傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

戻らない時を振り返る 5

今になって振り返ると、なぜあんなに自分の枠に相手をはめ込んでしまおうとしたのか、どうして話し合って解決しようとしなかったのか、後悔することばかりだ。

「脅かしたみたいで悪いけど……早川さんには幸せになって欲しいからさ。お互いに歩み寄ったり譲り合ったりする気持ちだけは忘れないようにしてね」
「肝に銘じておきます」


二次会を断って家路に就いた。
離婚の原因を早川さんに話したせいか、私は自宅に着くまであの時のことを思い出していた。

元夫の勝山 光カツヤマ ヒカルとは大学時代に知り合って二十歳の頃から付き合い始め、卒業と同時に結婚した。

新婚の頃は慣れない家事に戸惑い、お互いに新入社員で仕事を覚えることに必死だったけど、家に帰れば二人で過ごせることにホッとした。
しばらく経って家事と仕事に慣れてくるとほんの少しの余裕も生まれ、相手を労り思いやることもできた。
ままごとみたいな結婚生活を送っていたあの頃が、おそらく一番幸せだったと思う。
けれどそんな暮らしは長くは続かなかった。

入社して3年ほど経った頃、光の様子がおかしいと気付いた。
だんだん笑わなくなり食欲もなく痩せて蒼白い顔をして、朝になると胃痛や吐き気などを訴え、夜は何かに怯えた様子で布団の中で震えていた。
そしてある日、無断欠勤が続いていることを光の職場からの電話で初めて知った。
その頃の私は入社して初めて任された大きな仕事に必死になっていたから、光の話を聞きもせず、明日からちゃんと出社してとにかく職場の人たちに謝れと言った。

今になって思えば、光はあの時きっと私に失望というか絶望したんだろう。

瑞希ミズキは俺より仕事が大事なんだな』

哀しそうに目を見開いた光の顔と力なく呟いた一言を今でも鮮明に覚えている。

光が会社を辞めたと知ったのは翌月の月末。
給与振り込みがなかったことで夫の退職に気付いた自分にショックを受けた。
なぜ光が突然そうなってしまったのか、一体何を考えているのか、さっぱりわからなかった。
それもそのはずだ。
私は一度も光と向き合おうとしなかったのだから。



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