猪口才な男

西本雄治

猪口才な男 #3


「申し訳ありません……」
「気にすることじゃねぇよ。きたねぇところだが、ゆっくりするといい」
 長介は女を連れて長屋へ帰った。自分のところへ連れて帰ることに、多少の迷いはあったが、女の行きそうなところには、先ほどの連中が先回りしているだろうし、だからといって放っておくわけにもいかない。顔が青白く、切羽詰っていて、今にも身投げでもしそうな雰囲気なのだ。
「さっきの連中は何者だ? 親父さんが金を借りているようだったが……」
「お恥ずかしい話ですが、父が博打で……」
 女は姿勢よく座って、目を伏せて言う。その姿が少しばかり色っぽくて、気恥ずかしいような気がした。直視できずに視線を逸らす。
「なるほど。それじゃ、さっきの連中は賭場のやくざもんか」
「はい……。本所の佐野様というお方の賭場を任されていると、言っておりました」
「本所の佐野ねぇ……」
 博打に全く興味のない長介なので、名を聞いても全くわからなかった。
「それで、その金を借りた親父さんは?」
「ひと月前にぽっくりと……。それで、私のところ」
 話は単純だが、かなり困った状況だ。父親が金を借りているのは間違いないらしい。証文もある。金を返さない限り、決して見逃してはくれないだろう。
「いくら借りてんだ?」
「利子を入れて五十両と……」
「そいつは大金だ……」
 長介ならば七、八年はらくらく暮らせる金額だ。
「何か、返す当てはあるのかい?」
「全く……。小料理屋で働いておりますが、四、五両ほどのたくわえしかありません……」
「それだけあれば、普通は十分だよ。おらなんて全くねぇ」
 言うと、長介は天井を見上げた。日焼けした天井板を見つめて考えたが、妙案は全く浮かばなかった。
「取りあえず、今日はここに泊まるといいよ。帰るのはあぶねぇ」
「申し訳ありません」
「困ったときはお互い様だ。……そういやぁ、まだ名乗ってなかったな。おらは長介ってんだ。よろしくな」
「お千代ちよと申します」
「そうか。お千代さんか。いい名だ」
 長介の言葉に、お千代が少しばかり恥ずかしそうに笑う。その笑顔に長介まで照れくさくなって、首の後ろを撫でて気を紛らわせた。


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