異世界ものが書けなくて

真曽木トウル

尾嶋稲穂の新作第二話 タイトル未定

   ◇ ◇ ◇




「レイナートさまー」


 銀の甲冑の乙女が陣幕のひとつを開けると、暗い陣幕の中で明かりもつけず、木製の簡易式の寝台に突っ伏す少年の姿があった。


「あらら。レイナートさま。
 今日も一段と死にそうにグロッキーですねぇ。
 お水を用意しましょうか?」


 寝台の横にかがみ、微笑みかける乙女に、少年、ではなくレイナート・バシレウス将軍は顔をあげた。
 眉を寄せてかすれた声で、グロッキーとはなんだ?と問うが乙女はそれには応えず、笑いながら銀のコップに水差しで水を注ぎ、骨の浮いた少年の手に渡す。


「……感謝する、ベルセルカ」


 ナメクジのようにうつ伏せに這ったまま器用に水を飲む若干18歳の上司の姿に、


「行儀が悪いですよぉ。転移魔法と誘眠魔法と蘇生で力を使いきったんでしょうけど、もうすぐ夕食ですから、お水飲んだら起きてくださいね?? レイナート様がいないと、誰も先に食べられないんですから」


と言って、乙女は寝台の端に腰かけた。
 そのからかうようなしゃべり方は、ついさきほど陣頭で敵の首を縦横無尽に狩り飛ばしていたのと同一人物だとはとても思えない。


 ところで陣幕の外では警備の兵が四名ついているのだが、彼らはひそひそと語り合っている。


「……アレ、大丈夫なのか?」
「知らん。だが、ここで何かコトがおきたら、俺たちが真っ先に死ぬことは間違いないな」


 正確には、“王族最強”の将軍に対してあまりに気安く語りかけるこの乙女が、いつ彼を怒らせないかと、青い顔をして戦々恐々としている。


 この国では、王家の男子を始祖とする王佐公十三家を指して王族と呼ぶ。男子のみが王位を継ぐ一方で、王太子以外の子女は王佐公爵家へ入り血を維持する。そして、男子が絶えたときにはこの十三家の当主から次期国王が選出されるのだ。
 バシレウス家はその十三家中で第八位におり、若干18歳で征北将軍を任じられたレイナート・バシレウスもまた、王家の姫を祖母に持つ。


 その彼が、なぜ一般兵をそこまで怯えさせる存在なのかというと、この国では高位魔法を操れるのが王族のみであり、そのなかで最高位にある3人のひとりがこのレイナートであり。その力は国ひとつ焼き払えると噂されていたからだ。


 銀の甲冑の乙女は、具合が悪そうなレイナートに語り続けた。


「そんなに気に病む人数ですか? 
 自分で言うのもなんですけど、この“千人殺し”のベルセルカ・アースガルズを陣頭に置いて、二千の兵相手にたった二百の死者で済ませたなんて、さすがレイナート様ですよ?」


「……二百三十三人だ」


「ああ。
 敵味方を合わせるとそうですね」


「兵だけじゃない。
 1年前まではレグヌムの民だった者もいた」


「でも、結構な人数レイナート様が蘇生……
 いえ、そうですね。
 すべてが終わったら丁重に弔いましょうか。
 ただ、今は」


 ベルセルカは微笑みながら立ち上がり、甲冑に包まれた手を、レイナートに差し出す。


「晩御飯を食べましょう?
 人より食べないといけませんもの、私たち」


 少年はうなずき、躊躇ちゅうちょなく、その手を取って身を起こす。


「……ベルセルカは、人を殺すことをどう思う?」


「うーん。
 必要があるから殺しているので特には。
 強いて言えば、男を殺す方が楽しいですね。
 大きな体と暴力で多くの者を見下してきただろう輩を蹂躙し絶望させるのが」


「そうか。頼むから外でそれ言うなよ。
 士気が下がる」


「そうですか?」


 そんな会話をしているその時、外の警備の兵たちが(いや、聞こえてるし……)と内心げんなりしていたのを、ふたりは知るよしもなかった。


「さぁ、食事です食事。
 本日は、予定より早い戦勝を祝して、塩漬け肉のシチューです。食事が終わったら良いものを見せて差し上げますから!」


   ◇ ◇ ◇


「……で? 良いものとは何なんだ?」


 将と言っても、さほど凝った食事場所が作られているわけでもない。


 小高い岡の上、寝台と同じく簡易な椅子に腰かけたレイナート(甲冑を再び着た)とベルセルカは、他の兵より一回り大きな器でシチューを食べている。
 身分のせいというよりも、魔法・魔術を使うと、肉体の運動よりも遥かに力を消費するため、多く食べなければ痩せこけて死んでしまうのだ。


 とっておきの豚のかたまり肉に、腸詰め、多種多様な野菜をワインと貴重なスパイスでこってりグツグツと煮込んだそれは大変美味で、戦勝の祝いにふさわしい食事だったが、レイナートの関心はそことは少し違ったらしい。


「ああ、ほら。今日でしょう? オクタヴィア王女の婚礼と、ユリウス王子の即位式」


「…………そうだったかな」


「前王が亡くなられて一年、ようやく喪があけます。ほかの王佐公爵家も侯爵家も、夫婦に子女も含めて招待されているのに、レイナート様と私だけ、嫌がらせのようにこんな辺境の戦線に追いやられて、腹立ちません?」


「まぁ、アースガルズ宰相の差し金だろうな。奴隷の母を持つ俺を即位式に出席させないようにと、ベルセルカに求婚が来ないようにと」


「でしょうね。それで私、出立前に、新しい魔法ができないか色々と研究しまして……」


 ベルセルカは自分の首筋に手をやった。
 どうやら甲冑の下に、ネックレスのように何かを首からぶら下げていたらしい。引っ張り出されたものは、掌に乗る、小さな丸い鏡だった。ベルセルカの汗で少し濡れている。


「見てください」


 鏡から、フワッと光が湧く。
 湧いた光は、人の背丈ほどの高さに立ちのぼり、その中に、ぼんやりと人の姿が浮かび上がった。次第に輪郭をはっきりさせたそれに、レイナートは隈のある目を見開く。


「オクタヴィア……」


 婚礼のドレスに身を包んだ美しい女性の名を、レイナートは呼んだ。


「すごいでしょう?
 王城の何ヵ所かにこっそりと、これのふた回りほど大きな鏡を仕込んできたのですよ。鏡に映る範囲のものは見ることができるのです。
 食事を終えたら、ちょうど婚礼の式のはず。
 私たちもオクタヴィア様の新しい門出をお見送りいたしましょう? ……レイナート様?」


「……あ、ああ」


 一瞬呆けていたレイナートは気がつくと、ばつが悪そうにシチューをかきこみ始めた。


 ――――悪名高きアースガルズ宰相の末の妹で王族に継ぐ戦闘魔術使い、16歳にして“千人殺し”の名をもつベルセルカだが、その強さに憧れる者、先陣で無双の姿を見せる彼女を慕う者もおおい。
 食事が終わる頃には、噂が噂を呼んで、数十人の兵がレイナートとベルセルカの周りに集まっていた。わずかに雨が降り始めていたが、小雨ぐらいは気にする者などいない。


 この国では『魔術』と『魔法』の呼び名の区別は曖昧だが、ベルセルカは、例えば剣の切れ味を鋭くしたりなどの単純なものを魔術と呼び、今回の鏡の遠隔投影のような複雑な理論の構築が必要なものを魔法と呼んでいる。


「では、始めるぞ」


 ベルセルカは兵たちに珍しく笑顔を見せ、手を伸ばし、鏡面を上に向けるように掲げた。光が立ちのぼる。王城の一角、金飾りで彩られた、最も豪奢かつ荘厳な場所がその中に浮かび上がる。


「綺麗だなぁ―――」


 兵の一人が感嘆の声をあげた。


「大聖堂だ。
 王家の婚姻式はここで行われる」ベルセルカが説明する。


 光のもやは、広い大聖堂全体を真後ろから映し出していた。列席するのは王佐公十三家、そして侯爵家。小さく映るが、前の方に、先ほどの婚礼衣装の女性がいる。


「即位式は終わったようだ。
 これから、新国王の立ち会いのもとで、オクタヴィア王女と、王佐公第四位ティグリス公の婚姻式が始まる」


 つぎに、ひとりひとりの顔を映し出す。


「こちらにおわすのがオクタヴィア王女、ご尊顔を知る者もいるだろう。つぎに、ティグリス公。それから列席しているのが……」


 加えてレイナートが、王侯貴族の顔を知らない兵たちに説明していく。皆、ほほぉ、とか、ははぁ、と、自分たちの知らない世界に興味津々のようだ。


 それにしても、とベルセルカは首をかしげた。


「陛下が、いらっしゃいませんね?」


「ああ、そうだな。。。」


 陛下、すなわち今日即位したばかりで、レイナートと同じく18歳のユリウス十四世がいない。
 オクタヴィアの弟で、征魔大王国レグヌム建国以来の美貌王であると噂されるが、レイナートは正直あまり好きではない、『陛下』が。


「あ、ようやくいらっしゃいましたよ、陛下が」


 鏡の上に浮かぶ映像の角度が変わる。


 大聖堂の後ろの入り口から、銀の髪をした男がかつかつと足音を立てて現れる。無表情に、なにも言わず。
 ただ、何かがおかしい。


「――――あれは。
 開戦前の神事の正装だ。慶事のじゃない」


 レイナートが呟いた時。
 光のもやのなかで、新王が剣を抜く。
 抜き、目にもとまらぬ速さで祭壇へ駆け、オクタヴィアの隣にいたティグリス公を刺しつらぬいた。
 そのまま、列席者らを両断し、いかにも効率的に踊るように殺していく。同席していた王佐公の夫人や子女までも。


「なんだよ、これ……」
「王さまが、貴族たちを殺してる…?」


 ――――乱心?
 という可能性にその場の誰もが思い至ったとき、既に列席者の半分ちかくは血の海に沈んでいた。


「………ベルセルカ、行くぞ」


「え、は、はい!」


 王都に戻る。この辺境の戦線から。


 “王族最強”のレイナートと並ぶ、この国最高の魔法使いのひとりがユリウスだ。そのユリウスが、国の頭脳といえる面々を虐殺している。


 王都に戻る精鋭を即座に選び出し、腹心にこの場の指揮を任せたふたりが馬に乗ったとき、急に雨が強くなる。
 構わず、レイナートは駆け出した。
 寸刻でも早く、王都に戻るために。


   ◇ ◇ ◇

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