王が住む教室

文戸玲

お誘い


「やっぱりね~。なんでも言ってみるもんだね。でも,そんなことありえる?」

 ふざけてるの? と言われたときには拍子抜けした。ふざけてんのか,と言い返したくもなった。

「お前な,さも知ってますから,みたいな言い方しといてそれはないだろ。まあ,別に信じてくれなくてもいいんだけどな」

 喧嘩をしたこと,起き上がると自分の魂がこの身体に乗り移っていたこと,大介と授業を真面目に受けて生徒会長になる約束をしたことなどをかいつまんで話した。要点だけを話そうと思ったのに,支離滅裂な文章になっていたことは否めないが,それでもうんうんと常友は真剣な表情で聞いていた。
 しまいにはどこから話せばいいのか収集が付かなくなって,事故にあう前までの自分のことまでぺらぺらと話してしまった。
 だから,真面目に聞いた表情のまんま「ふざけているのでしょ?」と言われたときは何のことを言われているのか分からなかった。破天荒な生活で好き勝手していることかと思ったが,そもそも大介の身体に別の魂が入っていることに疑問を持っていると口にされたときには,ぶんなぐりたくなった。
 でも,冷静に考えれば,そんなこと信じられるはずはないのだ。常友の,すべてを察したような雰囲気に騙されただけなのだと思うと,自分が情けなくなる。

「私,信じるよ。だって,そっちの方がつじつま合うし」

 恥ずかしくてそっぽを向いていた顔を常友の方に向けると,眩しいくらいに爽やかに笑った。こいつ,えくぼがあるんだ,と綺麗に小さくへこんだくぼみを見つめながら,こんなに近くで話したのは初めてだから知らないのも当然だと思い当たる。そして,これからはこのくぼみをこんなにも近くで見れるのかと思うと,妙に照れ臭くなった。
 もっと笑っていてほしいという考えが頭をよぎったとき,自分で自分をあざ笑った。何を考えているんだ。おれは自分の身体を取り戻すために柄にもないことに取り組んでいる。そして,おれの願いがかなった時,こいつとは・・・・・・

「さっきから何笑ったり沈んだりしてんの? 気味悪いんだけど。もしかして,中学二年生にありがちな特有な時期ってやつ?」

 常友に話しかけられて意識が明瞭に戻ってきた。口の悪い奴だ。品もない,思いやりもない,こいつにあるとすれば,全く理解のできないボランティア精神だけだ。こんなやつに惚れかけていた自分が情けなくなってきた。

「しばくぞ。お前はおれの原稿さえ作っていればいいんだ」
「そのことなんだけど」

 俯きながらこちらの様子を伺う様子が,ちょうど上目遣いで急に弱弱しくうつる。危ない,意識を強く保たないと,妙に心が揺さぶられる。

「急いだほうがいいと思うんだ。そんなに時間があるわけでもないし。今日さ,ウチくる? 親もいないし」

 体温が一気に上昇しているのが分かる。常友の家で,一緒に原稿を作る。おれの目的のためにはうれしい申し出だ。でも,胸を激しく打つ原因がそれだけではないことはもう疑いようもない。「親もいないし」という言葉が躍るように耳の中でこだましていた。


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