***

9

「だ〜か〜らァ〜…俺ァ〜……!」
「ハイハイ、分かったから水どうぞ」

なぜ今度は立場が逆になっているのか。
僕が御堂さんの介護をしている。

どうやらお酒に強い御堂さんは、酔いが自分のキャパシティを超えると愚痴っぽくなるタイプの酒癖らしい。
缶を一気に空けた後、さらにお酒を摂取し続け3時間、ずっと話し続けている。

「仕事ァなんて〜…言われたこたァ淡々と…ヒックこなしてればァいいんすよ!」
「そうですね」
「丹羽さ〜!ん!はァ仕事楽しいっすか〜!……ってキレーなお姉さん居れば〜楽しいっすよねェ〜……」
「ハァ…綺麗なお姉さんって酒井さんの事ですか………」

絡み酒、と言うのだろうか。僕が何を言っても酔っている御堂さんとは会話にならないので相槌を打っておく。

「ねェ〜〜丹羽さん名前ェ〜!なんて言うんすかァ!」
「酔っ払いに教える名前なんてありません」

別に自分は教えようと教えまいとどちらでも良かった。ただ適当に流しただけだ。

「え〜ッ、名前で呼んでいいっすか〜ァ!」
「………」
「ねェ〜〜丹羽さん〜!」

またコロッと話題が変わるだろうと思っていたのだが、思っていたよりも名前が気になるようだ。
僕はため息をひとつついてから名前を教えてあげた。

「環状線の環に季節の季でタマキです。明日にはどうせ忘れてそうですけど」
「たまきくんっすね〜!覚えたっす〜!」

いつも思うが御堂さんの笑顔は可愛い。若いままの笑顔という感じなのだ。
大人特有の疲れを感じさせない。

「そういえば御堂さんはみことでしたよね」
「そうだよ〜!尊いって書いてみこと!」

この時初めて漢字を知った。いつも平仮名だったから。

「どうしていつもひらg……」
「みこちゃん!ってェ呼んでいいっすよ〜!」

だめだこの酔っ払い。

「絶対呼びません」


***

翌朝

「ん〜…」
「あ!おはようございます!丹羽さん!」

知らないうちに寝てしまっていたようで、もう朝だった。
目の前には、僕の毛布を剥がし、完全に酔いの冷めた御堂さんがいた。

「もう少し寝かせてください」

せっかくの休みなのだからもう少し寝ていたい。御堂さんに剥がされた毛布をもう一度奪い取り布団に丸まる。

「むぅ……」

何やら御堂さんの不満そうな声が聞こえる。
いい歳して子供みたいな所がある。

ガタガタ……ゴソゴソ……

「………」

ゴソゴソ……

布団越しでも分かる、御堂さんが部屋を物色している音。
無視していたが物音がとても気になる。

「何してるんですか御堂さん」

痺れを切らして僕は布団から顔を出して声をかける。

「丹羽さんが寝ちゃうので部屋の掃除を!」
「余計なことしないでくださいッ!!」
「うっす……」

御堂という男は露骨にしょんぼりする。
僕はこの男のこの表情にとても弱い。
自分が悪いことをしている気分になる。

「っ〜〜〜…!」

バッ

「御堂さんどうせ暇なんでしょう!寒いからさっさと入ってください!」

僕は自分が丸まっていた毛布を広げ御堂さんが入れるスペースを開けた。
すると御堂さんはしょんぼりしていた表情から一転、ぱぁっと笑顔になりモゾモゾと潜り込んできた。

「あったかいっす〜あざぁっす〜」
僕の隣で猫のように丸くなってモゾモゾしている。
本当にこの男は僕よりも歳上なのだろうか。

「…みこちゃん………」

なんとなく昨日御堂さんが言っていたことを思い出した。
お世辞にも若くないおっさんに「みこちゃん」は無いだろうと思っていたが…
たまに不本意ながら可愛い時はある。

「みこちゃ〜ん」
御堂さんは僕のお腹辺りで猫のように丸まっている。
僕は猫をあやす時のように頭をひたすら撫で回した。

この時の丹羽は、「みこちゃん」の顔が耳まで真っ赤になっていた事を知る由もなかった。

コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品