異世界ものが書けなくて
(8)小説書きは趣味でも締め切りが必要です。
◇ ◇ ◇
「……というわけで、うわさの転校生、サイアクだったよ……」
翌日、道場前で起きたできごとをぶつぶつと語っていると、真織がずいぶんおかしそうに笑う。
「男装女子だったんだ?」
「やさ男にしか見えなかったけどね」
昨日僕は腹が立ってさっさと帰ってしまったのだけど、助けてくれた人物は、ひじかた、と呼ばれていた。
唯一気軽に話ができる文芸部の顧問の先生に聞いて、うわさの男装女子の転校生の名前が『土方理宇』だということを聞いた。
体に傷があるので肌を出さず、男子の制服で通っているとのこと。サッカー部に入ったが、ユニフォームだと手足が出てしまうので基本的には補欠だろう。水泳の授業は出ずに、かわりに炎天下、延々外を走っているのだという。
ということは、道場の練習に遅れてきたのも、部活の練習後に来たからなのか?
全校一の有名人の鈴鹿の道場に入ったから、警戒してる女子も多いみたいだよ、と、顧問の先生はわらった。
「でも、その子、稲穂ちゃんの道場に入るんだね。小説のいいモデルになるんじゃない?」
「主人公の、いけすかない強敵ライバルとかのモデルにはなるかな。。。」
真織が鈴を転がすようにかわいい声で笑った。
「いいじゃない。ねぇ、新連載のプロット持って、合宿いかない?」
「合宿?」
僕は首をかしげた。「参加するの? あの変な合宿」
僕たちが所属している文芸部には別に合宿なんてない。ただ、今年の1年生にプロ志向の子が多くて、
「せっかく仲間がいて切磋琢磨するんだから、作品やプロットを読みあって意見を言い合ったりしたい!」
と言って、1年生中心に、自由参加の合宿が行われることになったのだ。
僕は当然スルーするつもりでいたけど。
「だって……私、締め切りないと書けないもの」
「それは知ってるけど…」
真織は、年3回こっきりの文芸部の部誌を出すタイミングにだけ、間に合わせて小説を書く。
精神世界を反映したような荒廃した世界観で、いつも救いがない。僕はそれが好きだ。
そもそも小説を書きたいわけではなくて、頭のなかにあるものをたまに出してスッキリしたくて書くのだという。
「大丈夫? 泊まれるの?」
「泊まらないよ? 合宿場所まで往復する。小説を書いて持っていって、読んでもらうかはその時のノリしだい」
「じゃ、僕もいくけど泊まらない」
「ねぇ。今度こそ異世界もの書いてみてくれない? 小説は完成してなくても、プロットでいいんだから。いろいろな意見を聞いたら稲穂ちゃんのイメージも広がるよ、きっと」
「…………善処します」
そう呟いたとき、ふっと、再び、あのいけすかない男装女子を思い出した。
(……くやしいけど、いい雰囲気してるんだよなぁ……あの女……)
今まで僕は周りの人間をモデルにして物語をつむぐことも多かったのだけど、それだけに話は身近なテイストになりがちで。一方で、ファンタジーの世界に出すキャラのモデルにできるような人間は思いつかなかった。
しいていえば、やはり鈴鹿先輩ぐらい。
彼をモデルにして描けば、少年マンガと青年マンガの間の、まっすぐ系の主人公になるだろうと思って、やってみたこともある。
でも、何故か、話がガチガチに固まって、キャラが動き出さないで、筆がすぐに止まってしまう。もちろん、僕の腕が未熟だからだろうが。結局、あきらめた。
一方、土方理宇という人物のトガリ具合、そして情報量の多さ、そして妙に影のある雰囲気。素材としては、確かに食指が動く。
恐竜のような大きさのモンスターたちが闊歩する荒野を、身の丈ちかくになりそうな大剣を背負って歩いていても、しっくりきそうな気がした。あくまで僕の頭のなかでなんだけど。
◇ ◇ ◇
10日後。夏休み初日。
「――――そういうわけで、この前もぼこぼこにされた可哀想な後輩へのおわびだと思ってプロット見ていただけますか?」
僕は道着姿にきがえるやいなや、鈴鹿先輩にノートに書き散らしたプロットを突き出していた。
「ずいぶん今日は積極的だな」
「ほかの人たちがくる前に、と思いまして」
道場のほかの女子に、鈴鹿先輩と一対一で話しているところなんて見られたら、鈴鹿ファンに、リアルな意味で袋叩きにされかねない。
受け取って、鈴鹿先輩はノートをパラパラとめくった。
書いたプロットは2本。男主人公と女主人公。両方とも転生もののハイファンタジー。
結局、両方とも土方理宇をモデルにすることになった。それだけ、彼女の印象が強すぎて。
「……最終的なものを読まないとわからないが、たぶん、悪くはないんじゃないか?
しいていえば、女主人公のもののほうが面白そうかな……」
「! そうですか!?」
男性読者は女主人公に感情移入しにくいというのが定説なのに。僕は驚いて大きな声を出してしまった。
その主人公は、研究者夫婦の娘として生まれた。両親は『異世界』を研究し、そこへの転移の装置を完成させようとしていた。
そこへこの現実世界に絶望し、異世界への憧れを募らせた男が現れ、主人公の両親を殺し、『異世界転移』の装置を奪って異世界へ逃走した。
主人公は、両親の仇を討つべく、自ら両親の残した不完全な道具で命を断ち、異世界に転生する。
そして、両親のもと必死で勉強してきた科学の知識と魔法学を組み合わせ、その世界の人が見たことがない魔法を産み出していく。
「単純に話が面白いかなと思った。男主人公のは、どこに向かうかよくわからないしな」
男主人公は冷血な殺し屋だった。長い生涯のなか数えきれないほどの人を殺し、その報いを受けて地獄―――という名の異世界に転生させられる。
そこに落とされた人は地獄を見る。そんな過酷な環境のなかで、男に改心を求める神と、良心などはなから持ち合わせていないため改心もわからず、様々な『殺す』スキルを駆使して、淡々とモンスターを殺し、ただただ生き抜く男。
たしかに、主人公の目的は明確じゃない。
「まぁ、実際に書いたものを見ないと何とも言えないな。
特に女主人公のものは、科学知識をどれだけ入れられるか、魔法理論と科学をどううまく組み合わせられるかで面白さが全然かわってくるだろう」
「………………」
たしかに、正直、プロットは切ったものの、女主人公のものは書けるかどうかわからないと思ってはいた。しかし………
「―――――お前も読むか、土方」
突然、鈴鹿先輩が僕の後ろに向けて声をかけて、びっくりした。
振り向いたらいつの間にか、空手着に着替えた土方理宇がたっていた。ウエストに締めるのは、眩しいほど黒い帯。
「何ですか、それは?」
「尾嶋が書いた、小説のプロット」
いや、まってモデルに読まれるのはちょっとっ、と、慌ててノートを取り戻そうとしたが、時すでに遅し。
長い腕でノートをすいっと受け取った土方理宇は、僕の目の前でプロットを読み始める……
なにこの羞恥プレイ。
冷や汗をかいていると、土方は、あっさりと読み終わって、ぱたん、とノートを閉じた。
「どうだった?」鈴鹿先輩が余計なことを聞く。
「不勉強でよくわからないですが、いちから話を生み出すのはすごいですね。私はそういったことはできないので、感心します」
…………おおう。
なにこの、オブラートにくるんだ超絶最低評価。はっきり、面白くなかったと言ってくれたほうが、まだましだった。。。。
「あ、あのぉ…」
同学年のはずだが、つい敬語になってしまう相手。だが、聞かざるを得ない。
「どのあたりが、気に入らなかったんですか?」
そう、にらみつけながら聞くと。
僕に対してノートを返しながら、どうでもいいことのように、土方は言った。
「キミ、ファンタジー嫌いだろ」
◇ ◇ ◇
「……というわけで、うわさの転校生、サイアクだったよ……」
翌日、道場前で起きたできごとをぶつぶつと語っていると、真織がずいぶんおかしそうに笑う。
「男装女子だったんだ?」
「やさ男にしか見えなかったけどね」
昨日僕は腹が立ってさっさと帰ってしまったのだけど、助けてくれた人物は、ひじかた、と呼ばれていた。
唯一気軽に話ができる文芸部の顧問の先生に聞いて、うわさの男装女子の転校生の名前が『土方理宇』だということを聞いた。
体に傷があるので肌を出さず、男子の制服で通っているとのこと。サッカー部に入ったが、ユニフォームだと手足が出てしまうので基本的には補欠だろう。水泳の授業は出ずに、かわりに炎天下、延々外を走っているのだという。
ということは、道場の練習に遅れてきたのも、部活の練習後に来たからなのか?
全校一の有名人の鈴鹿の道場に入ったから、警戒してる女子も多いみたいだよ、と、顧問の先生はわらった。
「でも、その子、稲穂ちゃんの道場に入るんだね。小説のいいモデルになるんじゃない?」
「主人公の、いけすかない強敵ライバルとかのモデルにはなるかな。。。」
真織が鈴を転がすようにかわいい声で笑った。
「いいじゃない。ねぇ、新連載のプロット持って、合宿いかない?」
「合宿?」
僕は首をかしげた。「参加するの? あの変な合宿」
僕たちが所属している文芸部には別に合宿なんてない。ただ、今年の1年生にプロ志向の子が多くて、
「せっかく仲間がいて切磋琢磨するんだから、作品やプロットを読みあって意見を言い合ったりしたい!」
と言って、1年生中心に、自由参加の合宿が行われることになったのだ。
僕は当然スルーするつもりでいたけど。
「だって……私、締め切りないと書けないもの」
「それは知ってるけど…」
真織は、年3回こっきりの文芸部の部誌を出すタイミングにだけ、間に合わせて小説を書く。
精神世界を反映したような荒廃した世界観で、いつも救いがない。僕はそれが好きだ。
そもそも小説を書きたいわけではなくて、頭のなかにあるものをたまに出してスッキリしたくて書くのだという。
「大丈夫? 泊まれるの?」
「泊まらないよ? 合宿場所まで往復する。小説を書いて持っていって、読んでもらうかはその時のノリしだい」
「じゃ、僕もいくけど泊まらない」
「ねぇ。今度こそ異世界もの書いてみてくれない? 小説は完成してなくても、プロットでいいんだから。いろいろな意見を聞いたら稲穂ちゃんのイメージも広がるよ、きっと」
「…………善処します」
そう呟いたとき、ふっと、再び、あのいけすかない男装女子を思い出した。
(……くやしいけど、いい雰囲気してるんだよなぁ……あの女……)
今まで僕は周りの人間をモデルにして物語をつむぐことも多かったのだけど、それだけに話は身近なテイストになりがちで。一方で、ファンタジーの世界に出すキャラのモデルにできるような人間は思いつかなかった。
しいていえば、やはり鈴鹿先輩ぐらい。
彼をモデルにして描けば、少年マンガと青年マンガの間の、まっすぐ系の主人公になるだろうと思って、やってみたこともある。
でも、何故か、話がガチガチに固まって、キャラが動き出さないで、筆がすぐに止まってしまう。もちろん、僕の腕が未熟だからだろうが。結局、あきらめた。
一方、土方理宇という人物のトガリ具合、そして情報量の多さ、そして妙に影のある雰囲気。素材としては、確かに食指が動く。
恐竜のような大きさのモンスターたちが闊歩する荒野を、身の丈ちかくになりそうな大剣を背負って歩いていても、しっくりきそうな気がした。あくまで僕の頭のなかでなんだけど。
◇ ◇ ◇
10日後。夏休み初日。
「――――そういうわけで、この前もぼこぼこにされた可哀想な後輩へのおわびだと思ってプロット見ていただけますか?」
僕は道着姿にきがえるやいなや、鈴鹿先輩にノートに書き散らしたプロットを突き出していた。
「ずいぶん今日は積極的だな」
「ほかの人たちがくる前に、と思いまして」
道場のほかの女子に、鈴鹿先輩と一対一で話しているところなんて見られたら、鈴鹿ファンに、リアルな意味で袋叩きにされかねない。
受け取って、鈴鹿先輩はノートをパラパラとめくった。
書いたプロットは2本。男主人公と女主人公。両方とも転生もののハイファンタジー。
結局、両方とも土方理宇をモデルにすることになった。それだけ、彼女の印象が強すぎて。
「……最終的なものを読まないとわからないが、たぶん、悪くはないんじゃないか?
しいていえば、女主人公のもののほうが面白そうかな……」
「! そうですか!?」
男性読者は女主人公に感情移入しにくいというのが定説なのに。僕は驚いて大きな声を出してしまった。
その主人公は、研究者夫婦の娘として生まれた。両親は『異世界』を研究し、そこへの転移の装置を完成させようとしていた。
そこへこの現実世界に絶望し、異世界への憧れを募らせた男が現れ、主人公の両親を殺し、『異世界転移』の装置を奪って異世界へ逃走した。
主人公は、両親の仇を討つべく、自ら両親の残した不完全な道具で命を断ち、異世界に転生する。
そして、両親のもと必死で勉強してきた科学の知識と魔法学を組み合わせ、その世界の人が見たことがない魔法を産み出していく。
「単純に話が面白いかなと思った。男主人公のは、どこに向かうかよくわからないしな」
男主人公は冷血な殺し屋だった。長い生涯のなか数えきれないほどの人を殺し、その報いを受けて地獄―――という名の異世界に転生させられる。
そこに落とされた人は地獄を見る。そんな過酷な環境のなかで、男に改心を求める神と、良心などはなから持ち合わせていないため改心もわからず、様々な『殺す』スキルを駆使して、淡々とモンスターを殺し、ただただ生き抜く男。
たしかに、主人公の目的は明確じゃない。
「まぁ、実際に書いたものを見ないと何とも言えないな。
特に女主人公のものは、科学知識をどれだけ入れられるか、魔法理論と科学をどううまく組み合わせられるかで面白さが全然かわってくるだろう」
「………………」
たしかに、正直、プロットは切ったものの、女主人公のものは書けるかどうかわからないと思ってはいた。しかし………
「―――――お前も読むか、土方」
突然、鈴鹿先輩が僕の後ろに向けて声をかけて、びっくりした。
振り向いたらいつの間にか、空手着に着替えた土方理宇がたっていた。ウエストに締めるのは、眩しいほど黒い帯。
「何ですか、それは?」
「尾嶋が書いた、小説のプロット」
いや、まってモデルに読まれるのはちょっとっ、と、慌ててノートを取り戻そうとしたが、時すでに遅し。
長い腕でノートをすいっと受け取った土方理宇は、僕の目の前でプロットを読み始める……
なにこの羞恥プレイ。
冷や汗をかいていると、土方は、あっさりと読み終わって、ぱたん、とノートを閉じた。
「どうだった?」鈴鹿先輩が余計なことを聞く。
「不勉強でよくわからないですが、いちから話を生み出すのはすごいですね。私はそういったことはできないので、感心します」
…………おおう。
なにこの、オブラートにくるんだ超絶最低評価。はっきり、面白くなかったと言ってくれたほうが、まだましだった。。。。
「あ、あのぉ…」
同学年のはずだが、つい敬語になってしまう相手。だが、聞かざるを得ない。
「どのあたりが、気に入らなかったんですか?」
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