王が住む教室

文戸玲

グータッチ


「何うるうるきちゃってんの? そりゃ感謝はしているけどさ。泣くほどのことは言ったつもりないんだよね」

 大介はけらけらと笑っている。そういえば,大介は本当によく笑うようになった。初めに出会った時なんて,ミステリアスなところはあったけど,それ以上に表情がなくてとっつきにくくて,もやしみたいに覇気のないやつだったのに。それが,偉そうなことを言って楽しそうに笑っている。ついこの間あったのに,ずいぶん遠くまで一緒に来たような気分がした。
 「ちげえよ」と大介の言ったことを否定した。ちょっとキザな言い方になったかな。まあいいや。大介の顔を見ていると,なんか細かいことはどうだってよくなる。

「お前さ,初めて会った時すげえなよなよしてたよな。陰湿だったし」
「何だよそれ。全く関係ないじゃん」

 大介は少しふてくされた。

「そんなやつに助けてもらったなんて,笑っちゃうよな。でも,お前には本当に救われたんだ。全てがどうでもよくなって投げやりになっている時,笑えるくらいぼこぼこにされている奴がいたんだよな。あいつと一緒にボコられてもいいやって,最初は本当に軽い気持ちだったんだ。そのあとはどうにでもなれって感じでさ。リストラされたサラリーマンってあんな気持ちだよ,多分。」

 でもさ,と続ける。

「あんだけ人数がいるんだ。そりゃ勝ち目なんてねえよな。やっぱりあいつらひでえや。容赦なかったし。案の定ボコられて,生きている意味ねえんだからこのままくたばっちまえ,って思った時に大介が現れたんだよ。現れたっていうか,死にかけの状態ではいつくばってたよな。今思い出しても笑えるぜ。おれよりも何倍も貧相で,もやしみたいな見た目の優等生が,社会のくずって言われてるおれのために身体を張ってるんだ。なんか知らねえけど,おれにも生きている意味ってのがあるのかなってほんのすこしだけ思えたんだ」

 最後には人目もはばからず嗚咽が漏れていた。人目をはばかる必要がないのが幸いだ。大介も,同じように泣いていた。

「ぼくたち,戻っても友達だよね」
「当たり前だろ。てか戻れんのか? おれ。」

 迷いなく言った。大介は泣きながら笑った。

「起きたら戻っているよ」

 大切な人できた,おれ戻っても頑張るよ。なぜか,郷地先生のことが頭に浮かんだ。
 大介が拳を突き出してきた。言わなくても分かるよね,という顔だ。
 おれも拳を突き返した。
 少年漫画のワンシーンのように,おれたちはグータッチを交わしてそれぞれの世界に戻っていった。


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