傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

追憶 3

ビールのおかわりを頼んでタバコに火をつけた。
それにしても遅いな、門倉のやつ。
晩飯付き合えって言ったのは門倉なのに。
ここに来てからもう1時間近く経っている。
頼んでいた料理もほとんど食べてしまったし、ビールのおかわりを飲み終わる頃までに来なかったら帰ることにしよう。

店員からビールのおかわりを受け取り、タバコに口をつけた。
流れていく煙を眺めながらタバコを片手にビールを飲んでいると、店の引き戸が開いて新しい客が入ってくるのが視界の端に映った。
門倉かな?
そう思って入り口の方に顔を向けた。
店の外の暖簾をくぐって入ってくる人の顔を見た瞬間、口に含んでいたビールを吹き出しそうになり、絶句して口元を拭った。

なんで光がここに?
誰かとの待ち合わせ?

光は店の入り口でキョロキョロと店内を見回している。
気付かれないように慌てて下を向いた。
どうか私に気付きませんように。
その祈りも虚しく、光は私の席に近付いてきて正面に立った。

「瑞希、ここ座っていい?」

いやいや、そこは門倉が座る席だから!

「あの……人と待ち合わせしてるから……」

絞り出すようにそう答えると、光は勝手に椅子に座った。
待ち合わせしてるからって言ったのに!

「門倉さん……だよね?」
「えっ……なんで……?」
「俺が頼んだんだ。瑞希に会わせて欲しいって。連絡してって名刺渡しても全然連絡くれなかったから」
「えぇっ……」

そんなの聞いてない!!
門倉め、いつの間に光と連絡先の交換なんて……!

光が右手を挙げて店員を呼び止めると同時にジャケットのポケットの中でスマホが鳴った。
画面には門倉からの着信が表示されている。

「ごめん……ちょっと電話……」
「ああ、うん」

急いで席を立ち店の外へ飛び出して電話に出た。

「ちょっと門倉!!どういうこと?!」
「おぉ、元旦那と無事に再会できたか」

電話の向こうで門倉はのんきに笑っている。

「無事にじゃないよ!なんでこんな勝手なことするの?!私、会いたいなんて一言も言ってない!!」
「だからだよ。このままだと篠宮は一生逃げ続けるんだろ?」

うっ……図星だ……。

「……そんなことない」
「嘘つけ」
「ちゃんと連絡するつもりだった」
「だったら手間が省けてちょうどいいじゃん。いつまでも四の五の言ってないで、いい加減腹くくれよ」

腹くくれって言われても、まずは心の準備ってもんがあるでしょうが!

「門倉が晩飯付き合えって言ったから待ってたのに……騙された」
「俺じゃなくてあいつの晩飯に付き合えって俺は言ったつもり」
「そんなの聞いてないってば!」
「往生際悪いな。とにかく覚悟決めて腹わって話せ」

この間までは一緒に禊をしていたはずなのに、自分が元妻とのことを吹っ切れた途端、なんで急にこんな試練を与えるの?
私だけがどんどん取り残されて一人になってしまいそうで、急に不安になる。

「……私は門倉ほど強くない」

不安な気持ちが思わず口からこぼれ落ちた。
オイルライターの蓋を開け閉めする金属音が微かに耳に響いた。

「しょうがないな。どうしても無理なら呼べよ。すぐに駆け付けるから」





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