異世界ものが書けなくて
(7)ヒーローが無愛想とかマンガの中の話じゃないの?
◇ ◇ ◇
次の道場練習の日。その日、僕はひとりで道場を出た。
いつもなら、他にも一緒に帰る女の子たちがいるのだけど、今日はなぜかみんな残ると言い出したせいだ。
どうやら新たに道場に黒帯の人が入るらしく、この練習後に、道場長と鈴鹿先輩がその人を迎えるのだという。
なぜ道場の練習時間に来ないのか僕はよくわからなかったが、もしかしたら社会人で、仕事終わりに来るつもりなのかもしれない。
(一体どういう人なんだろう?)
緑帯の僕には、黒帯は果てしなく遠くて、そこまでの道も想像がつかない。
歩きながら、屈強な大男を想像して、僕はひとり怖くなった。
今はやっていないけれど、道場では以前、一般の練習の後に『プロ練』という時間を設けていたそうだ。
黒帯なら、僕らと直接当たらず、そちらになるんじゃないか……とうっすら期待したけれど、それも期待でしかない。
やっぱり、怖い。当たりたくはない。
帰り道。
時間はそこそこ遅いけれど、季節が季節なので、日はまだ落ち切っていない。
(…………はやく帰ろ……)
そう、僕は速足になろうとしたのだけど、その足を止めざるを得ないものを、目にしてしまった。
「やぁ。尾嶋」
「………なんでここに」
軽薄に笑っているのは、ついこの間、真織に絡んできた理系男子だ。
同じ中学出身なので、当然僕のことも知っている。
「ちょっと頼みがあるんだけど」
僕は踵を返し道場へ走ろうとしたが、その僕の行く手をふさぐように、彼の仲間の男子たちが回り込んだ。帰宅部連中のはずなのに、空手をやっている僕よりも速く。
理由は明白。みんな、僕よりも身長が15センチから20センチぐらい、高い。
一歩の長さが、全然違う。
(…………ほんと、これだから、男子嫌い!)
「逃げるなよー。何もしないからぁ。
ただ、水崎のこと呼び出してほしいだけ」
「バカじゃないの?
もう家に帰って、今頃真織、ごはん食べてる。
真織のおかあさんがどんなに怖いか知ってるでしょ? 門限もめちゃくちゃ厳しいし。
一回家に帰って、抜け出せるわけなんてない」
「んー。でももう、高校生なんだしさぁ。
親ぐらい説得できるでしょうし、親友の尾嶋のためなら、抜け出したりだってできるだろ?
尾嶋っていつもそう。過保護に邪魔してくるよなー」
「………怒られるのは真織なんだよ?
なんで好きな相手に、そんなリスク押し付けられるの。
そんなん『好き』って言わないよ」
言葉が多くなってしまうのは怖いから。怖くて、整理できないから。
自分より大きな人間たちに周りを囲まれて、暗くて、怖い。
蹴り? 突き?
自分より明らかに頑丈な人間相手に?
「そう。
まぁいいや、尾嶋が帰るのが遅くなるだけだし――――」
6人だ。6人の男子に包囲されてる。
ガタガタと、僕のひざが笑い始めたのを見て、周りの男子は「いや、何もしないからー」とか笑ってる。もうしてる。
空手やってるくせにとか笑ってくる。空手やってるからだよ。空手やってるから、男女の差の恐ろしさを痛感してるんだよ。
「帰らせないだけだよー。
遅い時間になればなるほど、水崎も酷く怒られるでしょ?
さぁ、早くさぁ……」
ああ、もう。真織―――――――――
「だから邪魔だって」
再び聞き覚えがある声がした―――――――と、思ったら、「うわぁぁ!?」首謀者の彼が首ねっこをまたつかまれて、引きずり倒された。
(なになに!?)
ものすごくデジャヴな状況であるにもかかわらず、いったい何が起きたのか、一瞬僕はわからなかった。
そして、目が合った。
首謀者の彼の代わりにそこに立っていた、細身の男子と。
「―――――あ………の……?」
うちの学校の男子の夏制服の上に、黒い長袖カーディガン。このまえ助けてくれたばかりの男子が、スポーツバッグ型の指定カバンを斜めがけにして立っている。
かれは、僕よりは確実に10センチ以上高いものの、周りの男子と比べてそんなに背が高いわけじゃない。
だけど、顔が小さくて、めちゃくちゃ手足が長い。
俳優とかアイドルというより、モデルみたいなしゅっとした顔立ちで、アメジスト色の瞳が、薄闇の中でキラリと光った。
「ひ、ひじかたさん!?」
周りの男子が、さん付けで呼んだ。
一番背が高いその男子の喉元に、黒いカーディガン男の、『足』が突きつけられた。
ものすごくきれいな形の足刀を、人の喉元という高さに。ぴたりと、刃を突きつけるみたいに。
鈴鹿さんでもこんな蹴りができるかどうか、というぐらいのその足刀に、僕はただ、見とれた。
「――――――喧嘩したいのか?」
中性的な声。声変わり前の男ともとれるけど、女の低い声ともとれる。
「い、いやだなぁ、ひじかたさんとけんかなんて、命知らずなこと……」
「邪魔」
「はいっ!!」
立っている男子たちは敬礼かという勢いで、道の左右に寄って、開けた。ふいっ、と、黒カーディガンは突きつけていた蹴り足を下ろした。モーゼが割った海のように左右に別れた男子たちの間を、すたすた、歩いていく。
ただ一人、黒いカーディガン男の背中をにらみつけている奴がいる。真織に告白し付きまとっている男子だ。
「なんだよ、女のくせに……」
彼は、つぶやきながら立ち上がると、止める間もなく僕の目の前を通り過ぎ、黒い背中に飛び蹴りを――――――
「っ!………あ!、がぁ…………」
後ろも見ないまま、飛び蹴りをひょいとかわした黒カーディガン男は、付きまとい男子がかわされ着地した瞬間、彼の腹に強烈な肘うち。
さらに顔面に裏拳入れたのち、そのまま同じ手で鉄槌打ちで金的?(死角で見えなかった)
そうして、付きまとい男子は、がっくりと崩れ落ちて地面で丸まった。
「くせに、っていう相手に後ろから飛び蹴りとは、ずいぶん男らしいな」
さげすむような一瞥とともに吐いたその言葉。
低い声だけど、確かに、女のものとも思える声だった。
とても速足の彼――――――いや、彼女?――――はもうだいぶ前のほうにいる。
僕は、たっ、と駆け出して、どうにかその黒い背中に、追いつく。男?女?どっちだろう?
「………あの!」
お礼を言わなきゃ。そう思って一生懸命追いついたのに、『ひじかた』こと黒カーディガンはすたすたすたすたと先に行ってしまう。
再び僕は追った。
「あの! すみ、ません! ありがとうございます!」
走りながら何度も声をかけた。
「この! 間も! 助けて! くれましたよね!」
ようやく、黒カーディガンが、僕をちらりと視界に入れた。
「――――――――忘れた」
僕はずっこけた。
そのときにはもうだいぶ、自分が来たばかりの道を戻っていてしまった。
それもそのはず、黒カーディガンの人物は、僕が出てきたところを目的地にしていたのらしい。
「失礼します」と言って、彼が入っていったのは、僕がついさっき出てきたばかりの道場だった。
◇ ◇ ◇
次の道場練習の日。その日、僕はひとりで道場を出た。
いつもなら、他にも一緒に帰る女の子たちがいるのだけど、今日はなぜかみんな残ると言い出したせいだ。
どうやら新たに道場に黒帯の人が入るらしく、この練習後に、道場長と鈴鹿先輩がその人を迎えるのだという。
なぜ道場の練習時間に来ないのか僕はよくわからなかったが、もしかしたら社会人で、仕事終わりに来るつもりなのかもしれない。
(一体どういう人なんだろう?)
緑帯の僕には、黒帯は果てしなく遠くて、そこまでの道も想像がつかない。
歩きながら、屈強な大男を想像して、僕はひとり怖くなった。
今はやっていないけれど、道場では以前、一般の練習の後に『プロ練』という時間を設けていたそうだ。
黒帯なら、僕らと直接当たらず、そちらになるんじゃないか……とうっすら期待したけれど、それも期待でしかない。
やっぱり、怖い。当たりたくはない。
帰り道。
時間はそこそこ遅いけれど、季節が季節なので、日はまだ落ち切っていない。
(…………はやく帰ろ……)
そう、僕は速足になろうとしたのだけど、その足を止めざるを得ないものを、目にしてしまった。
「やぁ。尾嶋」
「………なんでここに」
軽薄に笑っているのは、ついこの間、真織に絡んできた理系男子だ。
同じ中学出身なので、当然僕のことも知っている。
「ちょっと頼みがあるんだけど」
僕は踵を返し道場へ走ろうとしたが、その僕の行く手をふさぐように、彼の仲間の男子たちが回り込んだ。帰宅部連中のはずなのに、空手をやっている僕よりも速く。
理由は明白。みんな、僕よりも身長が15センチから20センチぐらい、高い。
一歩の長さが、全然違う。
(…………ほんと、これだから、男子嫌い!)
「逃げるなよー。何もしないからぁ。
ただ、水崎のこと呼び出してほしいだけ」
「バカじゃないの?
もう家に帰って、今頃真織、ごはん食べてる。
真織のおかあさんがどんなに怖いか知ってるでしょ? 門限もめちゃくちゃ厳しいし。
一回家に帰って、抜け出せるわけなんてない」
「んー。でももう、高校生なんだしさぁ。
親ぐらい説得できるでしょうし、親友の尾嶋のためなら、抜け出したりだってできるだろ?
尾嶋っていつもそう。過保護に邪魔してくるよなー」
「………怒られるのは真織なんだよ?
なんで好きな相手に、そんなリスク押し付けられるの。
そんなん『好き』って言わないよ」
言葉が多くなってしまうのは怖いから。怖くて、整理できないから。
自分より大きな人間たちに周りを囲まれて、暗くて、怖い。
蹴り? 突き?
自分より明らかに頑丈な人間相手に?
「そう。
まぁいいや、尾嶋が帰るのが遅くなるだけだし――――」
6人だ。6人の男子に包囲されてる。
ガタガタと、僕のひざが笑い始めたのを見て、周りの男子は「いや、何もしないからー」とか笑ってる。もうしてる。
空手やってるくせにとか笑ってくる。空手やってるからだよ。空手やってるから、男女の差の恐ろしさを痛感してるんだよ。
「帰らせないだけだよー。
遅い時間になればなるほど、水崎も酷く怒られるでしょ?
さぁ、早くさぁ……」
ああ、もう。真織―――――――――
「だから邪魔だって」
再び聞き覚えがある声がした―――――――と、思ったら、「うわぁぁ!?」首謀者の彼が首ねっこをまたつかまれて、引きずり倒された。
(なになに!?)
ものすごくデジャヴな状況であるにもかかわらず、いったい何が起きたのか、一瞬僕はわからなかった。
そして、目が合った。
首謀者の彼の代わりにそこに立っていた、細身の男子と。
「―――――あ………の……?」
うちの学校の男子の夏制服の上に、黒い長袖カーディガン。このまえ助けてくれたばかりの男子が、スポーツバッグ型の指定カバンを斜めがけにして立っている。
かれは、僕よりは確実に10センチ以上高いものの、周りの男子と比べてそんなに背が高いわけじゃない。
だけど、顔が小さくて、めちゃくちゃ手足が長い。
俳優とかアイドルというより、モデルみたいなしゅっとした顔立ちで、アメジスト色の瞳が、薄闇の中でキラリと光った。
「ひ、ひじかたさん!?」
周りの男子が、さん付けで呼んだ。
一番背が高いその男子の喉元に、黒いカーディガン男の、『足』が突きつけられた。
ものすごくきれいな形の足刀を、人の喉元という高さに。ぴたりと、刃を突きつけるみたいに。
鈴鹿さんでもこんな蹴りができるかどうか、というぐらいのその足刀に、僕はただ、見とれた。
「――――――喧嘩したいのか?」
中性的な声。声変わり前の男ともとれるけど、女の低い声ともとれる。
「い、いやだなぁ、ひじかたさんとけんかなんて、命知らずなこと……」
「邪魔」
「はいっ!!」
立っている男子たちは敬礼かという勢いで、道の左右に寄って、開けた。ふいっ、と、黒カーディガンは突きつけていた蹴り足を下ろした。モーゼが割った海のように左右に別れた男子たちの間を、すたすた、歩いていく。
ただ一人、黒いカーディガン男の背中をにらみつけている奴がいる。真織に告白し付きまとっている男子だ。
「なんだよ、女のくせに……」
彼は、つぶやきながら立ち上がると、止める間もなく僕の目の前を通り過ぎ、黒い背中に飛び蹴りを――――――
「っ!………あ!、がぁ…………」
後ろも見ないまま、飛び蹴りをひょいとかわした黒カーディガン男は、付きまとい男子がかわされ着地した瞬間、彼の腹に強烈な肘うち。
さらに顔面に裏拳入れたのち、そのまま同じ手で鉄槌打ちで金的?(死角で見えなかった)
そうして、付きまとい男子は、がっくりと崩れ落ちて地面で丸まった。
「くせに、っていう相手に後ろから飛び蹴りとは、ずいぶん男らしいな」
さげすむような一瞥とともに吐いたその言葉。
低い声だけど、確かに、女のものとも思える声だった。
とても速足の彼――――――いや、彼女?――――はもうだいぶ前のほうにいる。
僕は、たっ、と駆け出して、どうにかその黒い背中に、追いつく。男?女?どっちだろう?
「………あの!」
お礼を言わなきゃ。そう思って一生懸命追いついたのに、『ひじかた』こと黒カーディガンはすたすたすたすたと先に行ってしまう。
再び僕は追った。
「あの! すみ、ません! ありがとうございます!」
走りながら何度も声をかけた。
「この! 間も! 助けて! くれましたよね!」
ようやく、黒カーディガンが、僕をちらりと視界に入れた。
「――――――――忘れた」
僕はずっこけた。
そのときにはもうだいぶ、自分が来たばかりの道を戻っていてしまった。
それもそのはず、黒カーディガンの人物は、僕が出てきたところを目的地にしていたのらしい。
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◇ ◇ ◇
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