傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

戻らない時を振り返る 7

光は今頃どこでどうしているだろう?
今でもあの人と一緒にいるだろうか。

離婚してからの私はとらわれるものも失う物もなくなって、何かに取りつかれたように更に仕事に励んだ。
あれから恋愛なんてしていないし、したいとも思わない。
出会いとか誘いが全くなかったわけでもないけれど、とてもそんな気にはなれず断った。
まだ32歳だというのに、女としては見事に枯れているなと自分でも思う。

両親から再婚する気はないのかとか、一生一人でいるつもりなのかとうるさく聞かれるのが煩わしくて、最近は実家から足が遠のいている。
兄と妹はそれぞれ結婚して円満な家庭を築いているし、両親にとっては待望の孫も生まれたのだから、私が無理に再婚しなくても何ら問題ないだろう。

同じ過ちを繰り返してまた心に深い傷を負うくらいなら、一生一人でいた方が気が楽だ。


ようやく自宅に帰り、シャワーを済ませて冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出した。
タブを開けて勢いよく喉に流し込むと、炭酸の泡が喉の奥で弾ける刺激に少し涙目になった。
部下たちとの賑やかな飲み会の後のたった一人の二次会だ。
バッグからタブレットを取り出し、明日からの仕事の資料を肴にビールを飲む。

資料に目を通していると、捨てられずタンスの奥の小箱に眠らせたままの結婚指輪がなんとなく気になった。
今更そんなものを眺めても仕方ないのに、立ち上がってタンスの奥を漁った。
小箱を開けると二つの結婚指輪がリングピローに納められている。
二つ揃っているのに、なんだかやけに寂しそうだ。

この指輪を選んだ時のことは今も覚えている。
二人してジュエリーショップのショーケースに貼り付くようにして、長い時間をかけて選んだ。
結婚式で指輪の交換をした時には、これでやっと光と夫婦になれると思って嬉しかった。

結婚式が終わって夫婦として初めての夜、光はベッドで私を腕枕しながら指輪をしげしげと眺めた。

『このデザインならいくつになっても違和感無さそうだな』

そう言ってからたった5年でこの指輪を外す時が来るとは夢にも思わなかった。

もうこの指輪を薬指にはめることはない。
それなのに私は持っていても意味のないものを、いつまでこうして大事に取っておくのか。

光と別れてもうじき5年。
光との結婚生活も5年で終わった。
そろそろ過去を全て拭い去る時期なのかも知れない。



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