予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第2章16話「緊急職員会議」



「――――――――――――――というわけで、最悪の事態が起きたワケですが、如何でありましょうか。学園長?」


教師の一人が、帝都百華学園学園長である滝口皐月に聞いた。彼女の隣には、時裂マリが控えている。


学園教員たちが、一つの会議室に集まっていた。


教員専用の会議室。学園長室のすぐ隣に隣接しているそこでは、緊急の職員会議が開かれていた。


議題は「生徒間の決闘について」であった。


会議室の中には教員だけではなく生徒会―――――――――、その風紀委員にして当事者の一人である原科綾斗及び工藤側の見届け人の生徒、秋野も同席している。


「起こるべくして起こったと言ってもいいと思っているがな」


教師の質問に滝口はため息交じりにそう言った。呆れているとも言うが。


「ですが、本日の放課後に起きた事、SNSでは既に大きな話題になっています。下手をすれば、明日にはマスコミが……」


「放っておけ。連中の相手をする必要はない」


「何故です?」


「今回の事は、彼らの間で両者合意の下で起きた事だからだ。そもそも、こうしてこの会議を開かなければならない事自体がおかしな話だ。そうだろう、原科?」


滝口は原科に向き直って言った。


「はい。本日起きた事は、決闘内で起きた事故とも言うべきこと。工藤俊也の負傷については、正当防衛の範囲内で認められるものであります」


「バカな!そんな事がまかり通るとでも思っているのか!」


原科の言葉に、工藤側の見届け人である秋野が声を上げた。


「何がおかしな所があったかしら?アタシは、ありのままの事実しか話していないわよ」


「それがおかしいだろう!元はと言えば、八重垣日那との決闘だったはずだ!そこに、あの崇村柊也が割り込んできた!その時点で決闘は成り立っていない!」


彼の言う通り、元はと言えば、工藤俊也と八重垣日那の、両者合意の下で行われた決闘であった。


工藤が八重垣に一撃を入れようとした瞬間に、柊也が乱入した結果、数多くの重傷者を出し、工藤も重傷を負った。乱入した時点で最早決闘の体を成しておらず、ただの殺し合いとなってしまっていた。


彼は、そう主張している。


「呆れたわ。あの決闘を見て、あの状況を見て、そんなこと言えるのね?貴方、見届け人としての立場を全く自覚していないのね」


「……!」


怒りの感情を持って、原科は言った。その姿に、秋野は苦虫を潰したような顔をする。


「そう思う理由を聞かせてもらおうか、原科君」


教員の一人が原科に言った。


見届け人は、あくまで決闘を双方の立場を持って見届ける者のことだ。中立の立場で決闘を見届け、万が一の事があれば止めなければならない。審判がいても、その審判が私情を挟んで決闘を判定するなどと言った、不公平があってはならないために見届け人が存在する。


「アタシは八重垣日那、崇村柊也のどちらかにも加担するつもりはないわ。両者合意の下で行われる決闘である以上、見届け人は中立でなければならない。でも、アナタは違うわよね?秋野君?」


「……な、何を根拠に言っているのですか。それを言ってしまえば、アンタだって―――――――――」


秋野は明らかに動揺していた。


原科は確かに八重垣や柊也たちとはパーティーを組む予定の関係であり、第三者の視点から見れば仲間と思われるだろうし、そう思われても致し方ない。そのように振舞っていたとしたら尚更だ。


しかし、原科が絶対に中立を守る。いや、守らないといけない理由は存在する。


「あら、アタシは生徒会よ?それに風紀委員なんだから、中立でないといけないじゃない」


「ぐ……!」


そう。彼は、生徒会の一員である。


生徒会は生徒たちの中でも、この学園においてはその役職を務める代わりに限定的な権力を有している。更に言ってしまえば風紀委員だ。


風紀委員の仕事。それは、学園内の治安維持、違法行為の取り締まりと言った、いわゆる学園内の警察的役割を持つ。その役目上、不正行為や違法行為と言った類の事を見逃したりする―――――――――、ましてや自らその違法行為に加担するなぞ、ありえないことだ。


仮に風紀委員という立場でありながら、違法行為等に加担する事があれば、罰則を食らうのは原科自身。自殺行為に等しい行動を自ら進んで取るなんてことはない。


「アナタ、途中から全く決闘を見ていなかったでしょう?見届け人というのも、あくまで建前で審判も既に買収済み。何があっても徹底的に思い知らせてやろうとしていたのでしょうけど、アタシの目は誤魔化せないわよ。証拠もここにあるから」


そう言って取り出したのは、小さなカメラだった。外見だけだと何の変哲もない、一本のボールペンだが、ペン先をよく見るとレンズのようなものが見えた。それに、秋野は顔を青くする。


原科は最初から決闘を見ながら、秋野の様子も同時に見ていて、証拠として撮影をしていた。


彼は色々あって、彼らのやり口は知っている。そのため予め証拠確保のためにこのボールペン型の隠しカメラを使って、決闘の一部始終を撮影していた。


その映像の中には、衝撃的な映像が撮影されていた。


柊也が魔術で工藤を拘束した後、身動きの出来ない工藤に対して、彼の右腕の付け根に刀を振り下ろし、斬り落としたのだ。


『ああぁぁあぁあぁああああぁぁぁあああ!!』


工藤は腕を斬り落とされたショックから、霊装体が解け、地面にのたうち回る。


肩から大量の血が噴き出し、闘技場の床に血だまりが出来、そこにのたうち回る工藤の体に付着して凄惨な状況になっていた。


そんな工藤の胸ぐらを無理やり掴んでマウントを取る。


『や、やめ。やめて』


腕を斬り落とされたことで、戦意を喪失した工藤は、このまま何をされるのかを本能的に理解し、懇願する。


『やめない』


そのような、暗い声を放つ柊也の顔を見た瞬間、工藤は完全に青ざめる。


虚ろで何も映さない瞳、無機質な表情で、おぞましい雰囲気を醸し出していた。顔には工藤の返り血で汚れ、見る者に本能的な恐怖を与えるものであった。


そして、柊也は拳を握りしめ、工藤の顔を強く殴り始めた。


そこからはただの一方的な暴力だった。左手で胸ぐらをつかみ、足で工藤の左足の膝を逃がさないように踏みつけ、右腕で顔を激しく殴打していた。頬に一撃が入る度に口から血が溢れ、こめかみに拳が入ればその鋭さによって切れた。それを幾度も繰り返され、更に返り血を受け、床に血が溢れた。


『ま、待て!やめろ!』


先程の柊也と工藤の必殺技の衝突に巻き込まれかけて避難していた審判の教師が、柊也を止めようとした。


『邪魔、するなァ!!』


しかし柊也は、その止めようとした審判を、まるでまとわりつく虫をはねのけるように、後方から近付いてきた彼を、裏拳でぶっ飛ばした。ぶっ飛ばされた審判は壁に激突し、気絶した。


『そこまでよ!生者掴む亡者のデッドハンズ・バインド!』


これ以上は危険だと感じた原科が、最初に柊也と工藤を拘束した魔術を使用する。


柊也の足元に黒い魔法陣が出現し、そこから黒い手のようなものが現れ、柊也の腕と足を拘束し始める。


『離せ!!離ぁせぇぇぇぇ!!』


拘束を外そうと体から青黒い魔力の炎を出して、黒い手を燃やそうとした。


――――――――――しかし、柊也の頭部に何かが突き刺さり、彼はまるで糸が切れた人形のようにその場で倒れた。


映像は、そこで終わった。


「だ、だが見ての通り、崇村柊也は明らかに工藤俊也へ一方的な暴行を行い、殺しかけている。更に言うと、彼は工藤俊也と八重垣日那との決闘に割り込んで妨害をした上で映像の通りの犯罪行為を行っている。このような事が許されていいわけがない!退学処分を含め、警察への通報を始めとする厳重な処分を要求する!」


秋野は大きく声を上げて言った。


先程の映像を見せられた上に、工藤に対して行った腕を斬り落とす、及びその後の過剰な暴行。確かに、世間の常識に照らし合わせれば「殺人未遂」「暴行」等にあたるものだろう。


秋野自身は、元々工藤が直々に指名した見届け人であり、彼自身も崇村家の関係者である。勝利の有無に関係なく、「崇村家へ反抗した者の末路」をSNSなどで晒すという戦略を行うために、八重垣が工藤に負けることを前提で仕組んだ決闘。いわば見せしめのためである。


しかし、それを崇村柊也は妨害した。予想外の事ではあったが、工藤自身はそのまま八重垣との決闘を後回しにして、柊也を殺すことにしたのだ。


結果は惨敗。このように、もしくは犯罪行為として逮捕させようとしたのである。彼自身も、崇村家に残されている記録で柊也の経歴を知っているが故に。


「アナタ、今自分が何を言っているのかわかっているのかしら?」


原科は呆れたように言った。


そう。彼の計画は既に破綻している。


「今更何を。こうして証拠がある限り、崇村柊也の犯罪の証拠は確定していて――――――――――」


「決闘は、“どちらかが自ら降参、もしくは審判の判定によって試合が中断されない限り、如何なる負傷も許容範囲とする”。アタシたち、魔術士の世界では、それが当たり前じゃないのかしら?」


「―――――――――――!」


原科のその言葉に、秋野はハッとする。そして、今までの自分の発言を後悔する。


魔術士の決闘。事前に取り決めた条件で決闘を始めた場合、それを絶対遵守されるものであり、それらは一種の「誓約」として機能する仕組みとなっている。見届け人はその条件を守らせるためにあり、審判も両者側の見届け人の間に立って、決闘の勝敗を判定する。


「だけど、工藤君は途中で目的を忘れて、八重垣さんを殺害しようとしていたわね。見届け人のアタシですらわかったもの。あれだけの殺意を持って槍を向けたら、崇村君が飛び出して行くのも納得いくわ」


「だ、だが。決闘中の乱入は違反――――――――――」


「殺人未遂という明確な違反行為を先にやらかしたのはそちらよ。それに、学生間での『殺し合い』は法律で認められていない。確かに、崇村君が工藤君にやらかしたことはとんでもない事だけど、先にそっちが殺人未遂を行った以上、崇村君の行為は正当防衛にあたるわ。決闘を無効化させたのは、他でもないアナタたちよ」


有無を言わさず、原科は秋野を黙らせる。


工藤の最大の過ちは、八重垣を本気で殺そうとしたことだった。


それを第三者の視点で見破ることは難しい。しかし、最後まで中立の立場で見届け人を行った原科の証言は信用性に足るものであり、尚且つ生徒会風紀委員という立場に基づくものである。


「彼の言う通りです。此度の決闘において、先に決闘中の違反行為を行ったのは工藤俊也であり、崇村柊也はそれを止めた。明確に正当防衛として成立する案件です」


女性教師が言った。


「な、何を証拠に!事情聴取もしていないのに、何故そんな事がわかるんだ!?ヤツに忖度でもしているのか!!」


秋野は顔を赤くして怒鳴った。


その理由は明確にある。そしてそれは、この場にいる過半数の教師たちが納得いくものである。


「アタシの修めている魔術系統は二つ。屍霊魔術ネクロマンシーと霊媒魔術。その内の一つである霊媒魔術による、魂から発せられる思念を感じ取る事が出来るわ」


「な、何だと……!?」


霊媒魔術。


降霊術と異なり、霊を引き付ける資質を用いて、他者の魂に干渉する魔術である。肉体に依存する霊媒体質により、霊を引き付け、それを基に占いを行うというものであり、中でも距離が離れている状態で他者を即興で占うことが出来る。これを「思念占術法」と言う。


しかし、距離のある状態で占う「遠隔思念占術法」はこの魔術を修め、尚且つ術者が優れている必要がある。


更に言うと、他人の魂の思念を読み取るという性質から、精神汚染を受ける場合もある。この場合、常人より魂が「善性」に寄っている必要があり、それにブレが生じてしまうと、悪人の魂に影響されて自身の魂が「悪性」に傾いてしまう危険性がある。そのため、強固な精神力を持つ人間でなければ、霊媒魔術による占術を行うことは出来ない。


つまり、原科は他人の悪意を読み取ることが出来る。だからこそ、工藤が八重垣との決闘で彼女を本気で殺そうとしていたことを見抜いていたのだ。


「理解出来たかしら。それに、こうして映像に残した以上、この映像とアタシの証言。どっちを聞き入れるかは一目瞭然じゃない?……まあ、崇村君への当て付け目的で八重垣さんを陥れようとしていた工藤君の独断にも呆れ果てると言いたい所だけど」


「ぐ……!!」


原科を責める事は出来ない。いや、最初から陥れようとしていたことが間違いであった。彼が霊媒魔術による占術が出来ることを理解していれば、違う結果になっていたかもしれないが、後の祭りだ。


窮地に追い込まれたのは秋野の方であり、結局工藤の違法行為を裏付ける結果になってしまったからだ。


「決まったな」


滝口が言った。


「今回起きたことは今の・・・両者不問とさせていただく。秋野、貴様の虚偽証言及び見届け人としての役目を放棄したことについては、工藤俊也と同様に別途に処分を下す。今回の事は崇村柊也の事もあるから、退学処分とまではしないが、貴様らやらかした一連の行動と動機は本来ならば退学処分どころじゃ済まない。今後同様の事例を犯せば、貴様らの主人にも責任を取ってもらう。いいな?」


「……!」


秋野は、完全敗北だった。


全てが潰された。全てが上手くいくはずだった計画が、いとも簡単に潰されてしまった。


滝口の言う主人とは、従者である工藤の主、崇村菫の事である。仮に彼らが今回のような事態を引き起こしたとすれば、菫たちにも処分が下されることになるということだ。そのような事になってしまえば、彼は崇村家に永久追放されるか、知らずの内に消されてしまうのかのどちらかであろう。


悔しさと怒りが積もって頷くことが出来ず、彼は固まっていた。


「返事は!?」


「……はい」


滝口が机を激しく叩いて怒気を込めて言ったことで、秋野は返事をした。


「よろしい。よって、本日の緊急の職員会議は終了する。明日以降のマスコミ対応は全て無視しろ。明日以降の授業カリキュラムは継続。そして当分の間、決闘時の動画撮影は事前の許可を得てから行う事を明日のHRで伝える事。いいな?」


「「はい」」


「では、解散!」


これにより、緊急の職員会議は終了した。



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