傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣

戻らない時を振り返る 2

午後のオフィスはなんとも言い難い緊迫感に包まれて、パソコンに向かう人たちも電話に出る人もどことなく殺伐としている。

重大な取り引きをモノにできるかどうかの結果が知らされる大事な日だ。
もうじきその返事の電話がかかってくる頃だろう。
この数ヶ月間の努力が報われるのか、水の泡と化してしまうのか。
部下たちは血走った目でパソコンのマウスを握りしめている。

気持ちはわかるんだけどさ。
やるだけのことはやったんだし、ちょっと落ち着こうよ。
今更ジタバタしたところでどうにもならないんだから。
そんな必死な姿はもっと早く見たかったな。

それにしても今日もいい天気だ。
窓から射し込む陽射しをブラインドで遮ってしまうのがもったいないくらい。
今日みたいな日に家で布団を干せたらきっと気持ちがいいんだろう。
ここ最近、休日はいつも天気が悪くて思うように洗濯物が乾かない。
前に布団を干したのはいつだったっけ?
そんなことを考えながら席を立って伸びをした。

「みんなさぁ……ちょっと落ち着こうよ。今更必死になったって何も変わらないよ?」

上司の私がこんな性格だから部下たちは不安なのかも。
そう思わなくはないけれど、ホントのことを言ったまでだ。
みんなが不安そうな表情を浮かべながら私を見ている。
あと数分もすればおのずと結果は表れる。
『果報は寝て待て』なんてことわざ、みんな知らないのかな?

篠宮_シノミヤ課長は緊張とかしないんですか?」
「んー……しないねぇ。それより今はコーヒー飲みたい。ついでに言うとタバコも吸いたいね」

小銭とタバコを持ってオフィスを出ようとすると、電話のベルが鳴った。
素早く受話器を上げて応対した金城キンジョウくんが突然立ち上がった姿を視界の端にとらえた。

「ありがとうございます!!はい、精一杯務めさせていただきます!!」

電話の相手に見えるわけでもないのに、金城くんは腰を直角に折り曲げる勢いでお辞儀をした。
何度見てもおかしな光景だ。

「ほら、結果は出たじゃない」

深々と頭を下げながら電話を切った金城くんを、みんなが取り囲んだ。
結果はわかっているのにハッキリとした言葉で聞きたいんだろう。

「やりましたよ!!オリオン社の『みなとまち花と光のプロムナード』のプロデュースは我が社に決定です!」
「おおっ!!やったな!!」
「頑張った甲斐がありましたね!」

私は部下たちの歓喜の声を背に、口元に笑みを浮かべながらオフィスを出た。



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