傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

約束 3

7時前。
いつもより早めに仕事を終わらせ門倉と一緒に会社を出た。
いつも行く居酒屋とは真逆の方向に向かって歩く。

「それで今日はどこに行くの?」
「前の取引先の課長から教えてもらった創作フレンチの店があってな。その課長の友達がやってるんだってさ。俺も初めて行くけどうまいって評判らしい」
「へぇ、楽しみ」

会社から15分ほど歩いたところにその店はあった。
評判通り月曜日だと言うのにディナーを楽しむ客で賑わっている。
きっと若い女子の好きそうなオシャレで洗練された外観と、明るくて暖かみのある和やかな雰囲気の店内。
こんな素敵なお店ならもっと若くて可愛い女子を連れてくればいいのに。
……あ、そうか。
若くて可愛い女子は門倉のタイプじゃなかったな。

「いらっしゃいませ」

ギャルソンらしき男性が美しい所作でお辞儀をした。

岡見オカミさんに紹介していただきました門倉です」
「門倉様ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

奥の方のテーブルに案内され、ギャルソンにエスコートされて席についた。
やっぱりいつもの居酒屋とは違うな。
こんなお店に来るの、仕事の付き合い以外ではいつ以来だろう?
3度目の結婚記念日に光と二人でフレンチレストランに行った時以来?

「あれっ、もしかしてシノ?」

……シノ?
そんな懐かしい呼び方をされるのは何年ぶりだっけ?
一体誰だろうと顔を上げてよく見ると、そのギャルソンは大学時代に同じサークルで仲の良かった小塚 コヅカだった。

「……小塚?」
「やっぱりシノだ!久しぶりだな、元気だったか?」
「うん、元気だよ。ホント久しぶりだね。もしかしてここ、小塚のお店?」
「そう。親父の店を継いだ」
「ってことは門倉の知り合いの岡見って……」
「そう、あの岡見だよ」

門倉は向かいの席で私と小塚を交互に眺めている。
それに気付いたのか小塚は門倉に向かって頭を下げた。

「あっ、申し訳ありません門倉様。あんまり懐かしくてつい……」
「いえ、大丈夫ですよ。お知り合いですか?」
「大学時代、同じサークルだったんです」

小塚は上品に微笑みながら門倉にメニューを手渡した。
大学時代は人一倍ヤンチャだった小塚もこんな笑い方ができるようになったのか!!
当たり前だけどみんなそれなりに大人になってるんだな。

それから門倉はシェフオススメの季節の野菜をふんだんに使った彩りフルコースというやつを注文した。
私も門倉もあまりこういう店には来ないので、料理もワインも勧められるがままオススメに乗っかることにした。
小塚が席から離れると、門倉と二人して苦笑いした。

「やっぱこういう上品な店はあんまり俺ら向きじゃねぇな」
「いつもの居酒屋とはわけが違うもんね」

私が冗談で言ったことを真に受けて連れてきてくれたのかな?
よほど受付嬢の情報発信力を恐れているとか?

「こういう上品な店でスマートにエスコートできる男はやっぱりカッコいいもんね。本命の彼女を連れて来て恥かく前に私で練習できて良かったじゃない」

私が店内を見回してそう言うと、お水を飲んでいた門倉が眉間にシワを寄せてため息をついた。

「はぁ?何わけのわからんことを……。おまえホントにバカだね。連れてくるんじゃなかったわ」
「なんで?私も居酒屋止まりってこと?」

確かに私と門倉はこんな店で改まって食事するような関係じゃないもんな。
居酒屋で枝豆食べながらビール飲んでる方が合ってる。

「もういいよ。バカは黙って水でも飲め」
「何よもう……人のことをバカバカって……」

最近門倉が私をやたらとバカ呼ばわりするのがムカつく。
喉は渇いてるから水は飲むけど。


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