猪口才な男

西本雄治

猪口才な男 #5


 その日の昼。屋台でそばを食べながら、長介はお千代のことを与之吉に話した。
「そいつは厄介なことに首を突っ込んだものだなぁ。まぁ、長介さんらしいが」
 与之吉が、そばをすすりながら笑った。
「自分でいうのもなんだが、おらもそう思うよ。けど、放っておくわけにもいかねぇし」
 昨晩の切羽詰った表情を思い浮かべる。あんな顔、もうさせたくはなかった。
「本当に長介さんらしいや。それで、相手はどこのもんかわかるかい?」
「確か……本所の佐野と言っていたかなぁ」
「本所の佐野!? そいつはよくねぇ」
 名を聞いた途端、与之吉の表情が曇った。
「与之吉さんは知ってんのか?」
「本所の佐野と言えば、御家人・佐野権之助ごんのすけのことよ。きたねぇ博打をしてやがる」
「きたねぇ?」
「“いかさま”博打だよ」
 与之吉が声を潜めて言った。それに長介は眉根を寄せる。
「それじゃ、お千代の親父さんも」
「かもにされたんだろうよ」
 それを聞いて、腹立たしい気分になった。驚くほど気持ちが波打つ。自分は思った以上に、お千代に同情しているらしかった。
「いかさまというのは、どういうもんなんだ。さいに細工でも?」
「そういうところもあるが、あそこはもっと単純さ。床下に潜んで、針でちょちょっと。俺も昔……」
 と言いかけて、与之吉は口を閉じた。そして誤魔化すように「へへっ」と笑う。
 どうやら与之吉は、博打に関わって入れ墨者になったらしい。
「それで、これからどうするつもりだい? 奴らは、絶対に見逃してくれねぇよ」
「だろうな……」
 そばをすすりながら考える。与之吉が見守る中、そばつゆまで綺麗に飲み干してから、一つうなずいた。
「お、何か思いついたようだね」
「はは、まぁな。けど、これには与之吉さんの力が必要だ。頼めるか」
「もちろんだよ。俺にできることなら、なんでもするよ。世話になっている長介さんのためだからね」
「別に世話なんかしてねぇが、ありがてぇ」
「それで、俺は何をしたら?」
 身を乗り出す与之吉に、長介は白い歯を見せて笑った。


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