王が住む教室

文戸玲

舞台

 生徒がいると予行演習とは全く違うな,と身をもって感じた。あの日は,だだっ広い空間にパイプ椅子に座った大栗が不機嫌そうに座っているだけだった。でも,今は違う。一学年一五〇人近くいる規模の学校で全校生徒が体育座りをしているのだ。その視線はおれがいる場所,舞台の上に注がれている。否が応でも背筋が伸びた。
 隣をちらりと見ると,相良龍樹はなんでもなさそうな涼しい顔をしていた。ほんの少し,顔を上下させた。列の前方に座っていた女子が悶絶し始める。手を振ったり合図をしていることに気付いてもらえて喜んでいたのだと気付いた。

「姿勢を整えて前を向いてください」

 司会役の生徒が言うと,また一段と体育館は静けさを増し,ぴんと意図が張ったみたいに空気が緊張した。座っている生徒をよく見ると,きちんと統一されているように見えた集団には実はさまざまな個が集まっているのが分かる。
 真面目に前を見ている生徒,前の生徒をつつくいたずらっ子とそれに反応している生徒,めんどくさそうに手を後ろについて座っている生徒,早くも座っている姿勢に疲れを感じてお尻の重心を交互にずらしている生徒・・・・・・。

「こうやって他の人と違う場所にいて,高いところから見下ろしていると優越感に浸れるよね。ほら,お尻が痛そうにしている人もいるのが見えるでしょ? ぼくたちと横で偉そうに座っている先生だけだよ。こうして椅子に座って楽な姿勢を保っているのは。あっち側は地獄だろうなあ。大介君もそう思うだろ?」

 こもった声で龍樹が話しかけてきた。声が届きにくくいつもより濁っているのは,視線は前にありながらも腹話術のように話しているからだろう。器用な奴だ。

「別に。おれはお前みたいに,特別でいたいわけでもないし,そんなことに優越感を感じる趣味もないんでね」
「でも,君は生徒会長に立候補した。それには少なからず人の上に立って何かをしたいという言い方もできるけど,強欲なところがあるからじゃないの?」
「そんなんじゃねえよ」
「じゃあ,大介くんはそうだとして君には別の目的があるのかな? 例えばそうだな,自分の身体を取り戻したいとか」

 思わず声が漏れそうになった。こいつはいったいどこまでのことを知っているんだ。いや,誰からも聞いているはずはない。あてずっぽうに違いはないのだが,それにしても感が鋭すぎる。
 視線を送らなくても,横でほくそ笑んでいるのが伝わってくる。

「応援演説者は舞台に上がってください」
 
 助かった。いいタイミングで司会者が進行に入ってくれたおかげで,何を考えているのか分からないこの男に何も答えずに済んだ。黙っていると肯定しているみたいだし,かといってうまく逃れるための口実があるわけでもなかった。この厄介な男の言葉を交わす言い訳を考えておかないといけないな。

 階段を上がる音がした。応援演説者が舞台で例をし,立候補者の後ろに座る段取りになっている。最初にくねくねしながら上がってきたのは,「宮坂」と大きく乱れた字で書かれたタスキをかけたチンアナゴだ。相変わらず締まらない顔をしている。おれの後ろに座るために上がってきたのは,もちろん常友だ。
 常友は落ち着いた表情で階段を上がりきり,身体の角度を変えて一礼した。そしてまた正面に体を向けるとき,まるでスポットライトにあてられたような明るい表情を見せた。頑張れ,と応援する気持ちがその表情からにじみ出ている
 初めは優しいなと思っただけだった。これから演説を迎える二人にエールを送るというのだから。違和感を嗅ぎとったのは,常友の目からはどこか相良との親密さを感じた気がしたときだ。常友はおれの隣に視線を移したとき,何かを伝えるようにうなずいた。そして,それに応えるように相良も顔を動かしたように感じられた。おれの周りでは何か目には見えない,力強い一体感があるように思われた。
 おれの脳裏に大介の不安そうな表情が浮かんだ。


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