王が住む教室

文戸玲

隠し事


 教師の話す訳の分からない講義を辛抱強く聞いた。たまに教師が飛ばすつまらないギャグに猿のようなリアクションで笑うのを見ると虫唾が走った。教室に何人かかわいらしい女の子がいたが,そいつはそいつで大口を開けて馬鹿笑いしている。顔立ちが綺麗でも品のない女を見ると興ざめして仕方が無い。
 なんとか一日をやり過ごすと,何もしていなかったにもかかわらず身体がぐったりとした。久しぶりに学校に登校したが,自分に取ってひとつも有益とも思えない時間に辛抱強く耐える時間は相当こたえる。それとも,この身体が貧弱すぎるせいだろうか。
 とにかく帰って横になろうと思って記憶を頼りに道を歩いていると,不意に声をかけられた。

「なあ,お前誰だ?」

 学生カバンを片手で持ち,肩甲骨に当てるようにして後ろに回している。これがヤンキーのいけてる格好とでも思っているのだろうか。

「誰って,赤さ・・・・・・,種掛だよ。お前と同じクラスの」
「とぼけるなよ」

 感づかれたか。名前がスムーズに出てこなかったら違和感をもたれても仕方が無い。いや,それにしても,身体はそのままで人格が入れ替わるなど,アニメやドラマ以外で起こりうることだと信じるやつがいるだろうか。
龍樹は含み笑いでこちらを見ている。穏やかなように見えるが,その目の奥は笑っていない。こういうやつが一番危ないと経験則で学んでいた。こちらは手を出せない。距離をこれ以上詰めないように注意を払いながら,拳を軽く握った。

「何を勝手に深読みしているんだよ。もしかして,おれの人格だけが入れ替わっているとでも思っているのか?」
「・・・・・・そうなのか?」

 しまった,と思ったときには遅かった。どうして自分からこんな支離滅裂なことを言ったのだろう。目を丸くしている様子を見れば,そんなこと思いも寄らなかったに違いない。まるでこちらが手札を相手に見せたようなものじゃないか。

「でも,それなら納得だな。人が短期間でこんなに変わるはず無い。脳に異常があったのかと思ったけど,どこかの誰かさんと入れ替わったんだな」

 それで,と龍樹は一つ間を置いた。

「お前は誰なんだ? 目的は?」
「そんなことを聞かれても困る。おれはおれだ」

 もうとぼけたところで仕方ないと思ったが,わずかでも希望があるならそれにすがりたかった。もちろん,その藁はすぐに断ち切られた。

「いやいや,今さらでしょ。おれらに対する態度も異常だったし。だいたい,あのくそがつくほど真面目なお前が授業中ノートを取らないなんて訳はないんだよ。今日のHRで配られたアンケートも,硬筆のお手本のような文字を書くお前が,まるでクレヨンしんちゃんみたいな字だったぜ」

 そんな例えがあるか,とカバンを放り投げてやろうかと思ったが,そんなことをすると余計に自分が種掛大介ではない証明になってしまう。いや,今さらそんなことを気にしても仕方が無いか。
 観念して,事実を打ち明けた。

「そうだよ。おれは赤坂仁。訳あって,この身体を借りている。お前もあんまり調子乗っていたら,あのチンアナゴみたいなニョロニョロしたやつみたいにぶっ飛ばすからな」

 宣戦布告した。こっちは悪魔の契約により拳を上げるわけにはいかない。激昂したらどうしようかと頭によぎったが,この男が感情に身を任せて暴れ出すことはないという確信があった。本当に力を持っている男は,もっと賢くやる。二度と刃向かってこないように,恐怖を与えながら,決して自分では手を下さない。そんな匂いをこの男から感じ取っていた。
 ふっと笑った。楽しくなりそうだな,と八重歯を覗かせて呟いた後、きびすを返していった。龍樹との間に季節外れの冷たい風が吹いた。



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