異世界ものが書けなくて

真曽木トウル

(9)口の悪い『イケメン』なんて2次元だけにしてほしい。

   ◇ ◇ ◇


「………ちょっと、土方、さん」




 その日の道場の練習終わり。夜に入りかけの時間。


 帰りかける私服姿の土方理宇に、僕は声をかける。何か珍しいものでも見たような顔をする。


 長い手足。
 この暑い中、またしても黒い長袖のTシャツを着ている。男物らしいデニム。横からよくよく見れば胸は、まったいら、ではなさそうなのだけど、もしかしたら大胸筋かもしれない。
 今彼女は私服だけど、今日もたぶん、サッカー部の練習はあったはずだ。
 オーバーワークとか、大丈夫なのだろうか?




「時間、もらえない? 公園とか、どこかで」


「なんで?」


「さっきの話を、もう少し聞きたい…んですけど」




 つい敬語になってしまう。
 同学年なことは間違いないのに。
 というか、女子高生なんだし、マクドにぐらい誘えよという話なのだけど、マクドに軽く行けるようなお金はない。




「――――――帰りに横山駅を使う?」


「え…あ、はい!」


「じゃ、駅までの間、歩きながら話をしよう」




 方向が一緒なのか。それなら、よかった。
 躊躇なく速歩きな彼女に、必死であわせて僕は歩く。




「嫌いって、なんで、ですか?
 ぼ…私が、ファンタジー、嫌いだろって」


「いや、好きでもないものをわざわざ書かなくてもいいのに、って思っただけだから。
 嫌いなこと自体を非難したわけじゃない」


「だから、なんで、嫌いだって決めつけるんです!? パラッてプロット読んだだけで、そんなこと、言うんです?」




 おや、という顔で土方理宇はこちらを見た。
 僕が怒ると思いはしなかったのだろうか?
 しばし僕の顔をまじまじと見たあと、おもむろに口を開く。




「読んでいて、その世界へのいとおしさを感じなかった」


「…………は?
 設定が甘いと?」


「素人意見だけど、主人公の周辺事情とかだけが照らし出されてて、他にスポットライトが当たっていない感じがした。
 これから生きていく新しい世界がどんな世界なのか、現代日本と違うところや意外とおなじところ、その見知らぬ世界を探り見つけていくのが、あまり好きじゃあないんだろうなって」


「!! そんなことない!
 プロットだから簡単に書いただけだし、もちろん実際に書くときには作り込むし、いまの異世界ものとしての共通合意さえ押さえれば、読者にはわかるはずだけど……」


「ファンタジー世界のなかの、何に萌えてる?」


「萌え……?」




 何を言う。
 萌えがなぜ、関係するんだ。




「モンスター?
 魔術?
 妖精や人外?
 衣装?
 武器?
 城?
 のりもの?
 たべもの?
 街の雰囲気?
 社会制度?
 戦争?
 どれが好き?
 何にときめく? 何にワクワクする?」


「……………………」




 素人なんだろう?
 小説を書きもしないんだろう?
 なのに、なんでそんなにシビアなところをつつく。


 好きじゃないと書いちゃいけないものじゃないはずだ、そんな物語の中の演出の小道具。あくまでストーリーを補助する役割だ。
 そう言いたいけど、言い返せない。
 言葉にできないけど、かなり痛いところを、突かれている。そういう感覚があった。




「あと、これは私にはこう見えたってだけだけど。異世界を堕落の象徴として描くのは、異世界転生のヒット作への反発を感じた」


「……エグいこと言うね、土方さん……」


「特に女主人公の方は、『異世界への憧れ』を極端な形で断罪してる。
 転生して特殊能力を授かってチートで最強になって女の子にモテモテで活躍する、そういう物語が嫌いな人のための物語なのかなって。
 だったら、仇を討つ以外の異世界でのエピソードがぜんぶ蛇足になるのでは。
 ………と思う。
 完全な素人意見だけど」


「…………べつに、ファンタジーが嫌いなわけじゃ………」


「じゃあ、そういうことでいい」




 人の心をめちゃめちゃかき乱しておいて、土方理宇は、あっさりと引いた。




 嫌いなのは、何か悪いだろうか?


 いや、違う。
 土方は、嫌いなものをわざわざ書いてるから面白くないっていってるんだ。


 そもそも、僕はファンタジーが嫌いなのだろうか?
 真織が愛している世界だというのに?




「じゃあ、私はここで」


「―――――え?」




 ちょうど駅に着いたところだった。




「私はここから徒歩。それじゃあ」




 そういって、線路づたいにスタスタと彼女は歩き出した。
 歩く方向を見る限り、彼女は僕と駅まで一緒にくる必要は、おそらくなかった。




「………………」




 方向も違うのに、駅も使わないのに、わざわざ、駅まで一緒に歩いた?
 話をするため? それとも……




(こないだのことがあったから………?)




 あんな毒舌並べ立てながら、わざわざ、僕を守るために駅までおくった?






 妙に気恥ずかしくなって、僕はあわてて、駅の階段を駆け上がった。


 ――――――心臓に悪いよ、あの人。




   ◇ ◇ ◇




「だからね絶対、僕は、土方理宇をぎゃふんと言わせる小説を書くんだ!!」




 家に帰り次第、僕は、もやもやをぶつけるように、真織に電話していた。


 ファンタジーが嫌いなんだろうと言われたことは伏せ、向いてないからわざわざ書かなくてもと言われたということにして、電話口で真織に、土方理宇の悪口を言いまくった。


 真織が笑いながら言う。




『でも稲穂ちゃんに火をつけてくれたなら嬉しいなぁ』


「ほんっと、後悔させてやりたい!
 大っきらい、アイツ!」


『書いてくれたプロットはプロットで、また機会があったら見せてよ。
 そのまま小説にしてくれてもいいけど』


「そうだね、また……」




とは言ったけど、どこの馬の骨ともわからない黒帯男装女子にけちょんけちょんにけなされたプロットを真織に見せる気はまったくなかった。


 僕がファンタジーが嫌い?
 異世界テンプレに反発してる?
 その世界への、いとおしさがない?




 ―――――認めたくなかった。




 確かに、いつしか僕は、嫌いになっていた。




 僕は真織に、自分のなかにない世界を作るよう求められることにプレッシャーを感じていた。
 真織が愛する世界のかけらに触れているのに、独学で広げていこうとする情熱も、わいてこなかった。
 それに、もっともっと幼稚なことを言えば、書いても書いてもうまく書けないから、嫌い。


 ただ、僕に諦めるという選択をさせるには、土方理宇はあまりにも、容赦が無さすぎた。


 あんな言い方をされたら、自分の感情に折り合いをつけることもできないじゃないか。




 ―――――――やってやる。




 見事なハイファンタジーを書き上げてやる。
 そしてアイツを見返してやる。
 書かなくてもいいと言ったことを、後悔させてやる。


 僕はそこからそのまま、すぐに机に向かった。




   ◇ ◇ ◇

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