予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第2章12話「消えぬ憎悪の炎」



禍津起こすベルヴェルグ・妖精の一矢ガンディル!」


「!?」


第三者の声が響いたと思うと、工藤に青黒い炎の魔力の弾丸が機関銃の如く掃射された。


工藤は槍を使って弾丸を叩き落すなどをしながら後退した。だが流石に全てを防ぐことは出来なかったのか、霊装体の外骨格の一部が焼け焦げた。


「え……、崇村さん……?」


目の前でいきなり青黒い魔力の弾丸が発射されて、反射的に伏せていた八重垣は、目の前に現れた男、崇村柊也の姿を見て驚いた。


その姿は、彼女が昨日の実技試験で見学していた時に見た、あの禍々しい霊装体だった。


「崇村、柊也……!!」


霊装体の柊也を見た工藤は激しく忌々しそうに言った。


「つまらない晒し者遊びはここまでにしてもらう」


外殻で覆われた顔は、傍から見るとその表情はわからない。


だが、その目は、明確に、強い怒りの炎を宿していた。


「貴様、この決闘に乱入することがどういうことなのか、わかっているのか!?」


工藤は柊也に槍を向けながら言った。


そう。「決闘」は、あくまで決闘を提案し、受け入れた当事者たちの間のみで行われるものであり、そこに第三者が乱入して入ることは基本的には出来ない。


このルールは魔術師・心装士の世界において遵守すべきものとされており、このルールを破る者は当然ながら良い目で見られない。また、この学園内においては成績にすら影響しかねず、これを破ろうとする者は当然ながら基本的にはいない。


だが――――――――――。


「そんなもの知るか。オレには関係ない事。思いっきり横紙破りをさせてもらった」


「何だと……!?」


つまり彼は、この決闘に乱入してはならないという遵守すべき暗黙のルールを破って堂々と侵入してきたのだ。


「それにしても……。お前には心の底から失望したよ、工藤俊也。落ちぶれる所まで落ちぶれたと言ったらいいか」


「ふ、ふざけるな!お前に、俺の何がわかる!お前に、俺の何が――――――――――」


「言わないとわからないのか?だったらますますアレだな。失望通り越して憐れとしか言いようがないなぁ」


「……!!」


怒りに顔を赤くして動揺する工藤に対し、柊也は気だるげに言った


「強くなければ死ぬ?弱いヤツだけが死ぬ?力がなかったら食われるだけ?心底から下らんな。選民思想も極まれば、お前みたいなヤツに成り下がるというモノか」


「事実だ。俺たち十二師家はこの国を怪魔から守ることを使命・責務としてきた者たちだ。その名を汚さぬために、そうでなければならない!友だった俺を、いや俺たちを裏切ったお前には、永遠に理解出来ない事だろうがな!」


柊也の言葉に、工藤は反論した。


工藤の言っていることは傍から見れば、十二師家の名誉のためにそうでなければならないという規範を語っているようなものに過ぎないかもしれない。


だがそれは、あくまで同じ視点・立場にいた人間にしか持ちえない視点であって、そうでない者からすればただの選民思想の差別主義者の戯言にしか聞こえない。


分家とは言え、工藤も十二師家に連なる者でその事に誇りを持っている、と。それが周囲の共通認識だった。


そして、彼は崇村柊也を友だったと語っていた。8年前の事件の犯人で、自分たちを裏切った者だと。


信じていた友人が突如裏切って事件を起こしたなんて事実。誰でも、そのような事実があれば、恨むのは当然の事だと思うのも無理はない。それは、身分や思想関係なく感じたり思ったりすることではあろう。


「嘘つけ」


だが、柊也はそれをバッサリと切り捨てた。


「何が嘘だ!?俺は、俺たちはお前を友だと信じていたんだ!それを、それを嘘だと言い張るのか、貴様は――――――」


「ふざけるな」


「う……!?」


反論する工藤を黙らせるように、柊也は凄まじい威圧と“気配”をぶつける。


それから発せられる怒気と圧力と、背筋が凍るかのような“何か”に工藤は言葉が一瞬出なくなる。


「お前、一度もそんなこと思ったことないだろ」


「!!」


ハッキリとした怒気を、工藤にぶつけるように言った。それに対し、工藤は絶句したように押し黙る。


「……」


それを、八重垣は柊也の後ろで聞いていて、かなり気まずそうな表情をしていた。


「(……やっぱり、崇村さんわかっていたんだ)」


工藤に決闘を申し込まれる前に、彼を引っぱたいて決闘を申し込まれた直前、彼女は他心通で工藤が崇村の事をどう思っているのかを言おうとしていた。


この時点で、彼女は工藤が「柊也の事を友達と思ったことは一度もない」と見抜いていたのだ。


彼女の他心通はまだまだ未熟ではあるが、心に曇りがない場合だとわかりやすい特性がある。この場合、彼女の感受性の高さと工藤の内面と心の形が単純であったため、未熟な彼女でもわかりやすかった。


「崇村の家から出て、胡蝶荘にいた時も、オレが崇村家で何をされていたのかを知っておきながら、知らないフリをして監視していただろ。初めからオレを監視するためだけの上っ面だけの『友達ごっこ』をしていただけ」


「……」


工藤は冷や汗をかきながら、柊也の口から出る言葉に耳を傾ける。


「……だったら、何だ。貴様がみんなを殺した事実は変わらない。由香の人生を台無しにした貴様を許しはしない。その事実がある限り、いくら貴様が忘れようとも、俺たち貴様を許さない」


槍を握りしめながら、工藤は柊也に槍を向けた。


「貴方は――――――」


八重垣が立ち上がって工藤に反論しようとしたが、咄嗟に柊也が静止する。


「そうだな。8年前、オレが皆を死なせた。それが変わることも何もない。―――――――――あの地獄を。あの記憶を。そして、死んだ皆の事を忘れたことは、一度だってない」


彼の口から漏れたのは、まるで遠い記憶を思い浮かべるような、重苦しいものだった。


現在に至るまで彼が抱え続けてきた記憶。彼にとって最大の地獄であった8年前の「胡蝶荘事件」は今なお呪いのように彼を苦しめている。


記憶が消える事はない。消してよいものではない。


失ったものを忘れたことはない。亡くしてしまったものを忘れてはいけない。


「だが――――――――――、あの地獄を生み出したのは、お前たち崇村家だ」


ゆっくりと。


“気配”の濃度が濃くなる。周囲に凄まじい陰の流れとも言うべき、生者の精神と心を蝕みかねないほどの“気配”が漂う。


「あの男に捨てられ、オレは全てを、何もかも失った。ゴミのように、炎と共に消える運命だった。だが、オレは絶対に認めない。認められるわけがない」


その身からあふれ出すは、憎悪。


常人なら、これほどのおぞましき“気配”に当てられてしまえば、体調不良を起こすか、精神を狂わされてしまうだろう。


「だからオレは戻ってきた。オレを苦しめ、裏切り、捨てた者たちに復讐をするために」


彼にとって、こうしてこの場に立っているのは復讐のため。


工藤は本能的に理解をした。


“目の前の男は自分だけの敵ではない”ということを。


魔術を特に得意分野としているわけではない彼でも、柊也からあふれ出すおぞましい魔力の流れと殺気に強い危機感を抱いていた。より正確に言うと、命の危険を感じるほどに。


心装士の力は“心の力”である。感情の源泉があれば、それを源とし、力へと変える。それがプネウマ因子の要素の一つであり、これがなければ心装士としての力を引き出すことは出来ない。


「お前の目的は何なんだ!?」


工藤が確認するように言った。


頭の中では既に、目の前の崇村柊也という人間が何のために戻ってきたのかを理解している。何の目的があってこの学園にいるのかもわかっている。


それでも彼の口から聞き出したかった。答えはわかっているが、それは工藤にとって彼を殺すための口実とするため。自分のためでもあるが、一番は崇村家のため。


「知れた事。―――――――――お前たち、崇村家とその関係者全てへの復讐だよ」


その宣言と同時に、工藤は槍を突き出した。突きは柊也の頬を通り抜け、更に払いが行われるが、それを腕で防いで弾き、工藤の空いた胴体に前蹴りで蹴り飛ばした。


「ぐっ!」


それなりに強い蹴りに、工藤は思わず後方に下がる。


「ナウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン!」


槍を一時的に手放し、素早く印を結ぶ。真言による法術だ。


工藤の正面に曼荼羅型の魔法陣が出現し、そこから風の膨大な魔力が吹き荒れる。


神仏の内の一柱、不動明王。


破壊的な災害を起こすとされているインド神話のシヴァの別側面が、真言密教などにおいて神仏習合され、神格化されたもの。これはその力を真言を通して借り受け、破壊的な嵐を起こす法術である。


「遅い」


しかし、目の前で自らに襲い掛かる暴力的な魔力の嵐を前にしても、柊也は余裕を崩さなかった。


自信の目の前に魔法陣による魔力障壁を展開し、その魔力の嵐を防ぎ切ったのだ。


「バカな!?」


自分の中でも自信のある魔術を防がれ、工藤は驚愕する。


人間のままで防がれるならともかく、霊装体に変身している状態で発動した魔術を、ただの魔力障壁だけで防がれるとは全く想像もしていなかった。


「そんなそよ風がオレに当たるとでも思ったのか。魔力障壁が無くてもほとんどダメージを受けないぞ。お前」


ため息をつき、呆れたように柊也は言った。


「そんな事があるか!今のは、Bランク相当のものだぞ!なのに魔力障壁だけで防げるわけが―――――――――」


「バカか、お前は。だったら単純にBランクぐらいの魔力障壁を張ればいいだけの問題だろ。そんなこともわからないのか」


「んだとぉ……!」


柊也に指摘され、工藤は顔を赤くして震えた。


魔術師の腕前は無論、威力にもランクがつけられ、それらを基準に本人の魔術の評価がされる。当然ながらランクが高ければより効果のある魔術として認識され、強力なものとなっていくし、単純な破壊力にも繋がる。


相手がランクの高い魔術を使うのなら、単純に同じランクの魔術で対抗すればいいだけ。しかしそれはその魔術に特殊な効果がなければの話である。


つまり、工藤は単純に魔力の嵐で攻撃しただけ。なら同ランクの魔力障壁を張れば簡単にその攻撃を防ぐことが出来るという、単純明快な話だ。


「いいか?魔術というのは、こう使うものだ」


柊也はそう言うと、右の掌を前にかざした。


十二の相アニムス装填開始ロードセット子の印サイン・ワン


かざした掌を静かに指鉄砲のような形にする。指先と右腕にそれぞれ大きさが異なる魔法陣が出現し、回転し始める。


「避けるか、防ぐかはお前の自由だが、簡単にに死ぬなよ?」


指先が青黒く光りだし、右腕が青黒い炎に包まれ始めた。魔法陣の回転が早まり、魔力が収束していくのがわかった。


収束した魔力は、弾丸ではなく短剣のようなモノを形成する。それが指先で作られていき、回転がかかり始める。


「(!!マズイ!!)」


工藤はソレがどれほどのものなのかを、野性の勘で感じ取り、槍を構える。


一刀、ブレイドシュート・星を蝕む日天ロイミオス


柊也の呪文と共に、短剣の弾丸は工藤に向けて放たれる。


「穿通・金剛槍!!」


対して工藤は、自身の心装である「蜻蛉切」の特性を十分に発揮できる技を繰り出す。


Aランク相当の防御術式すら破壊する「蜻蛉切」の穂先に魔力を瞬間的に集中させ、破壊力を重視した槍で、柊也の「一刀、ブレイドシュート・星を蝕む日天ロイミオス」を迎え撃つ。


「ぐぬぬぬ……!!」


槍の穂先が短剣の弾丸に直撃する。


だが短剣の弾丸は砕けず。工藤の「蜻蛉切」と拮抗し、目標を貫かんと回転し続けている。魔力の火花が弾けるように激しく飛び散り、今にも暴発しそうになっている。


「がああぁぁぁぁぁ!!」


工藤は槍を思いっきり、上に振り上げ、短剣の弾丸を弾き飛ばした。


飛ばされた短剣の弾丸は闘技場の壁に衝突、爆発を起こした。結界に阻まれて観客席や見学者たちがいる外には影響は出なかったが、その部分だけ結界にヒビが入っていた。


「ハァ……!ハァ……!」


工藤は息切れを起こしながら安堵した。万が一、短剣の弾丸を弾き飛ばさなかったら、自分は爆発で重傷を負っていた―――――――、もしくは死んでいたのかもしれない。


「ほう。アレを凌いだのか。やるな」


その様子に、柊也は軽く言った。まるで投げたボールを打ち返された投手のような、そんな軽さで。


「貴様ァ……!!」


柊也のその態度に、工藤は怒りを隠せない。


「で、どうする?続けるのか?」


まるで挑発するよう。どこまでも柊也には余裕があった。


「ふざけるな!!まだ終わっていない!!来い!!」


工藤のその一声に、闘技場西側の出入り口からぞろぞろ生徒たちが入ってきた。


その手には魔力の塊で出来た武装、いや彼らの心装が握られていた。彼らの表情や雰囲気は殺気で満ちており、明確な敵意を柊也に向けていた。


「もう決闘なぞ関係ない!ここで貴様を殺してやる!!」


殺意と怒りを込め、工藤は叫んだ。


「崇村さん、逃げましょう!あの数は、崇村さんでもどうしようも―――――――――!」


目の前で起きている状況に、八重垣は焦りながら言った。


もうこれは決闘どころの話ではない。


工藤は明確に柊也を殺すと宣言をした。そして、その背後から現れた複数の生徒たち。状況から察するに崇村家の関係者だろう。


いくら柊也でも、これほどの敵を相手にすることなんて出来ない。八重垣はそう思った。


「八重垣、下がれ」


「で、でも」


「下がってくれ。ここでケジメをつける」


「……!」


だが、柊也は逃げることを勧める八重垣の言葉を聞かず、前に出る。静止して自分の前に出ないように。


「8年前の皆の仇、そして恨みを晴らさせてもらうぞ!」


工藤は再び槍を構えなおした。


「数は……、8人ぐらいか。どれもそれなりに実力はありそうだ。崇村家の関係者というより縁者、もしくはそれとは無関係の取り巻き連中と見るべきか。連中にそのリスクを負う事はないだろうし、何よりも――――――――菫がそれを許すわけがないだろうからな」


敵意を向けられても、柊也は冷静に状況を分析していた。


相手は明確に自分を殺すと宣言している。他の人間を動員してまで自分を殺そうとしている。


だが、そんな事は彼にとって大きな問題ではない。何しろ、取るに足りない連中だから。


「やれやれ。8年ぶりに出会えば、ここまで腐って落ちぶれているとは、本当に心底失望と呆れしかない」


この状況を生み出した男、工藤は最早自分の本来の立場を見失っている。


彼の本来の立場は、崇村家次期当主である菫の従者だ。従者であれば主である彼女の指示や命令に従い、事を実行したり補佐をする立場にある。


かつて同じ時間、厳密には少し違うが、元家族の性格を把握していた柊也は菫が工藤に命令して殺すことを自分の意思でするとは思えなかった。それに入学式からまだ1日しか経っていないという状況証拠から、菫が命令する事はないと考えていた。


つまり、工藤は私怨で周囲を巻き込み、柊也を殺そうとしている。


あまりにも醜悪。あまりにも愚か。


そんな男に、柊也は失望し、呆れ果てていた。復讐がバカバカしくなってくる程度に。


「こんなのが、彼女を手にかけようとしていたのか。ああ、くだらない。本当に、くだらない―――――――――」


何よりも、八重垣日那を殺そうとしていた事実が火種となった。


――――――――――故に。










「たがが8人程度の雑魚如きがオレを殺そうなぞ、片腹痛いわ!!」


崇村柊也に、憎悪の火をつけるには十分な事実であった。


「こ、こいつ!?」


「な、なんだ!?この魔力は!?」


「桁違いすぎる……!」


その凄まじい、魔力の膨大さに乱入してきた生徒たちは戦慄した。


「……ッ!お前は、お前は一体何者なんだ!?」


得体の知れない恐怖を感じた工藤は、そう言った。


さっきまでの余裕ある、工藤が知る、かつての面影が多少あった男とはかけ離れた、雰囲気と口調。それが、未知の恐怖となって工藤の口を動かした。


「オレは何者でもない、ただお前たちへ復讐を果たすまで止まらない憎悪の炎!この身、この魂、全てを薪にしたとしても!オレは、お前たちを許さぬ!」


彼から溢れる魔力は、青黒い炎となり、闘技場に輝く。


「貴様ら如きに『星辰』を使うまでもない。その傲慢、その醜悪、その驕り、我が炎で尽く焼き尽くしてくれる!!」


さながら、世界を食らう蛇の如く。憎悪の炎をまとい、男は宣言する。



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