傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

真実 5

最初の会社を辞めてしばらく経った頃、光は買い物に出掛けたコンビニで偶然再会した高校時代の同級生の紹介で小さな工務店に再就職したらしい。
同級生の彼女には遠距離恋愛中の彼氏がいて、最初はマメに会いに来てくれたのにだんだんその頻度が落ち、ここ最近はもう2か月以上も会っていないと相談された光は、自分も結婚生活がうまくいっていないと打ち明けたそうだ。

お互いを励まし合っていた二人がお酒の勢いを借りて、寂しさを埋めるために一線を越えたのはたった一度きりだったという。
私が光から聞いた話では、浮気のつもりが本気になって離婚後もその彼女と半年ほどは付き合っていたはずなのに。

「光は死ぬほど後悔してた。シノを裏切ってしまったって」

その後、浮気の後ろめたさも手伝って私との夫婦関係は修復できないまま、光は悩み疲れていたそうだ。
そんな時、気晴らしに酒でも飲もうと岡見と小塚がサークルの同期生を数人集めて飲み会を開いた。

「思えばあれがシノと光の離婚を早めたのかもな」


岡見が言うには、その飲み会でサークルでも特に仲の良かった藤乃フジノと再会したことがきっかけで、光は私とのことを彼女に相談するようになったらしい。
藤乃は私にとってもサークルで特に仲の良かった友人だ。
偶然にも勤め先が近かったこともあって仕事の後で頻繁に会うようになり、男女の仲になるのに時間はかからなかったと言う。

「サークルで仲良くしてたしシノは知らなかったかも知れないけどな、藤乃はシノたちが付き合うより前から光のことが好きだったんだ。光はシノのことが好きだったから藤乃に付き合ってくれって言われても断ったらしいけどな」

まったく知らなかった。
光のことが好きだなんて、藤乃は私には一言も言わなかったから。


「シノは光が藤乃を家に連れ込んでるところに鉢合わせたんだろ?」
「いや……そうなんだけど……相手が藤乃だったってことは今初めて知った。私は直接姿を見てないから」

あの日のことを話すと、岡見と小塚は顔を見合わせた。

「シノ、熱出して寝てたのか?」
「寝てたっていうか、意識を失ってた」
「それでか……。光はシノが夫の浮気を気にも留めないで寝てたって思ってる。日頃の激務の疲れで早く帰ってきて寝てたんだろうって」
「えぇっ……」

光は私の友人でもある藤乃と不倫していることがバレてはまずいと思ったらしく、私が眠っている間に二人で部屋を出たらしい。
それから2日間、光は帰ってこなかった。
藤乃の部屋でほとぼりが冷めるのでも待っていたんだろうか?

「藤乃の姿は見なかったかも知れないけどさ。シノの留守中に光が女を連れ込んでるのには気付いたわけだろ?それでもシノは何も言わなかったのか?」
「言わなかったよ、何も。その時にはもう完全に夫婦関係は破綻してたし、光は別の人を選んだのかなって。高熱で倒れた妻を放置して女と出てくくらいだし、私のことはもう好きじゃないんだなと思ったから」

小塚は空いたグラスにワインを注ぎながら眉間にシワを寄せてため息をついた。

「光はシノが責めるの待ってた」
「え?」
「シノがまだ少しでも自分のことを好きだと思ってるなら泣いて怒って責めるだろうって。そうしたら素直に謝って藤乃とは別れようと思ってたみたいだけどな。シノが何も言わなかったから、もうこれ以上夫婦でいることは無理なんだって光は思ったんだ」
「それで離婚……?」
「それもあるけど……今までのことをシノにバラすって、光は藤乃に脅されてたらしいからな。それだけは避けたかったんだろ」


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