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仕事帰りにたまたま寄り道したネットカフェ。
毎日職場と家を往復して寝て起きてまた仕事をするだけの毎日。
家に帰って玄関を開けた時の籠った空気も嫌いだった。

「いらっしゃいませ」

扉を開けると髪をぴしっとしたまとめた若い女性スタッフが立っている。

「会員証お持ちでしたらご提示ください」

もっと緩い感じだと思ってた。
結構しっかりしてるんだなあ、と意外に思いながら何年も前に作った会員証を渡す。

「当店初めてのようですが、店内ご案内致しますか?」
「大丈夫っす」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」

案内されるのが嫌なわけではないが、仕事とは言えしっかりしすぎている女の人は苦手だ。

適当にドリンクバーとトイレ、喫煙所の位置を確認して指定された部屋に入る。
この当時は部屋で紙煙草を吸っても平気だった。
吸えなくなるのはもう少し後の話。

「ふぅ…」

家に帰ってもやることはスマホでゲームをするくらい。
だったらネカフェにいても変わらない。
むしろ高性能のWi-Fiもパソコンも置いてあるし家より環境がいい。
最近ハマっているのはVegetable Knight Collection。

美少女もイケメンもたくさんいるゲーム。
俺も10年くらい前まではこういう系統のものをオタクだと毛嫌いしていた。
でもそれも今では唯一の楽しみだ。
人はいつどこで変わるか分からない。

***

10年前、一緒にバカ騒ぎしていた親友と急に連絡が取れなくなった。
俺が中校生の時にグレてから20年近くずっと一緒にやんちゃしていた2つ年上の男だ。

中校生の俺は、周りに馴染めないならいっそ浮いてしまえと思っていた。
かといって不良集団の一人になっても結局馴染めない。
だから、グレた後もずっと一匹狼だった。

そんな時、校内でも飛びぬけて浮いている2つ上の先輩に喧嘩を売られた。
その人は群れを作らない一匹狼だと噂だった。
1対1にも関わらず、当然、俺が勝てるわけもなく。

「弱すぎ」

ゴミを見るような目で一言だけ吐き捨てて先輩は去っていった。

あぁ…あそこまで極めてやっと一匹狼なんだ。

当時中1の俺はどこにも居場所がない事に気が付いてしまった。
馴染めないからグレても中途半端に浮くだけだ。
だったら今のうちに浮かない程度に無難な友達を作っておくべきだ。

「つまんねえ」

次の日、登校すると俺と先輩の喧嘩が噂になっていた。

「御堂、あの須藤先輩と喧嘩したんだって」
「結局ボロ負けだったんでしょ、当然っちゃ当然」

今まで話したことも無く、俺に興味を示さなかった奴らも俺の話をしている。
ものすごく居心地が悪かった。

「あの須藤先輩が喧嘩を売った人ってこれで二人目?」
「校内では喧嘩しない事に定評あるもんね」
「一人目は今の須藤先輩の相方だよね、名前なんて言ったっけ」

しらな~いと女子たちが話している。
あんなに強くていかにも喧嘩が好きそうな人が俺で二人目?
嘘だろ。

「っていうか須藤先輩って今の相方さんと喧嘩してたんだ、校内でも仲良さそうじゃん」
「私も噂でしか聞いてないけどね」
「マジでミカちゃんそういうの詳しすぎ~!」

キィキィと黄色い声で笑う。
うるさい。

教室で真面目に座っているのも嫌だったので立ち上がり校内を徘徊する。
今時、屋上なんて開いていない。
薄暗い階段を見つけて3階のさらに上、屋上の直前まで上る。

ここで寝て時間でも潰そう。

***

「痛ってぇ……」

尋常じゃない鈍痛が全身に走り、目が覚める。

「邪魔なんだよ、俺の通り道で寝るな」

階段の上には昨日俺が喧嘩で負けた須藤先輩がいた。
そうか、俺は階段から落とされたんだ。

「っ…」
「昨日も思ったけどもっと面白い反応しろよ、つまんねえな」

つまらないってなんだよ、俺は階段から落とされて頭がガンガンするし全身は痛いんだぞ。
いきなり敵意むき出しにできるほどの勇気はない。
でも本人にも噂でもボロクソ言われるくらいなら反論してやらあ。
どうせ笑われるなら意気がって笑われても一緒だ。
痛い全身をかばいながらゆっくり立つ。

「須藤って言うんでしたっけ?昨日も今日もいきなり何するんすか」
「おっ、ポンコツな子鹿ちゃんでも俺の名前くらいは知ってたんだ」

相当バカにされているのは分かるが、言い合いでも勝てない気がする。

「昨日の件、俺のクラスでも相当な噂だったんで」
「お前が手も足も出せず、されるがままに負けたって言われるだけの噂な」
「そ…」

そんなことないと言いたかったが事実だ。

「新入生に浮いてるやつがいるって聞いたからもうちょっと面白いやつだと思ったんだけどよ」
「それは期待外れっすね」

俺から須藤に言いたいことは何も思いつかなかったので相槌で精一杯だった。
質問とか聞きたい事はあるんだと思う。
でも頭が真っ白だ。

階段の一番上にいた須藤が一番下にいる俺に向かって階段を下りてくる。
そして俺の前で止まると頬を思い切り殴られた。
いや、昨日に比べたら半分くらいかもしれない。

「痛っった……いきなりひどいっすねッ!」

反撃のつもりで出した右手はあっけなく止められた。

「今日は反撃する元気あるんだ、そっちの方が面白いぜ」

パッと右手を押し返され、ふらついた隙に今度はみぞおちに膝蹴りを喰らう。

「うがっ…」

みぞおちは反則だろっ…!

「ただ殴って蹴ればいいだけじゃない、力が弱くても勝てる方法はある」

それだけ言うとまた階段を上り屋上の扉を壊した。

「俺が喧嘩を売ったのは一人目が名桐で二人目がお前だ。その噂に間違いはねえよ」

俺に背を向けたままそういうと須藤は屋上へと消えた。

***

そのあと結局、俺は須藤の後を追って屋上に行った。
屋上で少し殴り合いをしたが最終的に勝手にしろと言われ、勝手に須藤の後ろを歩くようになった。

俺はただ、須藤が俺に喧嘩を売った理由を知りたかった。
誰に見向きもされなかった俺が、どうしてこんなに強くて理想の一匹狼に目を付けられたのか。

変わるなら今しかない。

今更後に引いてもどうせ不登校になって引きこもりになる未来しか見えない。
だったらちょっとだけ背伸びをしてみようと思った。

喧嘩も教えてもらって自衛はできるようになった。
捕まらない程度にギリギリの事をやったり、バイクを乗り回したり、売られた喧嘩は全部買った。

赤信号は二人で渡れば怖くなかった。

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