傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

禊 2

私と門倉は入社して間もない頃、同じ課で仕事をしていた。
仕事に慣れてくると面白くて仕方なくて、ガツガツ貪欲に働いていたと思う。
今思うと、あれは完全に社畜状態だ。
自分達の企画したイベントを成功させることに全神経を集中させていた。
遅くまで残業することも休日出勤さえも楽しくて仕方がなかった。
任された仕事が成功するとこの上なく嬉しくて、その達成感をもっと味わいたくてまた更に仕事にのめり込んだ。

結果的にそれが職場でつらい目にあっていた光との間に溝を作り、離婚の原因になったのだろうけど。
そんなことにも気付かないほど、その頃の私は仕事が楽しくて仕方なかった。

私と光が夫婦生活の破綻を迎える少し前に門倉は結婚した。
その数か月後、門倉は支社に転勤になった。
2年前、再び本社に戻ってきて一課の課長になった門倉は、バツイチになっていた。
結婚生活はたったの3年。
主任に昇格して更に仕事に邁進していた門倉は、突然身内や知り合いのいない場所に転居を余儀なくされた奥さんの寂しさに気付けなかったと言っていた。
奥さんはその寂しさに気付かずそばにいてくれない夫より、そばにいて甘やかしてくれる若い男を選んだそうだ。

私も門倉も似たような境遇だ。
門倉は、いつかマイホームが欲しいと夢見る妻のためにがむしゃらに仕事を頑張っていた。
だけど夢のマイホームを手にする前に、奥さんは寂しさに耐えかねて門倉の元を去った。
うまくいかないもんだな、と門倉は寂しげに苦笑いを浮かべていた。

門倉の気持ちは痛いほどわかる。
いつか家を建てて子供を産んで、絵に描いたような幸せな家庭を築こうと光と話していた時が私にもあるから。
大切な人を幸せにしたくて仕事を頑張ってきたはずなのに、門倉は頑張りすぎてたったの3年で最愛の人を失ってしまった。
女の私とは少し違うのかも知れないけれど、仕事に没頭するあまり一生添い遂げようと誓い合った人を失ったという点では同じだ。

だから私と門倉は、ときどきミソギと称して二人で酒を飲む。
あの時こうすれば良かったとか、こんな風に話し合っていれば離婚は回避できたのかもとか、今になって気付いてもどうにもならないことを話しながら、後悔と反省を繰り返す。
なんて不毛な時間だろう。


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