傷痕~想い出に変わるまで~
後悔 1
翌日の昼休み。
会社の中庭のベンチで花壇の花を眺めながらコーヒーを飲んで、ぼんやりして過ごした。
昨日岡見と小塚から聞いた話が頭の中をぐるぐる駆け巡る。
光と会ったら何から話せばいいのか。
岡見と小塚から聞いたと言うわけにはいかないから、何も知らないふりをしていた方がいいのかな。
やっぱりもう会わない方が……とも思うけれど、光は連絡を待っているだろうし、そういうわけにもいかないだろう。
今朝からポケットの中には光の名刺が入っている。
だけどいざ電話しようとすると指が震えて、思いきることができない。
昔はなんのためらいもなく電話をして、夜遅くまで他愛ないことを話し込んだっけ。
優しく耳に響く光の声が好きだった。
電話を切る前の『おやすみ瑞希、大好きだよ』の一言が、いつも私を幸せな気持ちで眠りに就かせてくれた。
結婚したらよほどの用がないと電話をしなくなったけれど、その分いつもすぐ隣に光の温もりを感じながら優しい声を聞いていた。
体温とか鼓動とか息遣いをすぐそばに感じて安心していたのは私だけじゃない。
きっと光も同じだったんだと思う。
だけどそんな大事なことを忘れ、その温もりを手放してしまったのは私の方だった。
腕時計を見てため息をついた。
スマホと名刺をまたポケットの中にしまい、仕事が終わったら電話しようと思いながらオフィスに戻った。
電話することさえためらってしまうほど、今の私たちの間には大きな距離がある。
本当に今更気付いても遅いことばかりだ。
定時の後の休憩時間、喫煙室でタバコを吸っていると、門倉がオイルライターの蓋をカチャカチャ鳴らしながらやって来た。
また何か考え事をしているんだろう。
仕事のことかな。
「よぅ篠宮、お疲れ」
「お疲れ」
門倉は私の隣に座ってタバコに火をつけた。
少し疲れた顔をしている。
「昨日、ちゃんと眠れたか?」
「うん……それなりに」
「そうか」
胸に深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出しながら、門倉はまたオイルライターの蓋をカチャカチャと開け閉めしている。
「なんにも知らないで無理につらい話聞かせて悪かったな。俺が思ってた以上に、篠宮にとっては酷な話ばっかりだった」
「うん……そうなんだけど、光が離れて行ったのは私にも責任があると思うから。知らずにいたら楽だったとは思うけど、私は知っておくべきだったのかなって思う」
短くなったタバコを水の入った灰皿の中に投げ込んだ。
ジュッと音をたてて火が消える。
『俺、この先ずっと何年経っても瑞希と一緒にいたいよ』
ああ、まただ。
夏の終わりに二人で線香花火をした日の光の言葉と優しい顔を思い出した。
「門倉……私、もう一度光に会ってみようと思う」
「会うこと勧めてた俺が言うのもなんだけど……大丈夫か?」
「うん。今度は逃げないでちゃんと話そうと思ってる」
門倉にあまり心配かけたくなくて少し笑顔を作って見せた。
私はうまく笑えているかな。
「いや、そうじゃなくて……会ったら篠宮はまた……」
休憩時間の終わりを告げるチャイムが喫煙室に大きく響き渡り門倉の言葉を遮った。
「やっぱり……せ……じゃ……ったな……」
立ち上がって振り返ると、門倉は少しためらいがちに目をそらした。
「ん?何?」
「いや……なんでもない」
もしかしたら、また私が泣くんじゃないかって心配してくれてるのかな。
本当にお節介でお人好しなんだから。
「さぁ、早く戻らないと」
私が促すと門倉はゆっくりと立ち上がり、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「禊が済んだらビールで乾杯してうまい焼肉食うんだろ。楽しみにしてるからな」
「うん」
会社の中庭のベンチで花壇の花を眺めながらコーヒーを飲んで、ぼんやりして過ごした。
昨日岡見と小塚から聞いた話が頭の中をぐるぐる駆け巡る。
光と会ったら何から話せばいいのか。
岡見と小塚から聞いたと言うわけにはいかないから、何も知らないふりをしていた方がいいのかな。
やっぱりもう会わない方が……とも思うけれど、光は連絡を待っているだろうし、そういうわけにもいかないだろう。
今朝からポケットの中には光の名刺が入っている。
だけどいざ電話しようとすると指が震えて、思いきることができない。
昔はなんのためらいもなく電話をして、夜遅くまで他愛ないことを話し込んだっけ。
優しく耳に響く光の声が好きだった。
電話を切る前の『おやすみ瑞希、大好きだよ』の一言が、いつも私を幸せな気持ちで眠りに就かせてくれた。
結婚したらよほどの用がないと電話をしなくなったけれど、その分いつもすぐ隣に光の温もりを感じながら優しい声を聞いていた。
体温とか鼓動とか息遣いをすぐそばに感じて安心していたのは私だけじゃない。
きっと光も同じだったんだと思う。
だけどそんな大事なことを忘れ、その温もりを手放してしまったのは私の方だった。
腕時計を見てため息をついた。
スマホと名刺をまたポケットの中にしまい、仕事が終わったら電話しようと思いながらオフィスに戻った。
電話することさえためらってしまうほど、今の私たちの間には大きな距離がある。
本当に今更気付いても遅いことばかりだ。
定時の後の休憩時間、喫煙室でタバコを吸っていると、門倉がオイルライターの蓋をカチャカチャ鳴らしながらやって来た。
また何か考え事をしているんだろう。
仕事のことかな。
「よぅ篠宮、お疲れ」
「お疲れ」
門倉は私の隣に座ってタバコに火をつけた。
少し疲れた顔をしている。
「昨日、ちゃんと眠れたか?」
「うん……それなりに」
「そうか」
胸に深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出しながら、門倉はまたオイルライターの蓋をカチャカチャと開け閉めしている。
「なんにも知らないで無理につらい話聞かせて悪かったな。俺が思ってた以上に、篠宮にとっては酷な話ばっかりだった」
「うん……そうなんだけど、光が離れて行ったのは私にも責任があると思うから。知らずにいたら楽だったとは思うけど、私は知っておくべきだったのかなって思う」
短くなったタバコを水の入った灰皿の中に投げ込んだ。
ジュッと音をたてて火が消える。
『俺、この先ずっと何年経っても瑞希と一緒にいたいよ』
ああ、まただ。
夏の終わりに二人で線香花火をした日の光の言葉と優しい顔を思い出した。
「門倉……私、もう一度光に会ってみようと思う」
「会うこと勧めてた俺が言うのもなんだけど……大丈夫か?」
「うん。今度は逃げないでちゃんと話そうと思ってる」
門倉にあまり心配かけたくなくて少し笑顔を作って見せた。
私はうまく笑えているかな。
「いや、そうじゃなくて……会ったら篠宮はまた……」
休憩時間の終わりを告げるチャイムが喫煙室に大きく響き渡り門倉の言葉を遮った。
「やっぱり……せ……じゃ……ったな……」
立ち上がって振り返ると、門倉は少しためらいがちに目をそらした。
「ん?何?」
「いや……なんでもない」
もしかしたら、また私が泣くんじゃないかって心配してくれてるのかな。
本当にお節介でお人好しなんだから。
「さぁ、早く戻らないと」
私が促すと門倉はゆっくりと立ち上がり、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「禊が済んだらビールで乾杯してうまい焼肉食うんだろ。楽しみにしてるからな」
「うん」
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