注文して一緒に食べたけれど、さすがに今はそれもどうかと思ったりする。
「生ハムのサラダ頼もう。瑞希、生ハム好きだよね。あと、マルゲリータかな」
「う……うん」
そんなことも覚えてるんだ。
もしかしたら、これまで付き合った私以外の人のことも覚えてたりするのかな。
「そんなのよく覚えてるね」
「覚えてるよ。瑞希が好きだったものも苦手だったものも、初めて俺のために作ってくれた料理も」
「……そうなんだ」
初めて光のために作った料理はオムライスだった。
卵が破れて不格好な見た目だったけど、光は美味しそうに食べてくれたっけ。
そんな時もあったな。
「何にするか決めた?」
「あ……えーっと……どっちにしよう。明太子のカルボナーラか、茄子とベーコンとトマトのパスタか……」
好きなものをひとつだけ選べと言われたら、私はいつも迷ってしまう。
悩んだ末にこれと決めても、土壇場で決定を覆したりもする。
つまり優柔不断なんだ。
仕事ではそんなことないのに。
「迷ってるなら両方頼めばいいよ。一緒に食べよう」
一瞬うなずきそうになったけれど、私は慌てて首を横に振った。
いくら懐かしくても、どれだけ光が優しくても、あまり距離を詰めすぎるのは良くない。
「……ううん、明太子のカルボナーラセットにする。サラダも飲み物もデザートも付いてるって」
光がほんの少し顔をしかめたのがわかったけど、私はそれに気付かないふりをした。
「生ハムのサラダはいいの?」
「いい。そんなに食べられないから」
「うん……そっか」
目をそらしてうっすらと笑みを浮かべた光の顔が、どことなく寂しそうだった。
向かい合って食事をしても昔と同じようには笑えないし、楽しかった頃を懐かしむために会ったわけじゃない。
どうにもならない違和感ばかりが膨らんで、息苦しくて声も出せなくなってしまいそうだから、早々に話を済ませてしまった方がいいのかも知れない。
まだ早いかと思ったのに、光は既に会社の前で待っていた。
光が連れていってくれたのは、最近駅前にできたイタリアンレストランだった。
門倉を誘えと受付嬢に言ってやろうかと私がひそかに思っていた店だ。
光もこんなオシャレな店に連れて来る相手がいるのかな。
……なんて、私が気にすることじゃないか。
私たちはもうずっと前に離婚して、他人同士になったんだから。
「ここの料理が美味しいって聞いてたから一度来てみたかったんだけど、なかなか機会がなくて」
「そうなの?」
機会がなかったとは……?
時間がなかったのか、タイミングが合わなかったのか。
それとも一緒に来る相手がいなかったのか。
「瑞希はここに来たことある?」
「ないよ。若い女子たちが美味しかったって言ってたから、気にはなってたんだけど」
「じゃあ……一緒に来られて良かった」
良かった……のか?
その相手が別れた妻で本当に良かったと思ってる?
「光だったら、食事に誘う相手くらい周りにたくさんいるでしょう?」
思わずそんなことを口走った。
本当に可愛くないな、私は。
「他の誰かとじゃなくて……俺は瑞希と来たかったんだよ」
……なんで?
恋人とか夫婦だった頃ならともかく、もうずっと前に別れた私と一緒に来たかったなんて台詞はおかしい。
会って食事をしたところで、これまでのことがすべてなかったことになるわけじゃないのに。
私が黙り込んでしまったことに困ったのか、光は作り笑いを浮かべて私にメニューを差し出した。
「料理、選ぼうか」
「……うん」
メニューを見るとどれも美味しそうで、あれこれ目移りして何を注文しようか悩んでしまう。
明太子のカルボナーラも美味しそうだし、茄子とベーコンとトマトのパスタも捨てがたい。
昔はいろいろ注文して一緒に食べたけれど、さすがに今はそれもどうかと思ったりする。
「生ハムのサラダ頼もう。瑞希、生ハム好きだよね。あと、マルゲリータかな」
「う……うん」
そんなことも覚えてるんだ。
もしかしたら、これまで付き合った私以外の人のことも覚えてたりするのかな。
「そんなのよく覚えてるね」
「覚えてるよ。瑞希が好きだったものも苦手だったものも、初めて俺のために作ってくれた料理も」
「……そうなんだ」
初めて光のために作った料理はオムライスだった。
卵が破れて不格好な見た目だったけど、光は美味しそうに食べてくれたっけ。
そんな時もあったな。
「何にするか決めた?」
「あ……えーっと……どっちにしよう。明太子のカルボナーラか、茄子とベーコンとトマトのパスタか……」
好きなものをひとつだけ選べと言われたら、私はいつも迷ってしまう。
悩んだ末にこれと決めても、土壇場で決定を覆したりもする。
つまり優柔不断なんだ。
仕事ではそんなことないのに。
「迷ってるなら両方頼めばいいよ。一緒に食べよう」
一瞬うなずきそうになったけれど、私は慌てて首を横に振った。
いくら懐かしくても、どれだけ光が優しくても、あまり距離を詰めすぎるのは良くない。
「……ううん、明太子のカルボナーラセットにする。サラダも飲み物もデザートも付いてるって」
光がほんの少し顔をしかめたのがわかったけど、私はそれに気付かないふりをした。
「生ハムのサラダはいいの?」
「いい。そんなに食べられないから」
「うん……そっか」
目をそらしてうっすらと笑みを浮かべた光の顔が、どことなく寂しそうだった。
向かい合って食事をしても昔と同じようには笑えないし、楽しかった頃を懐かしむために会ったわけじゃない。
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