王が住む教室

文戸玲


「ずいぶんと浮かない顔をしているね。何かあったの?」

 いつにも増して声に抑揚のない声がした。感情がつかめない。いつもならそんなに気にしないことも,今は無性に突っかかりたくなる。でも,今は顔も見たくないという思いの方が強かった。

「ねえねえ,どうして寝たふりをしているの?」
「・・・・・・」
「今ここにいるってことは,夢の中だけど意識は覚醒しているということなんだけど」
「・・・・・・」
「常友さんの秘密を教えてあげようか?」

 体がぴくりと反射的に動いた。別に常友がどうしたという訳でもなく,自分の中でも整理できていない感情を出しに取られてようで腹が立った。

「お前,なめてんのか?」
「あ,やっと口を開いた」
「お前みたいな臆病者には何も指図されたくなんだよ!」 

 大介は目をぱちくりさせて,済まなさそうに目を伏せた。

「そうだね。ごめん。確かに僕は臆病者だ。仁に偉そうなことを言う資格は一切ない」
「違うだろ。あー,いらいらするんだよお前てやつは」

 頭を掻きむしっても,まとわりついている不快感は少しもぬぐえなかった。そうだ。おれは悔しいんだ。伝えるべきことがあるのに何も言えず,ただ汚い言葉を浴びせることしか表現できない。おれは大介の強さを知っている。あの日の夜,大介は自分の正義を貫いた。

「お前は臆病者なんかじゃねえだろ。あの日,お前はおれを守ってくれた」
「守ってくれたのは仁でしょ。ぼくが囲まれているところを見つけて,救ってくれた。仁はぼくのヒーローなんだ」

 俯いて見える顔の角度は変わらないが,顔はさっきとは打って変わって赤らんでいる。こっちまで恥ずかしくなってきた。

「何がヒーローだ。それより,なんで言わなかったんだよ。あの日の夜,おれたちが出会っていたこと」
「それは・・・・・・お互い知っているものだと思っていたんだ」
「嘘つけ。初めまして感が満載だったじゃねえか」
「いや・・・・・・ごめん。ほんとはまず最初にお礼を言わないといけなかったのに。ほんと,ごめん」
「さっきから謝ってばっかりじゃねえかよ」
「ほんとだね。あの時はありがとう。ぼく,自分のことを守ってくれる人に出会ったのは初めてだよ。だから,嬉しかった」

 上目遣いで話す大介の顔から,光るものが零れ落ちた。地面なんてないこの空間に,ぽとりと音が響きそうなほど大きな涙だった。

「おれもだよ。いつも一人でさ,強がってばっかりだった。さみしかった。そのくせ,群れてるやつを見ると無性に腹が立ってきてさ。めんどくせえ性格だよな。」

 二人で笑いあった。何がおかしいのかわからない。でも,こうしている時間が何にも代えられない幸せな時間なのだろう。

「でも,仁は愛されている。そのことは伝わったんじゃない?」

 病室での出来事を言っているのだろう。あの無機質で味気ない空間で,おれは母ちゃんに愛されていることを認識したのだった。


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