予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第2章17話「兆候」



特別保健室の中で、オレ、崇村柊也は再び目覚めた。


昨日の実技試験の時と言い、ここ最近オレは何度も気を失って、ここに運ばれているような気がするな。


「……案の定、鎖で繋がれているわけか」


今のオレの状態はと言うと、負傷した右腕に手錠のようなものがかけられていて、ベッドに繋がれている。


今更それを不愉快と思うことはない。鎖や縄などで繋がれたことなんて、過去には何度もあったし、これぐらいのことは別に何とも思わない。


ただ忌まわしき記憶だけが蘇るだけ。暗い、暗い地の底の、這いずり回る虫の記憶。


日の当たることなき場所にいた記憶は、思い返す度にオレの心臓を握りつぶすように圧迫する。気が付いたら、無意識に左手で自分の心臓のある場所を、皮膚が裂けるほど握りしめるほどに。


「どうも、どうもぉ!柊也さん、起きていますかぁ~?」


「帰ってください」


「条件反射で言うのやめてくれないかしらぁ!?」


ドアが勢いよく開かれたのと同時に、オレはそう言った。入ってきた人間が誰なのかすぐに把握したので。そんなオレに対してお約束のように彼女、時裂マリも返す。


「とりあえず、この手錠を外してくれないか。あまりいい気分じゃない」


普通は誰でも手錠に繋がれていれば誰だっていい気分はしないだろうが、今のオレは正直言って気分が悪い。多少は晴れたとは言え、精神安定のために神経をフルで使っている上に昔の事を思い出させるようなこの状況にイラついている。


「まぁまぁ。いきなり暴れられても困りますし、ちょっとだけ我慢してくださいねぇ。色々と聞かないといけないこともありますしぃ」


「……」


「ちなみに言っておきますが、貴方には拒否権はありませんのでぇ。事が事ですので、こっちとしても素直に、正直に答えてもらわないと困るんですよねぇ。これも仕事ということで協力してくださらないと――――――、わかりますね?」


ニヤリと。


不気味さを感じさせるその笑顔に、オレは少しばかり不快さを感じたが、この現状をさっさと抜け出すには彼女に協力するしかない。


それに、この女に反抗した所でオレには何の益もない。学園長との取引もあるし、ここで無駄に逆らってもしょうがない。逆らった所で何をされるかわかったものじゃない。相手は正真正銘、本物の魔女なのだから。


「わかった。ここはちゃんと答えることにする。……それで?オレは何をしゃべればいい?」


「それは私が質問しますので。それにお答えいただければいいのですよぉ。間違っても嘘は言わないでくださいねぇ?」


「わかっている。いちいち念押しするな」


……ちょくちょく癇に障るような女だ。こっちの神経をわざと逆撫でしてくるこの神経もかなり図太いが、この状況を愉しんでいるんじゃないだろうか?


とにかく、相手は魔女。下手に嘘を言っても通じない。真面目に答えるしかないだろう。


「では一つ。何で、あの時飛び出していったのですか?」


内容は至ってシンプル。恐らくオレが工藤をボコボコにした時の事を聞いているのだろう。


「……ヤツは、八重垣を殺そうとしていた。それだけだ」


あの時、工藤は八重垣と決闘をしていて、彼女を追い詰めていた。


決闘前に、オレの呪術と原科先輩の霊媒魔術による強化で、彼女の六心通を強化したとは言え、彼女と工藤との間にはかなり実力差がある。勝てないであろう勝負に挑んだ時点で、八重垣の勝算は低かった。それは共鳴顕現ユニゾンリンクで霊装体に変身しても同じ。


だが、工藤は決闘のルールを逸脱して、八重垣を殺そうとした。後先考えず、気が付けば感情に身を任せてしまう悪癖は、昔から何も変わっていない。


その悪癖が問題ではあるが、それ以上に彼女を殺そうとしたことが許せなかった。


「えー、本当ですかぁ?貴方、工藤さんの事も復讐対象として見ていたから、あのままだと、多分貴方工藤さんを撲殺していましたよ?まぁ、そうなる前に麻酔弾を撃ち込ませてもらいましたけど」


「あれはアンタの仕業か……。いい腕をしているよ」


「お褒めの言葉、ありがとうございます♡」


ぶりっ子みたいな仕草で言った。何か、ちょっとウザイ。


記憶が微妙に朧気だが、体が動かなくなった後、突然頭にブスリと刺さって、そのまま意識を失ったような気がする。まさかと思ったが麻酔だったようだ。薬品には耐性があるはずなのに、一瞬で意識を無くしてしまっていた。恐らく魔女の秘薬の一種なのだろう。


どうりで体がまだ少し痺れているわけだ。間違いなく医療用のものとかではない、特別性に違いない。


「まぁ、私のおかげで殺人事件にならずに済んだことはお礼を言ってもらいたいものですねぇ」


「殺すつもりはない。死ぬほど苦しんでもらいたかっただけだ」


「……普通に考えてあの状況が後数分続いたらマジで死にますからね?」


「それで死ぬのなら、アイツはそれまでの人間だったって事だ」


よくわからないことを言われても困る。


あれぐらいの事で死ぬほど工藤はやわじゃない。腕を斬り落とされた程度で死ぬぐらいなら、魔術士も心装士も務まらない。そもそも怪魔と戦うために存在するのが心装士だ。


ハッキリ言って、ここの連中は軟弱だ。工藤のように、壁外出身を見下すが実力と心の在り方を確立していない奴らはこの学園に何しに来たのかがわからない。


怪魔と戦って壮絶に死ぬか、人間同士のいざこざで惨めに死ぬか。オレなら絶対に前者を選ぶ。そんな理由で死ぬつもりは毛頭ない。オレの目的が復讐であってもだ。


「……まぁ、貴方の過去の事につきましては今現在必要のない事ですねぇ。とりあえず、学園側の決定事項及びその他諸々のコトをお話しましょうか」


そう言うと、時裂は手元に持っていた資料を手に取った。


「工藤俊也は決闘におけるルール違反及び殺人未遂で執行猶予を卒業するまでとします。本来であれば退学処分にした上で警察に引き渡すつもりだったけど、一応貴方が彼の腕を斬り落としたことと決闘上・・・で起きた事故として処理することにしたわ。もし、同様の事例を起こせば、彼を警察に引き渡すという処分ね」


「……そうか」


どうやら、腕を斬り落としたのは失敗だったようだ。だが長年培ってきた武術のメインである利き腕を斬り落とされたとなれば、彼はほとんど死んだも同然だ。


斬り落とされた腕が無事繋がるといいが、まぁ無理だろう。もうあの男には興味ない。


オレがヤツにした復讐は、彼のプライド全てをへし折り、再起不能にすることだ。仮に義手をつけたとしても、オレが仕込んだものがある限り、満足に魔術を使うことも出来ないだろうし、菫の事だからそっちはそっちで罰を受けることになるかもしれないからな。自分の従者が殺人未遂を起こしたとなれば、いくら彼女でも激怒するだろう。


退学処分にまで追い込めなかったが、一応及第点だ。オレを、初めから裏切っておきながら、さも当然のように逆恨みをした、あの男への罰なのだから。


「あちら側の見届け人の秋野君は虚偽証言及び見届け人としての責務放棄による決闘法度違反、名誉毀損により、退学処分。警察に引き渡すことにしたわ」


「何故、実行者より見届け人の方が重いんだ?」


普通に考えて実行犯である工藤の方が退学処分になると思うのだが。


「見せしめよ。こちらで取り調べをした所、SNSを使って八重垣さんを貶めようとした発案者ということでしてぇ。自白剤を使ったらペラペラと喋ってくれましたもの」


「……それって、大丈夫なのか?」


「え~、魔女にそれ聞くのですかぁ?普通の手段を使うわけがないじゃないですかぁ。むしろ、当たり前の処分ですよぉ。崇村家との繋がりなんて、ほとんどないようなヤツですから、秋野君を切り捨てようがどうしようが崇村家にはそもそも関係のない事です」


よし、諦めよう。本物の魔女相手に手段がどうとか聞くのは無粋なのかもしれない。


確かに、秋野というヤツの名前なんて崇村家にいた頃でも聞いたことがなかった。オレが知らないだけでいたのかもしれないが、ハッキリ言ってそんな雑魚に興味はないしどうでもいい。


だが、オレが潰す手間が省けただけでよしとしておこう。


「どうしますかぁ?一応、それなりに犯罪ですので、貴方の希望があれば、刑事事件として訴えてもよろしいですけどぉ」


「いや、いい。そんなヤツの事はどうでもいい。どのみち、この先逆恨みをしてくるのであれば、オレが直々に潰せばいいだけの話だからな」


「そうですか。なら、この件はいいとしましょう。次は、貴方への処分です」


そう来るだろうと思っていた。


一応、乱入した上に腕を斬り落としたからな。それなりに処分を受けてもいいと思っていたし。


「崇村君の処分は、単位を少し落とす程度ですねぇ。わかりやすく言えば、留年になる可能性が高まったと言ったほうがいいかもしれないですが、まあそれなりに良い成績を残せば問題がない程度です」


「そんな軽いものでいいのか?」


「一応、正当防衛ですし、もし貴方を厳罰で処分するなんてことがあれば、あの場で見学していた一部の生徒たちからも反発を食らいかねませんからねぇ」


「はぁ……?」


そんな酔狂なヤツがいるのか?むしろ、あれだけの流血沙汰はドン引きされているだろうし、到底支持されるような事とは思えないのだが。確かに先に工藤がオレを殺そうとしていたから正当防衛として成立するかもしれないが、それはそれだ。


「まあ、それがどんな生徒たちなのかは置いておきましょうか。いずれ貴方もわかる事です。それに、学園長との取引相手ですからねぇ」


「結局、それが本音って所だろう」


「事実じゃないですかぁ。お互い自分たちの目的と利益のために利用し合う。それが、貴方と学園長との取引の一つでしょう?つまり貴方はまだまだ使い道があるということです」


飄々とした口調が、何ともイラっと来るが言っていることは何一つ間違っていない。何しろそういう取引を実際に学園長としているのだから。彼女も彼女で自分の計画の完遂にはオレを利用する必要があるし、オレの復讐のためには彼女を利用する必要がある。


お互いに使い道があるからこそ成立している取引だ。そういう意味で、恐らく学園長はオレへの処分を軽くしたのだろう。


「じゃあ、個人的に聞きたいことがあるのですけどぉ。よろしいですかぁ?」


「言える範囲でならいい。だが、基本的につまらないぞ」


個人的に聞きたいことって一体何なんだ。


話題と言ったってオレの話は基本的につまらないことばかりだ。それに、あまり自分のことは話したくない。


「いいんですよぉ。私、貴方に興味がありましてぇ」


「どういう意味だ」


ますますわからないな。彼女にとっちゃ、色々と好奇心というものがあるかもしれないが、こっちはいい気分はしない。


「貴方の目的は何ですか?」


「……何を聞くのかと思えば。何度も話しているはずだぞ。オレは、復讐を果たすためにここに来たと」


何を聞くのかと思えば、オレの目的について聞いてきた。それについては昨日もある程度話したし、その前にも椿さんを通じて少しは聞いているはずだ。


「それは、貴方を捨てた崇村家へのですか?」


「無論だ」


「……へえ。やっぱり、ちゃんとそっちの方向で考えているってわけですかぁ」


「何を言っているんだ。再確認でもしたいって事なのか」


オレの復讐対象は崇村家であることも話している。それをわざわざ聞く必要性を感じられない。一体何を言いたいんだ?


「いいえ?それはそれでってヤツです。それともう一つ、よろしいですか?」


「……まぁ、いいが」


図々しいにも程があるが、未だに手錠で繋がれている以上、何も答えないって選択肢は取れないだろうし、彼女も引き下がりそうにない。ここは答えられる範囲で答えるしかないだろう。


「今、貴方の力。どれぐらい制御出来ています?」


そう、来たか。


「―――――――――まだ安定してはいる。反転術式を随時起動させているが、少しでも気を抜けばキツイと言った所か。今のところ、問題はないと言っておこう」


「確かに、貴方の体内のソレは今の所は落ち着いてはいるみたいですけどねぇ。まだ不安定だってことは自覚しているという認識でよろしいですかねぇ?」


「その認識で構わない。『星辰』を使わなければ、綻びが出ることはないが。使うとしても、奴らと戦争になった時ぐらいでしか使いたくはないがね」


「……ふーん」


彼女はそう言うと、どこか納得いっていないような、煮え切らないような表情をしている。


オレの力の秘密は、現時点では学園長と彼女以外の人間に知られてはマズイ代物だ。一歩間違えれば大惨事を引き起こしかねないものだし、オレにとってもいつ爆発するかわからない爆弾のようなものだ。使い方を間違えれば、オレが自滅してしまう危険性すらある。


しかしこの力は、オレが復讐を成し遂げるために必要なものだ。何としても、この力だけは他の連中にバレるわけにはいかない。


「色々と言いたいことで一杯なのですがねぇ。貴方のソレ、冗談抜きで笑えないのですが」


「……それでも、この力と痛みはオレのために必要なものだったからだ」


「……まぁ、いいわ。では最後に、魔女から貴方へ大事なアドバイスをしておきましょう」


そう言うと彼女は、さっきまでの飄々とした表情から一変、暗くこちらを見透かすような、重い視線を真っすぐに向けてきた。その視線に、オレは思わず身構えてしまいそうなほどに。


「今の内に、お早めに死ぬ準備をしておきなさい?ソレが形になってしまえば、もうどうにもならなくなるわよ。坊や」


「――――――――――――――」


その言葉に、オレは、息が出来なくなるような錯覚を感じた。


そんなこと――――――――――、そんなこと、わかっている。だからこそ、オレは早く復讐を成さなければならないって。


あの地獄を生き延びてからの8年間、そのために時間と命を費やしてきた。ここで果たさなければならない。何としても。


「あ、手錠は外しておきましたので。後はごゆっくり、寮に帰ってお休みくださいねぇ♪」


いつの間にか、手錠が外されていて、彼女はさっさと部屋から出て行った。


窓の外を見ると、夕日が出ていて、既に放課後であることを知る。窓の外を思わず見続け、視線は空に行く。


痛まないはずの右腕が、何故か妙に痛む。術式の作用で既に治っているはずだが、治りが悪いのだろうか。


自分でも理解できない感情が、ひどく渦巻いている。


「――――――――ああ、最悪だ」


これから先待ち受ける未来に、そしていつか辿るであろう自分の末路に、オレはため息と共に、そんな事を吐き出した。



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