異世界ものが書けなくて

真曽木トウル

尾嶋稲穂の新作第一話 タイトル未定



   ◇ ◇ ◇


 真正面から顔を殴りつける雨のなか、鎧に身を包んだ一団が馬を駆る。


 征魔大王国レグヌムの誇り高き旗も、軍馬が身につけるべき威風堂々たる金銅の飾りも取り去り。
 大森林のなかを通る、魔方陣の紋様が刻まれた石造りの大街道を、ひた走る。
 遠い遠い王都へ向けて。
 一秒でも、はやく。


 横殴りの嵐のせいか、王国民がこの道で馬車を走らせていないことが、彼らのせめてもの幸運だった。




「貴様ら、遅れるな!!
 将軍おひとりを前にするとは何事か!!」




 銀の甲冑をまとった乙女が、周囲の者たちを後ろから追い抜きながら大音声で叱咤している。


 十六、七の可憐な顔立ちの娘だが、周囲を走る歴戦の男たちに対して、声も態度もひどく不遜だ。
 後頭部でひとつに束ねられた緋色の髪は、砂ぼこりに傷んでいるが、携えた槍にしろ腰に下げた見事な細工の剣にしろ、ひときわ上等な馬にしろ、本来ならば戦場になどいるはずのない、相当な身分の令嬢であることが一目でわかる。




 そして、一団の中で先頭にいたのは――もはや先頭と呼んでいいかわからぬほど前方を単騎で駆けているのは、短い黒髪を振り乱している、若干十八歳の少年だった。




「無理です、、、ベルセルカさま!!
 大陸随一のカバルス領の馬になんて!」


「まして、あの“跳ね馬”将軍様は、魔法抜きで我が国いちの速駆けの腕をお持ちです。あの方に追いつける乗り手など」


「しかし、このままでは、将軍がおひとりで敵とぶつかってしまうだろう!!」




 ――――ベルセルカ。




 唐突に耳元で名を呼ばれ「はい、バシレウス将軍!」と乙女は肉声で返事を返す。


 ――――後ろの騎馬の指揮を頼む。
 ――――俺は、先に行く。




「………待っ………」




 声を出すまもなく。
 たった一騎離れていた、あの後ろ姿は、消えた。




「ひぇっ………」




 彼を追っていた騎士・騎兵たちは驚き、馬の足を緩めてしまう。
 ベルセルカはため息をひとつつく。あのひとは、最初からひとり先行するつもりだったのか。そして大きく息を吸った。




「バシレウス将軍の転移魔法だ!
 道に光る魔方陣が浮かんでいるだろう、それを消えないうちに馬の足で踏め!
 千馬身ずつ、距離を飛べる!」


「と、飛ぶって……」


「私が先頭で手本を見せる!!
 ひとつ残らず、踏み外すなよ、貴様ら!!!」






 千馬身ずつ飛べば、10数回で王都に着く。
 できれば殿しんがりで、脱落する者がないように声をかけていたかったが、仕方がない。




 咳をする。


 嵐のなか、いつも以上に喉を酷使する。どうか声が、王都まで枯れずにもってほしい。
 そう願いながら、ベルセルカは馬を走らせる。






 ――――そのころすでに、『将軍』ことレイナート・バシレウスは単騎で数千馬身も先を走っていた。
 走りながら、魔法をもって地面に魔法陣を描き飛ばす。それを踏み、空間を飛ぶ。


 王女の提案で、数年をかけて整えられたこの街道。
 まさか、こんな夜に走ることになるなんて。
 自分はともかく、王家にとっては、新国王とその姉のこれからの門出を祝う、めでたい夜であったはずなのに。




 ――――間に合え、間に合え、間に合え!!


 祈りというよりも呪いのように、レイナートは心中で繰り返した。


 ほんの少し前までは、なにも変わらない戦場の夜だったのに。




   ◇ ◇ ◇


 少し、時を遡る。


 2000年前に悪魔を討伐して国をたてたという建国神話を持つ征魔大王国レグヌム。大陸の南側に位置し、気候は温暖。海と恵まれた自然。大陸のなかでも屈指の豊かさをほこる、と語られる。




「だから、北方から度々侵略を受ける。今回はその、1年前に奪われた国土を取り戻す――――って、本当にそれだけかねぇ」
「ああ、そのわりには、“千人殺し”に加えて、王族最強の将軍様をつけてるなんざ、かなり本腰だぜ」
「はっ。血狂いの姫君に、転生奴隷が産んだ将軍様がか?」
「しっ、姫様に聴こえたら首を飛ばされる」


 戦場のど真ん中で、最下級の歩兵たちが私語を交わしていた。
 すでに矢の交わしあいは終わり、最前線は会敵している。それなのにこの余裕は、どうしたことか。


 最前線。銀の甲冑の乙女が、奇妙な長柄の武器を振り回している。
 敵方の騎兵が持つ突撃槍ランスとは明らかに異なる。槍のような長柄の先端は鋭い剣で、その剣のつけね、左右に短剣がついたかたちなのだ。


 彼女がその“十文字槍”を振るう。
 戦場で武器はさほど切れ味を期待されるものではない。殴り殺す、砕き殺す、ということが叶えば十分だ。甲冑で固めた体をそうそう斬れない、というのもある。


 しかし、振るったその槍の穂先は、まるでプディングにスプーンを差し入れるが如く、易々と金属の鎧を貫く。さらにくるりと返せば、直角にのびた刃が簡単に首を絡めとり、飛ばすのだ。


 兜もつけないたったひとりの乙女が軽々と槍を振るたびに、まるで木から熟れすぎた果実が落ちていくように、宙を血が躍り、ぼとっ、ぼとっ、と、騎兵歩兵問わず、敵の男たちの首が落ちていく。




「化け物だ……」
「ひいいっ……」
「まて、あれは、単なる魔術だ!!
 物理作用強化の……」と言いかけた指揮官らしい男の首も、投石器の石のごとく飛ばされた。


 敵の最前線がボロボロと崩れる中に、追い討ちをかけるように矢が飛ぶ。


「なんだ、こりゃぁ、射手は、どこから……!!!」


 その矢は遥か後方から、あり得ない軌道で飛び、これもまたやすやすと敵の頭蓋骨を貫通する。なにか魔力を帯びた武器であるというのは素人目にもわかる。


「やったぜ、あの転生奴隷ども!!」
「弓魔術ってやつはすげえ!!」
「何だよ、てめえ、女だけの部隊なんて足手まといっつってたじゃねえかよ」
「知るかよ、さすが、“千人殺し”の姫様に、カバルスの精鋭だ!! このままじゃ手柄をみいんな女どもに奪い取られちまう、いくぜぇ!!!」


 射手ははるか後方から敵を狙っていた。
 木々の枝にて、或いは馬上で弓を構え、常人には見えるはずもない距離を狙う、女だけで作られた500人の部隊。
 その速さは、速射にもほどがある。そして必ず味方ではなく敵を射抜き、当たった者は必ず命を落とす。
 瞬く間に彼女らの弓だけで敵を全滅させそうな勢いであったが、彼女らに馬上から、「やめ」と、制する男、いや少年がひとり。


 骨ばってみえるほどの細長い手足。
 闇よりも暗い、漆黒の髪。
 若く、それなりに整った顔のつくりなのであるが、目つきが悪く、睡眠不足のせいで、目の下のくまが酷い。しかし、ひとつ特徴的な箇所がある。


「これ以上は殺すな」


 木々の女たちを見上げた彼の瞳の色は、その場の女たちが目を奪われるほど美しい、紫色だった。
 彼は馬を走らせる。
 次の瞬間、その姿は、消えた。




 ―――――敵軍最後方。
 敵方の将は馬上でいらだち、舌打ちし、なにか言おうと口を開きかけた。
 その眼前に、突然馬に乗ったひとりの少年が現れた。
 敵将が何事が起きたのかを知る前に、その喉を、細い剣の先が貫いていた。


「なっ……」


 言葉を失う周囲の者たち。


 下馬した少年は、剣をくるりと回す。
 剣が反射した光が広がる。
 まるで大火の煙か、山を駆け降りる溶岩のように、驚くべき早さで後ろから敵軍を飲み込んでいく。
 するとどうしたことか。兵らは武器を取り落とし、膝をつき、地面の上に崩れ落ちて眠りこんでしまったのだ。
 馬もまた、少年の馬を除き、くたり、と眠り込む。


 敵軍、“全滅”。


 地に伏した敵たちの向こうに目を向けた。はるか先で、つい先程まで奮戦していた乙女と目が合う。
 少女が、すう、と息を吸った。




「我がレグヌムの勝利だ!!」




 天地に響く大声で、勝鬨かちどきを挙げた。




「諸君の奮戦が敵を打ち崩し、そのもとで、バシレウス将軍が、みごと単身敵将を討ち取られた!!! 自らの戦いを誇り、将軍を喝采せよ!!!」




 王位継承権を持つ王佐公十三家の一つ、バシレウス家の現当主で、国内一の良馬の産地であるカバルス領を治める十八歳、レイナート・バシレウス将軍。それが少年の素性であった。


   ◇ ◇ ◇

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