異世界ものが書けなくて

真曽木トウル

(16)主人公の真のモデルは。

「…………っとに…………何なんだよ、いい加減にしろよ………」


「?」




 そいつの発した言葉に、僕は眉をひそめる。
 こっちから言わせれば、待ち伏せてるそっちがいい加減にしろよでしかないのに。どういう意味だ。




「……なんで、なんでいつも邪魔してくんだよ、おまえは」




 邪魔? さらにわからない。
 相手の男の言葉に困惑し続けてる僕の横を、すっとすり抜けるように、真織が前に出た。




「あのね、聞いてくれる?
 稲穂ちゃんはあなたの邪魔をしてるんじゃないの。
 私に気をつかって、私を守ってくれてるの」


「……真織?」




 相手の男子が顔をひきつらせ、あぐあぐと口を開いて何かを言おうとするのだけど、いつものような馬鹿にしきった顔はどこにいったのか。
 それとも、真織だけは、清廉な美少女だから、自分に決して歯向かうことがないとでも思っていたのか。
 だけど、真織はやめない。




「稲穂ちゃんは、あなたの知らない私を遥かにたくさん知っていて、私が過去、どんな人にどういった言葉をかけられて嫌な思いをしてきたか、あなたの何千倍も知ってる。
 だから、あなたのような人と接触を代わってくれたりしてた。私は甘えすぎていたね」




 そんなことはない、と言いたい。がんばりすぎるぐらい真織はこれまでがんばってきたんだから。そう、僕は言いたかったのだけど、口をつぐんだ。




 自分が前に出なかったから、彼に『NO』と伝わらなかったのだと、真織は考え、それを口にしているんだ。




「ねぇ。あなたと同じようなことをこれまでどれだけの人が言ってきたか、あなたは知らないし、たぶんこれから知る気も、考える気も、ないでしょう? これまで私のなかにつもりつもった、たくさんの人への恨みつらみを、自分一人に向けられるの嫌でしょう?
 だからそれでもういいじゃない。あなたは私のことを考える必要がない、私もあなたのことを考える必要がない。ねぇ?」


「ふざっ……」


「誰が何をふざけてる? ねぇ」




 とどめを刺した真織に。
 男子は突進する 
 僕のからだがとっさに動き、真織の前でかまえ。
 突っ込んでくる男子の体をまっすぐ串刺しにするように。


 ひとつき。


 やや下から彼のみぞおちに刺さった僕の小さい拳、中段逆突きは、彼自身の突進のエネルギーのせいでえげつない凶器となり。


 彼は、くの字に折れ曲がるように僕の体にもたれながら、白目をむいて崩れ落ちた。


(…………)一瞬、放心した。突きで、男子を倒した。




「………………行こう、真織」


「大丈夫なの?」


「あばらとか折ったわけじゃない。みぞおちをえぐられて、息ができないほど痛くて動けないだけ。時間がたてば回復するから」




 苦しむ彼を放置して、ちょうど来たバスのなかに、僕たちは乗り込んだ。




   ◇ ◇ ◇




「………それにしても………」


「ん?」


「あれだけ、土方に色んな実戦的な蹴りを教わったのに、倒せたのは中段突きってまた地味な……」


「って、そこ!?」




 バスの席、僕の前に座った真織が笑った。




「……男子が恐いって、あんなに悩んでたのが、なんていうか…………。
 長い間教えてもらってきてて、なのに自分ではそんなに実戦的でもないだろうなって思ってたのに。とっさに出て役に立ったのは中段突きかぁ…って」


「あ、ごめん、ごめんね、笑っちゃって」


「それに………」


「ん?」




 恥ずかしいので、言おうかどうしようかひどく迷ったあとに、やっぱり僕は続けた。




「………あのね。中段逆突きって、鈴鹿先輩の得意技なの。土方じゃなくて」


「んんんー? そうなの??」


「そうなの。……散々『モテモテイケメン爆発しろ』って呪ってた相手が、懇切丁寧に教えてくれた突きなの……」




 また真織が声をあげて笑った。




「もう! そんなに稲穂ちゃんに良くしてくれてる相手、呪っちゃダメだよ!!」


「しかも、小説も読んでくれてる相手だし……」


「優しいじゃない! 稲穂ちゃんのこと大事にしてくれてる先輩じゃない!!」


「そう……だね……。うん。そうだったね……」




 ほほをかいて、ふと、バスの窓から空を見上げた。




「主人公」


「?」


「レイナート。
 やっぱり、土方じゃなくて、鈴鹿先輩な気がしてきた」


「ん、稲穂ちゃん、何かひらめきが降りてきた?」


「というわけじゃないんだけど、さ」




 チート、ではなくて、僕の知らないところで努力に努力を重ねて重ねて力をつけてきた人。
 そういう人が、報われてほしい、と思った。
 そういう人が、評価されてほしい(顔じゃなく)、と思った。
 小説の中で人に夢を見せるなら、そういう人を、作品の中で幸せにしてみせてあげるべきじゃないのか。僕が読者なら、それを読みたいと思った。


 自分の小さな拳を見つめながら、僕は、頭のなかで小説を練り直し始めた。


   ◇ ◇ ◇

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