傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

真実 3

結婚して3年が経ち、入社4年目の春。
光はそれまで所属していた商品管理部から営業部に異動になった。
入社当初から営業職を希望していたので、営業部への異動が決まった時はとても喜んでいたし張り切っていたのを覚えている。
まさか営業部でひどい目にあって心を病んでしまうとは思いもしなかっただろう。

「シノ、サークルのOBの栄田サカエダさんって覚えてる?」

岡見は少し言いづらそうにその話を切り出した。
栄田という苗字はそんなに多くもないし、私と光が付き合うきっかけになった人だからよく覚えている。

「ああ、あの飲み会の時に私の隣にいたしつこい人?その栄田さんがどうしたの?」
「偶然なんだけどな。光の就職した会社の営業部に栄田さんがいたんだ」
「そうなの?!知らなかった……」

光からはそんな話は聞いたことがなかったのだから、知らなくて当然だと思う。
彼らの話によると、あの時のサークルの飲み会で私と光が抜け出した後、栄田さんはひどく荒れていたそうだ。

「栄田さんはあの飲み会の前からシノを気に入って目ぇつけてたからな。プライドの高い人だからさ、後輩たちの前で光にシノを持ってかれて恥かかされたってめちゃくちゃ荒れてたんだ」
「光にはあの後のこと話したけど、光がシノには言うなって。今だから言うけど、俺も岡見も光のフォローするの大変だったんだぞ」
「そうなんだ……。ごめんね、迷惑かけて」

サークルの誰も私にはそんなこと一言も言わなかった。
光が全員に口止めしていたのかも知れない。

「それでな……運悪く何も知らずに栄田さんと同じ会社に就職した上に同じ部署の同じチームに配属になって、あの人根に持つタイプだから光のことずっと恨んでたみたいなんだ」
「何それ?器ちっさ……!!」

大の大人の男がそんな何年も前のことをネタに後輩を虐めてたって?
私の部下だったらただじゃおかないのに。

「おまけに光がシノと結婚してたのが気に食わなかったんだろ。新卒で結婚してるなんて珍しいから入社当初から目立ってたらしいしな」
「それにあいつ優しいから、既婚者なのにけっこうモテたらしいぞ。もちろんその時は結婚してるからって誘いは全部断ったらしいけどな」

それも初耳だ。

「栄田さんのチームに、結婚間近だって言ってたのに彼女にフラれた先輩と、婚活連敗で結婚できない40過ぎの上司がいたんだって。あとは栄田さんの下僕みたいな先輩とか。寄ってたかって嫌がらせされたってさ」

昼食を取るために入った店で偶然取引先の女性担当者と出会って一緒に食事をしただけで不倫だと噂を流されたり、残業して作り上げた契約書類のデータを消されたことも一度や二度じゃないらしい。
子供じみた嫌がらせは日に日にエスカレートして、光は精神的にかなり参っていたそうだ。

そこに来てあの契約書の差し替え事件が起こった。
出掛ける前に書類を確認していたにも関わらず修正前の書類に替わっていたということは、出掛けに領収書のコピーを取るためにほんの一瞬目を離した隙に書類を差し替えられたとしか考えられないと光は言っていたらしい。


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