傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

禊 5

あの日私は朝から体調が悪く、無理して出社したものの午後2時辺りから意識が朦朧とし始め、仕方なく早退した。
タクシーでなんとか自宅に戻ると浴室からシャワーの音が聞こえた。
光がシャワーを浴びているんだと思いながらフラつく足取りで寝室に向かった。

とにかく早く横になろうと寝室に入った瞬間、目に飛び込んできた光景に愕然とした。
脱ぎ捨てられた光の服と下着、見覚えのない派手なワンピース、そして女物の下着。
乱れたベッドのシーツの上には封の開いた避妊具の個包装袋が落ちていて、ベッドサイドのゴミ箱にはティッシュと使用済みの避妊具が剥き出しで捨てられていた。

ぼんやりした頭でそれを眺めていると、光と知らない女の笑い声が浴室から聞こえた。
ゆっくりと浴室に近付くとシャワーの音が止み、その声はやがて恍惚に喘ぐ男女の声に変わった。
直接見ていなくても浴室の中で何が行われているかなんてわかりきっているし見たくもないから、あえてその現場に踏み込もうとは思わなかった。

その後のことはよく覚えていない。
高熱のせいで気を失ってしまったらしく、目が覚めるとソファーの上に横たわっていた。
テーブルにはペットボトル入りのミネラルウォーターと解熱剤。
額に異物感を覚えて手をやると冷却シートが貼り付いていて、気を失う直前に朦朧としながら薬箱を漁ったことをうっすらと思い出した。

どうやら私は自力で額に冷却シートを貼り、バッグの中に入っていたミネラルウォーターで解熱剤を飲んだようだ。
光が看病してくれたわけではなかったことに落胆した。

部屋の中を見渡しても光の姿はどこにもなく、名前を呼んでも返事はなかった。
高熱で倒れた私をほったらかしにして、別の女とどこかへ行ってしまったんだと思うと悔しくて情けなくて涙がこぼれた。
そして私たちの夫婦関係がもう完全に終わっていることをハッキリと悟った。

もう5年も前のことだ。



「傷痕~想い出に変わるまで~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く