傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

動揺 6

「篠宮、やっぱ元旦那ともう一度ちゃんと会った方がいいんじゃないか?」
「……なんで?私はもう会いたくないよ。今更どうしようもないことばっかり聞きたくないもん」
「それだよ。今更聞きたくないって思うのは篠宮が元旦那とのこと吹っ切れてないからだろ?お互いを好きだった頃の昔のままでいて欲しいとか思ってるんじゃないのか?」
「……そうなのかな」

光とはもうとっくに終わったはずなのに、私は今もまだ光に何かを期待しているって、そういうこと?
期待しているつもりはないけど、もう会うこともないと思っていた光に何度も謝られて、あんな風に必死で引き留められて、昔のことを思い出してしまったのは本当のこと。

「昔ね……喧嘩したらいつも光が先に謝ってくれたんだ。私はなかなか素直に謝れないから、私が謝らなきゃいけない時でも必ず光が先にごめんって言うの。あの頃はそれで仲直りできたんだけどね。離婚する時、光は謝らなかった。それってもう仲直りする必要がなかったからなんだよね」

門倉は店員を呼び止めビールのおかわりを二つ注文して、運ばれてきたビールのひとつを私に手渡し、タバコに火をつけた。
それからタバコの煙を吐き出してビールを少し飲むと、私の顔をじっと見た。

「それがしばらく経って謝らなきゃと思ったってことは……篠宮に許してもらいたい理由があるんだろ」
「許してもらいたい理由?」
「きっと復縁したいんだよ、あいつは」
「復縁……?ないない、あんな最悪の別れ方したんだよ?今更そんなのありえないって」

門倉はため息混じりにタバコの煙を吐き出して、またライターの蓋を開け閉めしている。

「ずっと一緒にいようって約束やぶったの後悔して、篠宮に会って謝らなきゃって思ったんだもんな。許してもらって仲直りして、復縁したいんじゃないのか?」

今更そんなことしてどうなるって言うんだろう。
お互いに許し合えたら心のわだかまりは取り除けるのかも知れないけれど、だからといって昔のような関係に戻れるわけじゃない。
門倉はオイルライターの蓋を閉めてテーブルの上に置くと、まっすぐに私の目を見た。

「篠宮はどう思ってるんだ?」
「どうって……」
「もう一度やり直したいとか……」

いくら光が謝ったとしても、私はこれまでのことをすべて水に流せるだろうか?
何もかもなかったことにしてうまく笑えるだろうか。
どんなに考えてもそれは無理だと思う。
あんな強烈で惨めな記憶は私の中から消えることはないと思うから。

「……それはないよ。あんなことがあったのに、うまくいくとは思えないもん。許したつもりでもやっぱり何かの拍子に思い出して許せないと思う」
「……だよな。俺もそう思う。だから、もう一度会ってお互いにそれをハッキリさせた方がいい」

その気がないなら無理に会わなくてもいいような気がするんだけどな。

「なんで?だったらもうこのままでも……」
「言ったろ?いい加減ここらで禊を終わらせないと先には進めないって。おまえも元旦那も、ついでに俺もな」
「俺も……?門倉は指輪処分して禊はもう済んだんでしょ?」

門倉は大きなため息をついてタバコの火を灰皿の上でもみ消した。

「全然わかってないね、おまえは」
「……何が?」

門倉は私の禊に関係なく元妻とのことは吹っ切れているみたいだし、私の禊が終わらないと前に進めない理由なんてどこにも見当たらない。

「俺がなんのためにおまえの禊に付き合ってきたと思ってんの?」
「なんのためって……門倉も元妻とのことを吹っ切るためでしょ?」
「俺はとっくにあいつのことなんかキレイさっぱり吹っ切れてるわ」

吹っ切れてるのに禊に付き合ってきたって何?
門倉の言いたいことがさっぱりわからない。

「同じバツイチの同期を救うためのボランティア的な……?」
「本当のバカだな、篠宮。俺、今軽くショック受けた」
「え、なんで?」
「篠宮の禊が終わらないと、いつまで経っても俺はおまえにとってただの同期のバツイチの禊仲間なんだろ?」

……は?
私たちの間にそれ以外の何があるって言うの?

「ちょっと意味がわからないんだけど。禊が終わったって同期で同じ課長でついでにバツイチの仲間だって言ったのは門倉でしょ?」
「そうか、確かにそう言ったのは俺だな。ああ、そういえば今日な……」

それから門倉は突然部下たちのことを話し始め、私が禊を終えた後のことに関しては何も言わなかった。
一体どういうつもりだったのかとモヤッとしたけれど、私はあえてそこには触れなかった。




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