傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

真実 1

木曜日。
小塚の店の定休日に合わせて私と岡見と門倉も、いつもより少し早めに仕事を切り上げて集まることになった。
場所は小塚が厚意で店を貸してくれて、シェフをしている弟さんが簡単な料理を振る舞ってくれるそうだ。

本当は門倉には同席を頼まずにおこうかと思ったけど、どっちみち内容を話さなきゃいけないのなら一緒に聞いた方が話が早い。
それにやっぱり、私の知らないどんな話が飛び出すのかわからないから不安だったのも同席を頼んだ理由のひとつだ。

光にはあれからまだ連絡をしていない。
今日の話次第で光と会って話す内容が変わると思う。
私はこれで本当に光とのことをきれいに終わらせることができるだろうか。
今より更に後悔とか反省をしなくてはいけない状況にならないことを祈るばかりだ。


月曜日と同じくらいの時間に会社を出られるように必死で仕事を終わらせ、まだ残って残業をしている部下たちに挨拶をして慌ててオフィスを出た。
先に仕事を終えた門倉は喫煙室で待っているらしい。
喫煙室のドアを開けると、門倉が煙を吐きながらゆっくりと私の方を向いた。

「お待たせ」
「おー、お疲れ。篠宮も一服してくか?」
「ああ、うん。そうする」

とりあえずタバコを1本吸い終わるまでにちょっと落ち着こう。
夕べから緊張して胃が痛い。
今までどんなに大きな取引先との契約でも、こんなに緊張したことはないのに。
ケースからタバコを取り出して口にくわえると、門倉がオイルライターで火をつけてくれた。

「あんまり緊張すんな。大丈夫だ、俺がいるから」
「ありがとう……」

最近やけにそういうこと言うよね。
門倉なりに私を気遣ってくれてのことなんだろうけど、こいつはやっぱり天然タラシに違いない。
新しい恋をした時のために、女子がクラッと来ちゃうような台詞を私の反応で試してみてるのかも。
そんなことしても被験者が私じゃ参考にはならないと思うんだけど。

「門倉ってさぁ、天然って言われない?」
「いや、言われたことないけど。……ってか、むしろ天然は篠宮だろ?」
「私だって言われたことないけど。私のどこが?私は門倉みたいにタラシじゃないよ?」
「……そういうとこだよ」


この間と同じように会社を出て小塚の店まで門倉と一緒に歩いた。
だけど今日はあの時と違って足取りが重い。
心なしか歩くペースがどんどん落ちていく気がする。

「篠宮、歩くの遅すぎ」
「だってなんか……」

緊張と不安で立ち止まってしまいそうになる私の手を門倉がギュッと握った。

「店に着くまで引っ張ってやるから頑張って歩け」
「う……うん……」

門倉の手は大きくて温かくて少しホッとした。
一緒に来てもらって良かったと思った。
もし私一人だったら、途中で逃げていたかも知れないから。
私の手を引いているのが何度も握り合った光の手じゃないことに少し違和感はあるけれど。




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