猪口才な男

西本雄治

猪口才な男 #6


 二日後の夜。
「やぁやぁ、お久しぶりでございますなぁ」
 長介はお千代を連れて、本所・北森下町にある御家人・佐野権之助の屋敷を訪ねた。
 与之吉に調べてもらった合言葉を使って賭場に入り、この賭場を仕切る団子鼻の男、これも与之吉の調べによると、名を仙蔵せんぞうというらしい……のもとへ向かい、愛想よく声をかけた。
 仙蔵が弾かれたようにして立ち上がり、長介のことを睨む。
「てめぇはあの時の!」
「はいはい。先日は失礼いたしました」
 深々と頭を下げる。
「ふざけんじゃね! 覚悟しやがれ!」
 仙蔵が怒鳴ると、それを聞きつけた浪人たちが駆けつけてきて、取り囲まれた。賭場は物々しい雰囲気となり、遊びに来ていた客たちがざわつく。後ろに隠れるようにして立っていたお千代も、不安げな表情をして、長介の腕に抱きつくようにして袖をつかむ。密着して、長介は少しばかり照れくさいような気分になった。
「まぁまぁ、そう熱くなりなさんな。今日は借りた金を返しに来たんでぇ、勘弁くださいな」
「何? 金を返すと?」
「へぇへぇ」
 長介がうなずくと、仙蔵はいぶかしむような顔になった。
「本当に返すってんなら、見逃してやるよ。ほれ、金を出しな」
「それじゃ……」
 長介は懐から五両取り出して、それを仙蔵へ渡した。仙蔵が目を白黒させる。
「なんだ! 全然足りないじゃねぇか! ふざけてんのか!? えぇ!?」
「ふざけてなんかおりませんとも。ここは賭場でござんしょ?」
「だからなんだ?」
「ですから、おらと勝負してほしいと思いましてね」
 低姿勢で、にこにこと笑って言う。仙蔵は眉をひそめた。
「つまりなんだ。博打で勝って返すというのかい?」
「そういうことで」
 長介の返答に、仙蔵は鼻で笑った。
「負けたらどうするつもりだ?」
「その時は、お望み通りお千代を岡場所に入れてもらって構わねぇ。おらのことも、好きにしてくれていいよ」
 仙蔵が眉をひそめて長介のことを見る。怪しまれていることはわかったが、長介は臆することなく、視線もそらさずに仙蔵の目を見つめ返した。
「ふん。小生意気な野郎だ。いいだろう。勝負といこうじゃないか」
「さすが旦那。話がわかる」
 長介は五両分の駒札を受け取ると、壺振りの右手側に腰を下ろした。その隣に座ったお千代が、不安げな表情で袖を引っ張る。
「長介さん、やめたほうが……」
「大丈夫、大丈夫。お千代さんはゆっくり見ているといいよ」
 にこにこと笑って言うと、長介とは場を挟んで反対側に座った仙蔵へ目をやった。
「さぁ、始めましょうか。いかさまはなしでお願いしますよ」
「失礼なことを言うんじゃない。うちは、正々堂々が売りだ」
 仙蔵も笑みを浮かべて返す。
 そして仙蔵が進行役である中盆へ視線で合図を送ると、それにうなずいた中盆の指示で勝負が始まった。その様子を客たちが、かたずをのんで見守る。
「丁!」
 長介は声高々に叫び、全ての駒札を丁にかけた。それを見て仙蔵が笑う。
「おいおい。初めからいいのか? すぐに終わっちまうぜ」
「かまわねぇよ。何しろ五十両も稼がねぇといけねぇからな。ちびちびはやってられねぇ」
「ふん。大した度胸だ。それじゃ、俺は半だ!」
「勝負!」
 中盆の指示で、壺が開けられる。
「よし!」
 さいを見て、長介がこぶしを作って叫んだ。隣ではお千代も声を上げて喜んでいる。
 結果は、ピンゾロ(一、一)の丁だった。
 一方、仙蔵は面白くなさそうに鼻を鳴らし、
「まだ、勝負は始まったばかりだ」
 そう言って、床をぼんと叩いた。その様子をちらりと見て、長介はにやりと笑う。
「そうですとも、そうですとも。けど、次もおらが勝たせてもらうよ」
「ふん。その生意気な口が利けるのも今だけってもんだ。次は俺が決めるぞ。半! 次こそ半!」
 仙蔵が怒鳴るように言う。
 しかし、結果は丁で、またもや長介の勝ちだった。


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