異世界ものが書けなくて

真曽木トウル

(13)カッコ悪くてみっともない僕の牙

「……………………」
「……………………」


 沈黙のまま、僕たちは駅へと向かう。
 中身が女とはいえ、外見がびっくりするほどのイケメンにボディーガードされて送られるっていうのは、女として喜ぶべきことではあるんだろう。
 土方理宇は、この暑いのに今日も長袖カーディガンに男物らしいデニム。
 暑苦しい服装なのに、スタイルが良すぎて映えている。そのうちメンズモデルとしてスカウトされそうだ。


「………ねぇ、土方さん」


 土方が、僕の方を見た。


「なんで、今日、ぼ…私を、組手に誘ったの?」


 土方は躊躇する様子もなく、「道場にいる人間の顔じゃねぇな、って思ったから」と言葉の刃で僕をザックリと刺す。


「……惚けて、闘う顔じゃなかった、ってこと?」


「自覚してたんだ。
 他の女子はいつものことなんで諦めてるけど、尾嶋さんは、珍しいと思ったから」


「………………」


 けなしているような、でも、一応は誉めている、のか?


「諦めてる、んだ」


「色恋のことしか頭にない奴らを相手にしてもね」


 なるほど。
 それは、他の女子たちの評価が、地に落ちてるから僕は相対的にマシということか?


「ま、まぁ、彼女たちは、鈴鹿先輩のことしか考えてないから。というか、彼女たちの存在が空手にたいして真面目な人たちをこの道場から追い出しちゃったというか……」


「自分の頭のなかだけで発情しとけ、って言ったら睨まれた。悔しかったらさっさと黒帯とればいいのに」


 ザックリ、ザクザクと、土方の言葉は容赦ない。
 自分に向けられたものじゃなかったら、聞いてて心地いいものなんだな、と僕はわかった。


「嫌そうだね」


「嫌だね。
 勝手に誰かとくっつけられるのも、勝手に誰かに、私の頭の中のことをこうだと決めつけられるのも。
 道場に来て早々、古株ヅラしながらろくに組手もできない奴から『鈴鹿尋斗と恋愛関係にならない誓約書にサインしろ』とか頭わいたこと言われるのも」


 後半は僕も初耳だった。


 反骨。
 という言葉が、ふっと、僕のなかに浮かんだ。


 鈴鹿尋斗という人は、少なくとも土方理宇と比べると、まだ、大人?だ。あの神がかった顔のせいで、とんでもない数の好意と悪意を押し付けられ続けて揉まれた結果、人はそれぞれ考えも感じ方も違う存在であって分かり合えないものだという悟りをひらいているところがある。


 一方で、土方は。


「土方さんは、常に闘ってるね」


ぽろっ、と、僕は思わず言葉をはいた。


「は?」


「ああ、その。
 なんかこう、同調圧力とか、固定観念が押し付けてくる『こうあるべき』とか、男はこういうもので女はこういうもの~、みたいな、そういったものと現在進行形で」


 僕は口をつぐんだ。
 なにか、変なことを言ったんだろうか。
 まじまじと、土方が僕を見つめてくる。
 いや、見下ろしてくる。


 なんだろう。
 その瞬間、次の言葉は何がくるんだろうと、僕は恐怖した。


「……そんな、『自分は下りた』みたいなこと言う人だったっけ?」


 ザックリ。
 重いまさかりで、脳天からザックリと割られたように、土方の言葉が響いた。


「『下りた』?」


「組手した感じじゃあ、そうでもないと思ったんだけどな」


 その言葉は、フォローなのか何なのか?
 それでも、土方は続ける。


「人間という生き物は強くもないし、決して守られてなんかいない。
 気づいたときにはもう、自分自身まで奪い尽くされ食い尽くされている。
 自分を守ることが既に闘いであって、その闘いを『下りる』先に待つのは?」


「………死」


 僕の答えに、土方はうなずいた。


「だから、きばを抜かれるわけにはいかないと思わないか? 生き抜くために」


 僕は、死という言葉を、口のなかで転がした。
 反骨、よりも、僕にとってはずっと身近な言葉だった。
 真織の死を恐れ、自分自身の死に恐怖し、けれど恥に耐えることができずに、死にたい消えたいと思う。
 なぜか、死という言葉を口に含んだときに、安心するものを感じた。
 なんだ、よく知っているおまえだったのか、という。


 牙。そんなものが、僕にもあると言ってくれるの?
 あるとしても、他の人より鋭くはないかもしれない。でも。僕だって、死を隣におきながら、生きてきた。
 カッコ悪く、みっともなく、闘っていたんだ。




「土方さん、僕はね………」


 思わず、素の一人称が出てしまった。
 一瞬驚いた顔をしたけれど、土方も足をとめてくれた。


「強くなりたい。
 男子を倒せるようになりたい」


「うん」


「大事な人がいて、その人を守れるようになりたい」


「うん、うん」


「でも、小説はね、すごいものを書きたい。自己満足ならいい、っていうわけじゃない。人と比べても、すごいものを産み出してみたいんだ。
 自分の挑戦でもあるし、そのほうが、大事な人がきっといっぱい楽しんでくれる。生きててよかったって思ってくれる。だから……」




 僕がつらつらと並べる望み、欲望を、土方は、下らないとも言わずに、うなずきながら、聞いてくれた。
 よく見ればそれは、決して大それたものじゃない。
 なにか叶えたい。
 できれば全部叶えたい。
 希望がじわじわと、胸に宿る。


 そして、語りながら、僕のなかでカチャカチャカチャカチャとパズルが組み立てられていくのを感じた。


 土方理宇。生きるという闘い。反骨。勝手にくっつけられてたまるかという怒り。恋愛?そうだ。それを強いられる怒り。僕も知ってる。被害者は真織だけど。
 かんがえていた設定をもとに、新たな物語がうまれ、成長を始めた。




「…………ごめん、色々と、聞かせて」


 語り終わって、僕がそう言うと「いや、面白かった」と土方は言う。聞いてくれてありがたいけど、土方はもう少し、言葉のチョイスをどうにかしてほしい。


「そうそう、尾嶋さんに、ひとつ言っとくことが」


「え?」


「組手。相手にガードされたら、その時点で蹴り足を引いているよね。蹴りが入らないと思って、諦めてる」


「う、うん。。。」急に話変わるな、この人。「ガードされてるところに蹴っても、ねぇ」


「いや、止めずに、蹴ってみ。
 まずやり方としてはひとつめ」


 土方はくい、と、長い足をあげると、スローモーションで中段蹴りの軌道を再現し始めた。


「ガードする腕の下をくぐって、蹴りこむ。
 あるいは、ガードの隙間に、前足底をねじ込む」


「う、うん?」


「もうひとつは、ね」


 僕が腕で胴体をガードしていると、土方は、スローモーションで中段蹴りをして―――いつもより、鋭い膝の角度で――――僕の腕にコツンとすねを当てた。






「腕ごとぶっ壊しちゃえ」

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