異世界ものが書けなくて
尾嶋稲穂の新作第三話 タイトル未定
◇ ◇ ◇
(さっき、殺されていたのは、王佐公第4位ティグリス公、第9位アリエス公、第10位シーミア公、第11位ガルース公と、それから………)
ベルセルカは頭を落ち着かせながら、馬上で考える。
幸か不幸かわざとなのか、“陛下”は右側の席の貴人たちから殺していた。それは王族貴族とも、それぞれの階層のなかで下位の半分にあたる。
王国最強のひとりであるユリウス陛下といえど、オクタヴィア王女に加え、高位魔法が使える王佐公の上位6人を相手にしては分が悪い。
それに、王国最強の3人の最後のひとりはオクタヴィア王女。戦闘魔法は不得意と聞いているが。
加えて、ベルセルカの15歳上の兄、宰相グリトニル・アースガルズもいる。魔法は壊滅的だが、剣技についてはベルセルカを遥かに上回る。妻子のいない兄なら、身軽に戦えるはずだ。
(さすがに皆殺しにはできないだろう。
オクタヴィア様はレイナート様より蘇生魔法の腕は上らしい。戦いのあとお二人で蘇生をしてくだされば、少なくとも列席者の半分は助かるだろう)
そう考えれば、落ち着く。
(それだけ助けられれば、レイナート様のお心の慰めにはなる。私が少しでも早く追いつければ)
だが、その計算には3つの大きな間違いがあったことを、彼女は後に思い知ることになる。
◇ ◇ ◇
ベルセルカが馬上で思考していた、ちょうどその頃。
すでにレイナートは王都にもどり―――都の門兵に止められるのは時間のロスなので、そこも転移ですっ飛ばした―――王城の白い壁、そしてその周囲を取り囲む堀を視界にとらえているところであった。
眼前に、直径一馬身ほどの魔方陣を描き飛ばすと、愛馬はそれを違えずに踏む。
次の瞬間、レイナートの体と馬は、壁のなかにあった。
二馬身はあろうかという高さの壁が、広大な敷地を覆っており、四隅に物見の塔がある。正面から見て中央に大宮殿、左右に小宮殿。大聖堂は、宮殿の奥だ。
突然城内に侵入したかたちのレイナートに、雨避けの詰め所で豪雨をしのいでいたらしい衛兵らが慌てふためいて出てくる。
異変があったことに気づいていないのか?
さらに、槍を突きつけてくる衛兵たち。
「せ、征北将軍カバルス公バシレウス様!
申し訳ございません、あなたさまを婚礼の場に、お通ししてはならぬと、その……」
青い顔で、突きつけた槍の先が震えている。
彼らの『恐い主人』から重々申し付けられているのだろうことは、大体察せられた。
すう、と息を吸う。
「アースガルズ宰相の妹君より、大聖堂に異変ありと報せをいただいた。俺は先にいく、ついては衛兵の半分を大聖堂に向かわせたし! 後続の騎士も妨げず、中へ!!」
レイナートは一気にそう言い切ると(アースガルズの名前は出したが嘘はついていない)、衛兵の間を突っ切って、大聖堂へと馬を走らせる。
雨が降りしきる王城の中。
宮殿が近づく。静かすぎる。どういうことだ?
渡り廊下を一息に越えて、大聖堂の前へ。
「…………!!」
下馬する。静かだ。
いるはずの衛兵が、いない。
聖堂の前に、銀の鏡が、両断されて落ちている。ベルセルカが仕掛けたものか?
レイナートは、大聖堂の大扉を、両手に渾身の力を込めて、力ずくで開いた。
目を見開く。眼前が赤い。
煌々と灯火は燃えたまま、血の海と、着飾った貴人らの死体を映し出す。
席からいえば王佐公の子息であろう、五歳ぐらいの幼子が、泣きながら母親の亡骸にすがる。
その頭にザクリ、とユリウスが、剣を突き刺していた。幼い頭蓋骨に剣を貫通させたのだ。
「……陛下、いったい何を」
聖堂の中は、老若男女を問わず等しく、淡々と命を奪われている。遺体の顔は傷つけられていないので、死の直前の恐怖をそのまま顔に残していた。
ユリウスはこちらに目を向けると、レイナートではなく祭壇に走り出す。
(!?)
祭壇の上、オクタヴィアがうつ伏せに倒れている。
縫い止められているように、背中を細い剣で串刺しにされていた。
ユリウスの足はまっすぐオクタヴィアに向いている。
―――転移。
「ぅああああああああああっっ!!!」
ユリウスに追いつき、細い剣を持つその手首を己の剣の刃先で切り飛ばす。そのままみぞおちに後ろ蹴りを叩き込んで、ユリウスの体を後方に蹴り飛ばした。
そのまま、先に祭壇に駆け上がる。
「血」
オクタヴィアを刺し貫いた剣を、止血魔術をかけながら引き抜く。
呼吸も弱々しく震える王女オクタヴィア。
レイナートはオクタヴィアの背中の傷、というよりも大穴に、手のひらをあてる。
「治療」
内蔵に空いた穴が、じわじわとピンク色の肉でふさがり始めたが、治療途中でやむなく頭を下げる。レイナートの首があった位置を、ユリウスの剣が疾走っていく。
先ほど切り飛ばした手首は、何事もなかったかのようにくっついている。
――――転移。
力を使った直後のため、長距離は動けない。
だがオクタヴィアの治療も充分ではない。
移ったのは信頼できる愛馬の上。
レイナートの愛馬ポダルゴスは、瞬間移動して上に乗ってきた主に動じることなく、心得たようにそのまま元きた方へと走り出す。
人がいる方へと。
ユリウスと闘うより先に、オクタヴィアを、信頼できる誰かに託さなくてはならない。屋根のある場所に。ベルセルカは、あとどれぐらいか。
「何で……
何をして、いるんだぁっ!!!」
「!?」
走る馬の行く手を、両手を広げてふさいできた男がいた。賢いポダルゴスは、止まってしまう。
男の、最高の正装は血に染まった上で雨に濡れ、いつものご自慢の金の長い髪は、乱れに乱れて首回りに貼りついていた。
「宰相………!
中にいらっしゃったのではないのですか?」
目の前の男は宰相、アースガルズ。
貴族階級であるので王族のレイナートよりも身分は下だが、彼は軍部も統括しており、征北将軍にとっては上司に当たるのだ。
侯爵家は、式典の際、王族よりも後ろの席に座る。
大聖堂の入り口により近かったから、この男は、自分一人逃げたということなのか?
宰相は、妹のベルセルカに似た美貌をひきつらせ、大聖堂を指さして戻れと繰り返す。
「バカ者が!! 今すぐ戻れ!!
戻って、他の王佐公を、お救いするのだ!!」
「……この通り、オクタヴィア王女が瀕死の重症です。私が大きな傷を治します。ほかの手当ての準備と、医師の召集を」
「状況がわからんのか、救いようのない間抜けが!! 今大切なのは、王女ではない!!」
「!?」
「ひとりでもいい、王佐公を、それが叶わねばご子息を……!!!」
後ろで鋭い切断音が響いた。
思わず目を向けると、大聖堂の屋根が斜めにずれていく。
ズルゥ、という、耳障りで嫌らしい音。
綺麗な切断面を見せて、大聖堂の屋根、否、上部が積雪のようにすべりおち、屋根を失った大聖堂のなかから、ユリウスが出てきた。
「レイナート様!!!!」
ベルセルカの声。
すこし遅れて姿が見えた。背には愛用の槍が。
来てくれた。信頼できる誰か、が。
こちらに追いついたからか、ほっとした顔を一瞬見せた彼女だが、レイナートの腕に抱かれた人を見て、血相を変える。説明の間はない。馬を寄せた。
「オクタヴィア様!?
どうして……こんなに!?」
「頼む」
意識のない王女の体を、レイナートは、ベルセルカの手に渡す。
「俺が“陛下”を拘束するまで、王女から絶対に離れるな」
「!! 待っ……」
レイナートはベルセルカにオクタヴィアを託し、さらに愛馬ポダルゴスをその場に残して、転移した。
――――ユリウスの真上に。
ギイィン!!
最上級の武器が交わる金属音。
体重をかけた渾身の一撃はすんでのところで弾かれた。
強化魔術のかけられた武器同士、ふたりは目で人が追えないほどの速さで、斬り結ぶ。
そして少し離れれば、
「――――狙撃弩!」
「――――雷!!」
間髪入れず、遠距離の魔術攻撃を撃ち合う。
ベルセルカは、オクタヴィアの体を抱く手に、ぎゅっと力が入った。
「……兄上、どういうことでしょう」
「……………」
「兄上は、真っ先に逃げたわけですか。
皆様を置いて。どうして」
「勝てるわけがない。あの陛下に……」
「オクタヴィア様も、王族の皆様もいらしたのに」
「わかっておらんお前は!! 王家の姫は降嫁にあたり、魔力を1万分の1まで封じるのだ!!」
「………は?」
「王女の手首に、二重の入れ墨のような紋様が入っておるだろう。それが封印だ。
王佐公第2位ラットゥス公の手によりなされたが、いや、そのラットゥス公も先ほど……。
そして、今の王族に戦場に出たことがあるお方はいない。戦闘魔法どころか、武器もまともに使える者も」
「――――お偉い方々は意外と阿呆だということが、よくわかりました」
「ベルセルカ!?
いや、貴様も、大聖堂に……!!」
「ご自分でどうぞ」
ベルセルカは兄に背を向け、宮殿の医務室めがけ、馬を走らせた。
最強のオクタヴィア王女が、今夜はそうではなかったこと。自分より強いと思っていた王族が、皆弱かったこと。さらに兄が真っ先に逃げ出す腰抜けだったこと。なんてことだろう。
――――おそらく大聖堂の中は全滅か。
せめて、誰かほかに逃げ出した者がいれば良いのだけれど。
――――ん。待てよ、ということは。
◇ ◇ ◇
ユリウスの剣がレイナートの心臓を狙う。
金属の甲冑をやすやすと貫通させられる魔撃刺突を転移でかわす。
転移した先はユリウスの背後、頭ほどの高さ。落ちながら、後頭部に後ろ回し蹴りを食らわす。
食らったユリウスは倒れ込みながらレイナートの足を斬りにいく。太ももの装甲があっさりと断たれ、血が飛び散る。
機動力の要に一太刀入れられ、思わず、レイナートは地面に膝をついた。
「待て!!!」
そのままどこぞに向かおうとしたユリウスの眼前に、レイナートは剣を転移させた。
「!!!」
ユリウスは剣を打ち払う。
その隙にレイナートはユリウスの首に腕を回し、後ろから羽交い締めに。そのまま、痛む足を絡めて倒し地面に押さえ込んだ。
顔をぐいとあげさせ、押さえ続けながら耳元で聞く。
「……おそれながら、陛下。ご自分が何をされているか、おわかりですか?」
「さすがに、“跳ね馬”は戻りが速い」
「ご質問にお答えを!」ぐっと、ユリウスの喉を締め上げる。
「王佐公、ご夫人、ご子息にご息女、列席されている皆々様にそのご家族、いったい何人の命を奪ったのか」
「普通なら馬で一昼夜はかかる」
「陛下!!」
「褒めているのだが」
その言葉とともに、レイナートの体の下のユリウスが消えた。「!?」
目の前にユリウスが立っている。彼は、ふむ、と、自分の手のひらを見る。
「見て、やってみたが、連続、長距離は難しい。私にはしばらく使いこなせないようだ」
――――見ただけで覚えた?
レイナートは目を見開く。
「続きはまた」
「つづき……? なにを」
ユリウスは、己の手首から、かちゃり、と金属の手甲を外した。右、左、それをひとつずつレイナートに放る。
衛兵たちが駆けつけてきている。
視界の端に、見覚えがある大臣が見えた。他にも逃げて隠れていた者がいたのか。
表情すべてピクリとも動かさず、希代の美貌王は、ふわっと宙に浮くと、小宮殿の上に乗り、口を開く。
「ユリウス十四世は、いまこの時をもって、退位する」
全員の脳に、直接入ってくるような声。
その意味を皆一瞬わからず、呆然としたその時。
ユリウスが掲げた手から黒い影が伸びたかと思うと、あっという間に大きな黒い猛禽の鳥の姿になる。
バサッ、バサッ、と羽ばたくその鳥の背に乗る。
「へ、陛下っ―――!??」
誰も止めることはできなかった。
レイナートが撃った魔法が羽に当たっても、鳥は意に介さず。黒い鳥は遠く遠くへ、そのまま闇にとけるように姿を消した。
◇ ◇ ◇
「王佐公、第一位から第七位、第九位から第十三位まで、ご一家そろって、おなくなりになりました」
「侯爵家、アースガルズ宰相と、大臣おひとりはご無事です。また、ご列席のご令嬢おふたりが瀕死の重傷。残りの方々は皆……」
「そうか、ありがとう」
「同行していた使用人は、大聖堂からは離れておりましたので、難を逃れましたが、ショックが大きく……」
「王宮から、すべての家に使いを出してくれ。かわりに、使用人たちは皆休ませてやってほしい。それから……」
感情の整理がつかないまま、レイナートが城の者たちに指示を出していると、気づいたら、生存者の大臣、それに、婚姻式に出席する身分ではなかった副大臣らが集まってきていた。
アースガルズ宰相がその先頭に立ち、苦虫を噛み潰したような顔で切り出す。
「ユリウス十四世は退位されました」
「? そうなるのでしょうか?」
「王室典範に乗っ取り、王の退位の表明を受け、存命の大臣、副大臣で決議をいたしました。現在、王位は空席となります」
「指示系統が混乱しますね、では、新たに体制を……?」
そのレイナートの問いにはなぜか答えず、口許をぷるぷると震わせ次の言葉を出せない宰相。
どういうことかと眉をひそめたとき、
「兄上にかわり私から説明いたしましょう」
と、ベルセルカが歩いてきた。
「王佐公家の男子は、ただおひとりを除いて全滅いたしました。
オクタヴィア様は幸運にして一命をとりとめられましたが、王室典範のさだめるところにより、王位継承権をお持ちではない。また今回は前王の退位の理由が死去でないため、喪に服するということにはならない」
「………つまり?」
ベルセルカは、恭しく膝をつき。
大虐殺のあとだというのに笑顔さえ浮かべ、美しい所作で礼をした。
ベルセルカに続き、大臣、副大臣たちも、それにならい、、、最後には宰相も、いまいましいと言いたげな顔を崩さずに、かたちだけひざまずいた。
ベルセルカが、誇らしげに言う。
「慎んで、あなた様を王として仰ぎ誠心誠意お仕えさせていただきます―――――国王陛下」
◇ ◇ ◇
(さっき、殺されていたのは、王佐公第4位ティグリス公、第9位アリエス公、第10位シーミア公、第11位ガルース公と、それから………)
ベルセルカは頭を落ち着かせながら、馬上で考える。
幸か不幸かわざとなのか、“陛下”は右側の席の貴人たちから殺していた。それは王族貴族とも、それぞれの階層のなかで下位の半分にあたる。
王国最強のひとりであるユリウス陛下といえど、オクタヴィア王女に加え、高位魔法が使える王佐公の上位6人を相手にしては分が悪い。
それに、王国最強の3人の最後のひとりはオクタヴィア王女。戦闘魔法は不得意と聞いているが。
加えて、ベルセルカの15歳上の兄、宰相グリトニル・アースガルズもいる。魔法は壊滅的だが、剣技についてはベルセルカを遥かに上回る。妻子のいない兄なら、身軽に戦えるはずだ。
(さすがに皆殺しにはできないだろう。
オクタヴィア様はレイナート様より蘇生魔法の腕は上らしい。戦いのあとお二人で蘇生をしてくだされば、少なくとも列席者の半分は助かるだろう)
そう考えれば、落ち着く。
(それだけ助けられれば、レイナート様のお心の慰めにはなる。私が少しでも早く追いつければ)
だが、その計算には3つの大きな間違いがあったことを、彼女は後に思い知ることになる。
◇ ◇ ◇
ベルセルカが馬上で思考していた、ちょうどその頃。
すでにレイナートは王都にもどり―――都の門兵に止められるのは時間のロスなので、そこも転移ですっ飛ばした―――王城の白い壁、そしてその周囲を取り囲む堀を視界にとらえているところであった。
眼前に、直径一馬身ほどの魔方陣を描き飛ばすと、愛馬はそれを違えずに踏む。
次の瞬間、レイナートの体と馬は、壁のなかにあった。
二馬身はあろうかという高さの壁が、広大な敷地を覆っており、四隅に物見の塔がある。正面から見て中央に大宮殿、左右に小宮殿。大聖堂は、宮殿の奥だ。
突然城内に侵入したかたちのレイナートに、雨避けの詰め所で豪雨をしのいでいたらしい衛兵らが慌てふためいて出てくる。
異変があったことに気づいていないのか?
さらに、槍を突きつけてくる衛兵たち。
「せ、征北将軍カバルス公バシレウス様!
申し訳ございません、あなたさまを婚礼の場に、お通ししてはならぬと、その……」
青い顔で、突きつけた槍の先が震えている。
彼らの『恐い主人』から重々申し付けられているのだろうことは、大体察せられた。
すう、と息を吸う。
「アースガルズ宰相の妹君より、大聖堂に異変ありと報せをいただいた。俺は先にいく、ついては衛兵の半分を大聖堂に向かわせたし! 後続の騎士も妨げず、中へ!!」
レイナートは一気にそう言い切ると(アースガルズの名前は出したが嘘はついていない)、衛兵の間を突っ切って、大聖堂へと馬を走らせる。
雨が降りしきる王城の中。
宮殿が近づく。静かすぎる。どういうことだ?
渡り廊下を一息に越えて、大聖堂の前へ。
「…………!!」
下馬する。静かだ。
いるはずの衛兵が、いない。
聖堂の前に、銀の鏡が、両断されて落ちている。ベルセルカが仕掛けたものか?
レイナートは、大聖堂の大扉を、両手に渾身の力を込めて、力ずくで開いた。
目を見開く。眼前が赤い。
煌々と灯火は燃えたまま、血の海と、着飾った貴人らの死体を映し出す。
席からいえば王佐公の子息であろう、五歳ぐらいの幼子が、泣きながら母親の亡骸にすがる。
その頭にザクリ、とユリウスが、剣を突き刺していた。幼い頭蓋骨に剣を貫通させたのだ。
「……陛下、いったい何を」
聖堂の中は、老若男女を問わず等しく、淡々と命を奪われている。遺体の顔は傷つけられていないので、死の直前の恐怖をそのまま顔に残していた。
ユリウスはこちらに目を向けると、レイナートではなく祭壇に走り出す。
(!?)
祭壇の上、オクタヴィアがうつ伏せに倒れている。
縫い止められているように、背中を細い剣で串刺しにされていた。
ユリウスの足はまっすぐオクタヴィアに向いている。
―――転移。
「ぅああああああああああっっ!!!」
ユリウスに追いつき、細い剣を持つその手首を己の剣の刃先で切り飛ばす。そのままみぞおちに後ろ蹴りを叩き込んで、ユリウスの体を後方に蹴り飛ばした。
そのまま、先に祭壇に駆け上がる。
「血」
オクタヴィアを刺し貫いた剣を、止血魔術をかけながら引き抜く。
呼吸も弱々しく震える王女オクタヴィア。
レイナートはオクタヴィアの背中の傷、というよりも大穴に、手のひらをあてる。
「治療」
内蔵に空いた穴が、じわじわとピンク色の肉でふさがり始めたが、治療途中でやむなく頭を下げる。レイナートの首があった位置を、ユリウスの剣が疾走っていく。
先ほど切り飛ばした手首は、何事もなかったかのようにくっついている。
――――転移。
力を使った直後のため、長距離は動けない。
だがオクタヴィアの治療も充分ではない。
移ったのは信頼できる愛馬の上。
レイナートの愛馬ポダルゴスは、瞬間移動して上に乗ってきた主に動じることなく、心得たようにそのまま元きた方へと走り出す。
人がいる方へと。
ユリウスと闘うより先に、オクタヴィアを、信頼できる誰かに託さなくてはならない。屋根のある場所に。ベルセルカは、あとどれぐらいか。
「何で……
何をして、いるんだぁっ!!!」
「!?」
走る馬の行く手を、両手を広げてふさいできた男がいた。賢いポダルゴスは、止まってしまう。
男の、最高の正装は血に染まった上で雨に濡れ、いつものご自慢の金の長い髪は、乱れに乱れて首回りに貼りついていた。
「宰相………!
中にいらっしゃったのではないのですか?」
目の前の男は宰相、アースガルズ。
貴族階級であるので王族のレイナートよりも身分は下だが、彼は軍部も統括しており、征北将軍にとっては上司に当たるのだ。
侯爵家は、式典の際、王族よりも後ろの席に座る。
大聖堂の入り口により近かったから、この男は、自分一人逃げたということなのか?
宰相は、妹のベルセルカに似た美貌をひきつらせ、大聖堂を指さして戻れと繰り返す。
「バカ者が!! 今すぐ戻れ!!
戻って、他の王佐公を、お救いするのだ!!」
「……この通り、オクタヴィア王女が瀕死の重症です。私が大きな傷を治します。ほかの手当ての準備と、医師の召集を」
「状況がわからんのか、救いようのない間抜けが!! 今大切なのは、王女ではない!!」
「!?」
「ひとりでもいい、王佐公を、それが叶わねばご子息を……!!!」
後ろで鋭い切断音が響いた。
思わず目を向けると、大聖堂の屋根が斜めにずれていく。
ズルゥ、という、耳障りで嫌らしい音。
綺麗な切断面を見せて、大聖堂の屋根、否、上部が積雪のようにすべりおち、屋根を失った大聖堂のなかから、ユリウスが出てきた。
「レイナート様!!!!」
ベルセルカの声。
すこし遅れて姿が見えた。背には愛用の槍が。
来てくれた。信頼できる誰か、が。
こちらに追いついたからか、ほっとした顔を一瞬見せた彼女だが、レイナートの腕に抱かれた人を見て、血相を変える。説明の間はない。馬を寄せた。
「オクタヴィア様!?
どうして……こんなに!?」
「頼む」
意識のない王女の体を、レイナートは、ベルセルカの手に渡す。
「俺が“陛下”を拘束するまで、王女から絶対に離れるな」
「!! 待っ……」
レイナートはベルセルカにオクタヴィアを託し、さらに愛馬ポダルゴスをその場に残して、転移した。
――――ユリウスの真上に。
ギイィン!!
最上級の武器が交わる金属音。
体重をかけた渾身の一撃はすんでのところで弾かれた。
強化魔術のかけられた武器同士、ふたりは目で人が追えないほどの速さで、斬り結ぶ。
そして少し離れれば、
「――――狙撃弩!」
「――――雷!!」
間髪入れず、遠距離の魔術攻撃を撃ち合う。
ベルセルカは、オクタヴィアの体を抱く手に、ぎゅっと力が入った。
「……兄上、どういうことでしょう」
「……………」
「兄上は、真っ先に逃げたわけですか。
皆様を置いて。どうして」
「勝てるわけがない。あの陛下に……」
「オクタヴィア様も、王族の皆様もいらしたのに」
「わかっておらんお前は!! 王家の姫は降嫁にあたり、魔力を1万分の1まで封じるのだ!!」
「………は?」
「王女の手首に、二重の入れ墨のような紋様が入っておるだろう。それが封印だ。
王佐公第2位ラットゥス公の手によりなされたが、いや、そのラットゥス公も先ほど……。
そして、今の王族に戦場に出たことがあるお方はいない。戦闘魔法どころか、武器もまともに使える者も」
「――――お偉い方々は意外と阿呆だということが、よくわかりました」
「ベルセルカ!?
いや、貴様も、大聖堂に……!!」
「ご自分でどうぞ」
ベルセルカは兄に背を向け、宮殿の医務室めがけ、馬を走らせた。
最強のオクタヴィア王女が、今夜はそうではなかったこと。自分より強いと思っていた王族が、皆弱かったこと。さらに兄が真っ先に逃げ出す腰抜けだったこと。なんてことだろう。
――――おそらく大聖堂の中は全滅か。
せめて、誰かほかに逃げ出した者がいれば良いのだけれど。
――――ん。待てよ、ということは。
◇ ◇ ◇
ユリウスの剣がレイナートの心臓を狙う。
金属の甲冑をやすやすと貫通させられる魔撃刺突を転移でかわす。
転移した先はユリウスの背後、頭ほどの高さ。落ちながら、後頭部に後ろ回し蹴りを食らわす。
食らったユリウスは倒れ込みながらレイナートの足を斬りにいく。太ももの装甲があっさりと断たれ、血が飛び散る。
機動力の要に一太刀入れられ、思わず、レイナートは地面に膝をついた。
「待て!!!」
そのままどこぞに向かおうとしたユリウスの眼前に、レイナートは剣を転移させた。
「!!!」
ユリウスは剣を打ち払う。
その隙にレイナートはユリウスの首に腕を回し、後ろから羽交い締めに。そのまま、痛む足を絡めて倒し地面に押さえ込んだ。
顔をぐいとあげさせ、押さえ続けながら耳元で聞く。
「……おそれながら、陛下。ご自分が何をされているか、おわかりですか?」
「さすがに、“跳ね馬”は戻りが速い」
「ご質問にお答えを!」ぐっと、ユリウスの喉を締め上げる。
「王佐公、ご夫人、ご子息にご息女、列席されている皆々様にそのご家族、いったい何人の命を奪ったのか」
「普通なら馬で一昼夜はかかる」
「陛下!!」
「褒めているのだが」
その言葉とともに、レイナートの体の下のユリウスが消えた。「!?」
目の前にユリウスが立っている。彼は、ふむ、と、自分の手のひらを見る。
「見て、やってみたが、連続、長距離は難しい。私にはしばらく使いこなせないようだ」
――――見ただけで覚えた?
レイナートは目を見開く。
「続きはまた」
「つづき……? なにを」
ユリウスは、己の手首から、かちゃり、と金属の手甲を外した。右、左、それをひとつずつレイナートに放る。
衛兵たちが駆けつけてきている。
視界の端に、見覚えがある大臣が見えた。他にも逃げて隠れていた者がいたのか。
表情すべてピクリとも動かさず、希代の美貌王は、ふわっと宙に浮くと、小宮殿の上に乗り、口を開く。
「ユリウス十四世は、いまこの時をもって、退位する」
全員の脳に、直接入ってくるような声。
その意味を皆一瞬わからず、呆然としたその時。
ユリウスが掲げた手から黒い影が伸びたかと思うと、あっという間に大きな黒い猛禽の鳥の姿になる。
バサッ、バサッ、と羽ばたくその鳥の背に乗る。
「へ、陛下っ―――!??」
誰も止めることはできなかった。
レイナートが撃った魔法が羽に当たっても、鳥は意に介さず。黒い鳥は遠く遠くへ、そのまま闇にとけるように姿を消した。
◇ ◇ ◇
「王佐公、第一位から第七位、第九位から第十三位まで、ご一家そろって、おなくなりになりました」
「侯爵家、アースガルズ宰相と、大臣おひとりはご無事です。また、ご列席のご令嬢おふたりが瀕死の重傷。残りの方々は皆……」
「そうか、ありがとう」
「同行していた使用人は、大聖堂からは離れておりましたので、難を逃れましたが、ショックが大きく……」
「王宮から、すべての家に使いを出してくれ。かわりに、使用人たちは皆休ませてやってほしい。それから……」
感情の整理がつかないまま、レイナートが城の者たちに指示を出していると、気づいたら、生存者の大臣、それに、婚姻式に出席する身分ではなかった副大臣らが集まってきていた。
アースガルズ宰相がその先頭に立ち、苦虫を噛み潰したような顔で切り出す。
「ユリウス十四世は退位されました」
「? そうなるのでしょうか?」
「王室典範に乗っ取り、王の退位の表明を受け、存命の大臣、副大臣で決議をいたしました。現在、王位は空席となります」
「指示系統が混乱しますね、では、新たに体制を……?」
そのレイナートの問いにはなぜか答えず、口許をぷるぷると震わせ次の言葉を出せない宰相。
どういうことかと眉をひそめたとき、
「兄上にかわり私から説明いたしましょう」
と、ベルセルカが歩いてきた。
「王佐公家の男子は、ただおひとりを除いて全滅いたしました。
オクタヴィア様は幸運にして一命をとりとめられましたが、王室典範のさだめるところにより、王位継承権をお持ちではない。また今回は前王の退位の理由が死去でないため、喪に服するということにはならない」
「………つまり?」
ベルセルカは、恭しく膝をつき。
大虐殺のあとだというのに笑顔さえ浮かべ、美しい所作で礼をした。
ベルセルカに続き、大臣、副大臣たちも、それにならい、、、最後には宰相も、いまいましいと言いたげな顔を崩さずに、かたちだけひざまずいた。
ベルセルカが、誇らしげに言う。
「慎んで、あなた様を王として仰ぎ誠心誠意お仕えさせていただきます―――――国王陛下」
◇ ◇ ◇
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クリスマスすなわち悪魔の一日
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四ツ葉荘の管理人は知らない間にモテモテです
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高月と名のつく者たち
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転入初日から能力を与えられた俺は自称神とともにこの学校を変えてゆく!
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痩せ姫さまになりたかった女の子のお話
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何もできない貴方が大好き。
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Umbrella
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社会適合
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After-eve
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自宅遭難
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身の覚えの無い妹が出来てしまった。しかも、誰も存在を認知できないんだから驚きだ!いやーどうしよう、HAHAHAHAHA!!・・・どーすんのよ、マジで・・・。
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