予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第2章14話「穿つ槍、星の盾」



「うぉぉ!!」


工藤俊也は、瞬時に強化の魔術を自身に施して攻撃を開始する。


「最初からフルスロットルって事か」


崇村柊也は、それに対して薙刀を生成し、迎撃する。


槍よりも斬り払う事に特化した薙刀を使い、工藤の攻撃を受け流し、攻勢に出る。


霊装体・顕現霊装という人外の存在に変身しての戦闘。それは、ただの魔術師、魔術の才能を持たぬ普通の人間からすれば、人智を超えたものだ。


魔術だけでは成し得ない規模の大きな戦闘を行う事を可能とする心装士。魂の持つ、心の力から生まれるそれは無限の可能性を秘める。故に、その特異性と性質により、怪魔と戦う手段として持つ心装士はあらゆる人種、国籍、出自に関係なく人類を守護するという「責任」を伴う。


「おおお!!」


渾身の突きに対し、柊也は距離を取り、槍を打ち払うを繰り返す。打ち払い、打ち合うを繰り返す度に火花と魔力の残滓が飛び散り、衝撃が周囲に響き渡り、戦闘に苛烈さを増す。


それを外部から見学する生徒たちは、目の前で起きている戦闘に目を奪われていた。


十二師家・関東六家、崇村家から抹消されたと言われていた者と、次期当主の従者による決闘。


しかし、これは本来、工藤俊也が十二師家と全く無関係であるはずの一般人出身の、八重垣日那に決闘に申し込んで起きた事だった。その決着がつく直前に、崇村柊也が乱入して、現在の状況になっている。


その事を忘れ、見学者たちは目の前の戦闘に夢中になっていた。何故このようになっているのかも忘れて。


携帯端末を使って目の前の決闘の様子を撮影する者もいた。声援をかける者もいた。罵声を飛ばす者もいた。


この状態を――――――――――、滑稽と言わずして何と言おうか。


火走ひばしり!!」


柊也は薙刀に青黒い炎をまとわせ、地面を削るように振り上げ、炎を工藤に飛ばす。


「チッ!」


炎の弾速が早いことを察し、工藤は背中の羽を広げ、素早く後ろに移動し、護符を三枚目の前に展開した。


自ら作成した、防御術式の刻まれた護符。それが光となって弾けると結界のような魔力光が展開され、炎が阻まれた。


「!!」


工藤は殺気を感じ、上を見る。


そこには薙刀を手に、体を勢いよく捻らせ、薙刀の刃をこちらに振り下ろしにかかっていく。


その柊也の表情は外殻に覆われて見えにくいが、その隙間から見える赤い眼光だけで、凄まじいほどの殺意が込められているのがわかった。


「ぐ!!」


迎撃は間に合わない。なら防ぐしかない。


槍を横に構え、その刃を柄で防御した。激しい火花が眼前で走るが、霊装体に変身しているおかげか気にすることはない。


「ふん!」


押し上げ、回し蹴りの要領で工藤の薙刀を蹴り上げ、浮いたその体に槍を突き立てる。


だがそれをいなし、更には胴体を逸らし、工藤の体を蹴り付ける要領でその場から離れた。


「せい!!」


柊也は薙刀を工藤に投げつける。


「当たるか!!」


投げつけられた薙刀を弾き飛ばす。弾き飛ばされた薙刀は例外なく、青黒い炎のような魔力光となって消滅した。


「随分と、槍の腕前を上げたんだな。槍だけの勝負だったら、ちょっとキツかったかもな」


柊也は息を何一つ切らしている様子もなく言った。


「貴様こそ、剣術だけかと思えば薙刀術までも会得しているとはな。……8年の間だけでそれほどの腕を持つとは到底思えないのだが」


それはあくまで武道を得手とする者なりの賞賛であった。


工藤は自らが武道に身を置く者として、純粋に柊也の戦い方を称賛せねばならなかった。彼自身の性格もそうではあるが、それ故にわかることがあった。


「(この男、俺があらゆる技を尽くしても槍が届く気がしない!全部見切られている!)」


自身の攻撃全てが見切られていると理解したのだ。


攻撃中、柊也は工藤の攻撃が当たる直前には既に防御の耐性、あるいは迎撃が出来る状態にあった。八重垣のように他心通で心を読んで予測するとかではなく、もう柊也の反応速度は未来予知に等しいレベルで見切られていた。


それに、武術の中に的確に魔術を組み込ませて攻撃を仕掛けるという、心装士として王道を行く戦い方。


だが、一応彼を知る工藤としては不穏に思っていることがあった。


「(この男は、一体どれほどの魔術を習得しているんだ!?)」


そう。崇村柊也という心装士の使う魔術に統一性がないのだ。


先程から言っている詠唱「十二の相アニムス」も聞いたことがないもので、それが次々と変わって生徒たちを蹂躙した。それでも、あまりにも使う魔術が違いすぎて、逆にわからなくなった。


八重垣にトドメを刺そうとした時に撃ち込まれた魔弾の基となった魔術は、恐らく北欧の呪術「ガンド」。魔法陣の上をおどろおどろしい沼に変えて動きを封じたものは、「旧世界」で最も新しいとされている「混沌魔術カオス・マジック」。


魔術そのものの起源、そしてそれを行使する力量に辻褄が合わない。一流の魔術師ですら、全く異なる魔術系統を同時に修得するのに十年単位でかかると言われているのだ。


レベルが低いという話ではなく。修得できる魔術には個人差があり、その壁にぶつかってしまえばもうそれ以上覚えることは出来ない。二つしか魔術を学べないという事実に直面してしまえば、二つまでしか学ぶことは出来ない。それが、魔術師の世界におけるルールなのである。


だがしかし。


「(いや。もし、この男がこれほどの魔術を使うことが出来るというのは心装の固有能力なのか……?それとも、何か特殊なモノを使っているとかなのか?)」


魔術師のルールが通用しないのであれば、心装士としてのルールがある。


工藤の持つ心装「魔槍・蜻蛉切」の持つ固有能力「万穿」。これの場合は、この槍を持つ工藤の持つ固有能力とこの世界に刻み込まれた「概念」という名のルールである「伝承補正」が合わさった結果、「穂先に触れたAランク以上の防御要素を破壊する」という能力となっている。


彼に限らず、心装士には誰しもが持つこの固有能力。これを発展させるために鍛錬をしたりすることで、魔術を使わずとも強くなることが出来るのだ。


そのため、工藤は柊也が異なる魔術系統を複数使いこなすことが出来るのは、心装の固有能力ではないかと考えた。そうでなくては、説明がつかない。


「どうする?今の打ち合いでわかっただろ。お前の槍は、オレには届かない。どれほど攻撃を仕掛けてきても、オレはそれを捌ききることが出来る。勝ち目はないと思うが?」


「……ああ。そうだろうがな。だが、俺は貴様を何としてもここで殺さなくてはならない」


「ほう?どうやってだ?」








「―――――――――正真正銘の、一騎打ちだ」






工藤はそう言うと、槍を構えた。


すると、周囲の空気が変わった。


空気が震えるほどに振動し、周囲に存在する魔力が工藤に吸い上げられていく。同時に、槍が緑色に輝きだし、穂先に魔力が集中していった。


それを見て、柊也は彼が何をするのかを納得した。


「―――――――――なるほど。その部分だけは、変わっていないようだ」


ニヤリと。


「なら、オレはそれを潰してやらねばならないな!」


自分が叩き潰すに相応しいその姿に、柊也はソレに応えることにする。










「十二のアニムス排莢ロードアウト天体図ホロスコープ開帳オープン!」












十二の相を排莢し、自身が最も得意とする天体魔術の行使の準備をする。


柊也の足元に魔法陣が構築される。青黒い魔力の光が周囲に満ち溢れる。


夕方の時間帯でまだ夕焼けが差し込む闘技場の中に、まるで宇宙がそこにあるかのような美しさがあった。


その魔法陣を知る者は、昨日の皆月輝夜との実技試験を見ていた者たちがよく覚えている。彼が、この魔術を使うということはどういう時なのかを。そして、それがどれほどに恐ろしく強力なものなのかを。


「(本当なら、アイツごと吹き飛ばすのがいいかもしれないが、ここは闘技場。下手をすれば結界ごと破りかねない。それに――――――――――)」


自分の後ろをチラッと見る。


「……!」


柊也を心配そうに見守る八重垣がいた。


「(彼女を巻き込みたくないしな。……本当に、バカげている)」


ますます、自分らしくないことに。他人の事なんか、どうでもいいと思っているはずの自分に、嫌気が差す。


だけど、自分はそんな愚か者に対しても案じてくれた人がいることを知っている。


そうしてくれたからこそ感じた気持ちがどういうものなのか――――――――説明しづらいものだけど、確かにわかるもの。


「しっかり、やらないと」


それをトリガーとするように、静かに、小さく、詠唱を始める。


天は巡りサイクル地は動きムーヴ星は輝きスパークル宙は廻りアラウンド神は視るロックス


詠唱と共に、輝きが増す。青黒い炎が現れる。


我が手は天をつかみヘブンズ我が足は地を刻みアース我が眼は宙を視るユニヴァース!」


その詠唱を唱えると、青黒く炎が凝固され、まるで星屑のように輝きだす。


星屑は柊也の周りを囲み、やがて彼の右腕の中に吸い込まれていった。


「まさか、俺の槍を魔術で防ぐつもりなのか?どこまでもふざけた男だ!」


その行為に、その術式に、見覚えがある工藤は驚きつつも憤慨した。


一騎打ちでありながら、ましてやこの期に及んでまだ自らの心装を出さない柊也に。


しかしだからと言って、ここでやめるほど工藤は愚かではない。


確かに、この戦いは元を正せば自らの私怨から始まったもの。それを自ら捨てるほどの愚かさは彼にはなかった。


彼には彼で武人としての誇りを持っている。


わずか16年の月日しか生きていないが、彼の人生は彼に「撤退」の二文字を与えなかった。武人としての誇りを有するが故に、そして、8年前の妄執を捨てきれなかった故に。


彼は全力で柊也を殺すために、自らの今持ちうる力全てを使って、この槍、この一刺にかけることにした


そう、だからこそ。


「ああ、そうさ。俺はお前を殺す。それだけは絶対に変わらない。だが――――――――――」


過去を変えることは出来ない。8年の妄執も怨恨も消し去ることは出来ない。


「今一度、今この時のみ、俺は全力でお前を穿つ!」


されど、ここにあるのは、ただ武人としての矜持と誇りのみ。


己の持ちうるもの全てをもって、目の前の敵を倒すという執念だけである―――――――!


「不動明王へ奉る!我が槍の一刺、全てを穿つ!『絶槍万穿ぜっそうばんせん蜻蛉切とんぼきり』!!」


背中の羽を広げ、柊也へ一気に距離を詰めていき、渾身の刺突の突進を繰り出す。緑色の魔力をまとい、対象を貫くべき突き進む。


闘技場の地面が抉れ、その時の風圧と衝撃が周囲に響き渡った。


蜻蛉切の固有能力「万穿」を防ぐことは出来ない。Aランク以上の防御力を持つ者は限られている。分家筋にして従者と言えど、このような単純な物理的破壊力を持った者は数少ない。


見学者たちは、誰もが柊也の敗北を信じた。


「崇村さん!!」


――――――――――たった一人を除いては。


「勝ってください!!」


「―――――――――――――――――ああ」


そう声援を送られ、柊也は無意識に外殻の下で笑みをこぼす。


「お前を潰すと言ったな。だが、今のオレではお前を簡単に潰すことは出来なさそうだ。だから――――――――――」


術式を宿した右腕を、前に突き出す。力強く出された右手は確かな輝きを放ち、主の起動を待つ。


敬意はない。だが、彼がやった以上、自身もそれに応えるのみだと。


「こっちも、出来る限りの全力全霊で応えてやる――――――――!」


そう宣言し、術式を起動させる。


右腕が輝く。星の如き輝きを放つ。


円環状の輝きが、柊也の前面に展開される。それはさながら、女神の盾のように。


守護の盾星よ、アイギス・宙に示せコスモス!!」


術式を最終起動させる呪文を唱え、現状持ちうる、柊也の盾が展開された。


星屑を寄り集めて凝縮したような、青い輝きを放つ円環型の盾は巨大な結界の如く展開され、主を守らんとする。


「!!」


工藤の槍が、柊也の盾に直撃した。


しかし工藤の槍は柊也の盾を貫かず、阻まれていた。激しい魔力の奔流が周囲へと流れ、凄まじい風圧となって周囲に吹き荒れる。


「ぐぬぬぬ……!!」


「おおぉぉぉ!!」


両者共に一歩も引かない。


工藤はともかく、柊也は天体魔術のフィードバックからか、右腕がズタズタなり始めていた。魔力の奔流と共に、右腕から血が溢れ、飛び散り始めている。


そのためか現在の彼は凄まじい激痛を伴いながら術式をフルで起動させ、盾を展開している。神話にて語られる女神の盾をイメージした技を全力で展開している。それを維持し続けることがどういうことなのかをわかっている上で。


「う、うぐぅぅぅ!!」


右腕の二の腕までの神経が断裂するのを感じた。それに反応するように、右腕の中を流れる魔力が、無理やり復元するように輝き、メチャクチャにしながらも復元してはまた壊れるを繰り返す。


常人であれば発狂していてもおかしくないほどの痛み。その上、ただでさえ強力な工藤の心装による攻撃を受けている状態で盾を維持しているため、更に痛みも何割増しで饒舌に尽くしがたき苦痛として柊也を襲った。


それを、柊也は歯を食いしばりながら耐えていた。


「このまま貫けぇぇぇ!!」


工藤も自身の持ちうる力を出し切る事前提で槍を突き立てる。


「させる、かぁ!!」


柊也はもうこれ以上盾を保てないと判断した。


全身に回していた魔力を右腕に一気に集中させる。淡い輝きを放っていた右腕が、激しく発光し出す。


「正真正銘、最後の手段、だ!ぶっ飛べぇぇぇぇぇ!!」


「な、何!?ま、待て――――――――」


――――――――――そう言った瞬間、二人がいた場所は、大爆発した。

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