予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第2章9話「その穂先、全てを穿つ」



「やあ!!」


勇ましき掛け声と共に、八重垣日那の刀は工藤俊也に振り下ろされる。


「ふん!」


しかし、刀は工藤の持つ槍に阻まれる。いともたやすく。


「!」


八重垣は距離を取り、刀を改めて構えなおす。


「(やっぱり、わたしと彼とで技量がそもそも違う。これが本当なら、頭をたたき割るつもりだったけど……!)」


「はぁ!!」


再び、工藤に向かっていく。


自らを斬らんとする刀を工藤は槍を軽く持っていくだけで防ぐ。予め、刀が来る場所を予測しているかのように、的確に刀を凌いでいた。


「ほう、道場剣法と言った所か。ワンパターンでわかりやすすぎる」


八重垣の一太刀を凌ぎつつ、工藤は言った。


上から振り下ろされた刀を弾くと、八重垣の鳩尾に蹴りを入れた。


「ぐっ……!!」


振り下ろした時の勢いと蹴りの衝撃によって、八重垣は後方に飛ばされた。地面を転がったが、すぐに体勢を立て直し、再び立ち上がる。


彼女の口元にはわずかに血が出ていた。恐らく地面を転がって叩きつけられた時に口を噛んだのか、唇の一部が切れていた。


「どうした?勝つつもりじゃなかったのか?」


挑発をするかのように、工藤は言った。


「ええ、もちろん。この程度で倒れるほど、わたしはヤワじゃありませんよ」


その挑発に乗るわけでもなく、八重垣はきっぱりと返事をした。


「(でも、蹴りだけでこれは少しキツイ……!他心通で来るってわかっていなかったら、間違いなくヤバかった……!)」


工藤の蹴りが八重垣の鳩尾に直撃する、わずかコンマ数秒前。


彼女は反射的に神通力・他心通で工藤の心を読み取り、自分の鳩尾に蹴りが入ろうとしていることがわかり、直撃は避けられないと判断した。そのため少しでもダメージを減らそうと、蹴りが直撃した瞬間に体を後ろに逸らし、致命傷を避けた。


もし、他心通で工藤の心を読み取らなかったら、彼の蹴りがもろに八重垣に直撃し、もっとダメージを負っていたに違いない。


今先ほどまでの打ち合いで自分と工藤にどれだけ力量差があるのかがハッキリとした。単純な技量では工藤の方に軍配が上がる。自分の刀の技量では、とてもではないが、工藤に一太刀を入れることが出来るか怪しいが。


「蹴りが入る直前で避けたようだな。いい反射神経をしている」


「褒めても何も出ませんけど、どうもです」


平静を装っても、改めて自分と工藤との間にどれだけ技量差があるのかを認識した八重垣は、内心では少し焦っている。ここまで来ると、自分が修めている魔術で対抗しきれるかどうかもわからない。


「でも、まだこれからです……!」


まだ決闘が始まってから5分も経っていない。制限時間も設けられていない。


勝敗条件は「どちらかが戦闘不能になるか降参するまで」。途中で降参するまでという条件を提示されたとしても、八重垣には降参の二文字はない。


彼女にとってそれは勝負を放り出す行い。生粋の武士が持つような誇りとかではなく、単純に彼女の意地である。故に降参という選択肢はない。


「六神通・神足通!!」


刀を地面に差し、体内で編み込んだ術式を起動させ、呪文を唱える。


すると、彼女に日の輝きのような魔力光が溢れた。光は体を包み、幻想的な輝きを放っていた。


「参ります!!」


地面に差していた刀を抜き、工藤に突撃する。刀を低く持ち、横なぎに振るおうとした。


「ふん!その程度、何と来ようが同じこと―――――――――」


工藤は目の前で突進してくる八重垣に対して、槍を向ける。


だがその瞬間、目の前で八重垣が消えた。否、消えたように見えた。


「!!」


背筋が凍るような気配を感じる。咄嗟に、その場から大きくバックステップによる回避行動を取る。


後方に、自らの首に刀を振り下ろす八重垣が出現したからだ。その判断が功を奏し、回避することに成功する。


「避けられてしまいましたか……」


まさか回避されるとは思わなかった八重垣は悔しそうにする。


「神足通による高速移動……、いや。今のは空間転移か?まさか、あの女はそこまでの力量があるとは思えん」


工藤は久方ぶりに感じた命の危険を伴う危機感に、冷や汗をかいた。


物心ついた頃から武術や魔術に身を置いてきた彼は、相手の力量をある程度量ることが出来る観察眼を有している。特に八重垣のように十二師家ではなく、一般人のように実力を隠しにくいような人間相手の力量を、魔術であろうが技量であろうがわかる。


先程の打ち合いで八重垣の剣技の技量を量ることが出来たが、魔術に関しては彼女自身が自ら修験道・六神通を修めていることを明かしている。その時点で彼女が素人であることも理解している。


その素人が、空間転移とかそういうレベルの神足通を使うことが出来るとは思えない。それが、工藤の所感だった。


もしそれが出来るとすれば、考えられることは一つ。


「事前に何者かがあの女に強化を付与エンチャントをしたと考えるべきか。劣等種共の考えそうな事だ」


侮蔑の念をもって言った。


「(原科先輩と崇村さんの強化エンチャント・付与ブーストでわたしの神足通を強化してもらったことは、もう今のでバレたと考えるべきですね……。効果が継続している間に、一発決めることが出来ればいいけど……)」


他心通で工藤の心をある程度読み取った八重垣はそう呟いた。


戦闘において他心通はかなり役に立つ。しかしそれは精神力がなくてはならず、尚且つ精神状態が平静でなければ他者の心を読み取るという行為は不可能であり、今彼女が工藤に対して他心通を用いて読み取ることが出来たのは、距離を取って一時的に戦闘を中断しているからだ。


理想としては戦闘中にでもできればいいのだが、八重垣は単純に修行不足と言える。工藤のように幼少期から魔術の世界に生きてきたわけでもない彼女では、これが限界である。


「なら、これで!神通・光射剣!!」


単純な打ち合いでは意味がないと判断した八重垣は、基礎魔術の「魔力生成」と神通力の合わせ技による技を行使する。自分の周囲に魔力の刀を作り出し、工藤に向けて5本射出する。


六神通ではなく、神の力の一端たる神通力。その基礎として「物体操作」がある。熟練の術者とならば、物理法則を無視した形であらゆる物質を動かすことが出来る。


「当たるか!」


目の前から来る魔力の刀剣を槍の一振りで振り下ろす。弾かれた魔力の刀剣は、弾き飛ばされ、闘技場の地面に突き刺さる。


「六神・神足通!!」


その隙に八重垣は、再び強化された神足通を行使する。


今度は工藤の懐へ。刀をぐっと握りしめ、魔力の刀剣を弾いたために空いたむき出しの脇腹へと刃を向ける。空間転移とすら称されるほどのスピードで懐へと移動することに成功した彼女は、そのままの勢いで工藤の脇腹を貫かんと刃が進む。


あまりの早さに目で追えなかった闘技場にいる者たちは、今まさに目の前で八重垣が工藤に一矢報いる時が来るのを目撃していた。


「(取った――――――――――!)」


自分ですら驚くような形で上手くいき、八重垣は思わず勝ちを確信した。この状態で自分の一突きを防ぐ手段などあるはずがないと。誰もがそう思った。


バキッ!!


「!?」


だが、八重垣の一突きは、工藤が身にまとう服に阻まれた。まるで金属で出来ているかのようなそれは、魔力を通しやすい金属である「魔銀ミスリル」が配合された刀を阻んだのだ。


彼女が知る由もないが、彼女の持つ刀はこの世界においても希少な魔銀ミスリルで作られた刀である。数打ち大量生産されているが、それはあくまで1年にわずか数十本という数での話であり、貴重なものではあるのだ。そのため、生半可な防御術式や鎧では物理的に防ぐことは難しい。


「残念だったな」


その一言を言い放ち、工藤は槍の柄で八重垣の脇腹を打ち付け、ぶっ飛ばした。


「ああ!!」


ぶっ飛ばされ、地面を転がった。学園から支給された制服はボロボロになり、スカートも一部が破れている。


「八重垣!!」


柊也は彼女のその状況に声を上げ、前に乗り出そうとした。


「ダメよ。崇村君」


「原科先輩、だがあれだと―――――――――」


「言い忘れたけど、決闘に関係ない人間が強引に介入すれば、どうなるかわからないわ」


「……!!」


原科に言われ、柊也は拳を握りしめながら思いとどまる。


「……気持ちはわかるけど、これは彼女が自ら承諾した事よ。ここはこらえて」


彼の言う通りだ。決闘は、外部からの介入があった場合、それらが「無効」とされてしまい、妨害を行うなどをした者の関係者が処罰されてしまう場合がある。


今回の決闘は、十二師家の関係者である工藤と、それらとは関係のない八重垣との決闘。もし双方のどちらかに関係する者、誰かが妨害をするなどをすれば、どちらが大きな損害を被るかは明らかである。つまり、柊也が彼女に加勢をしたりすれば、八重垣の方が大きなペナルティを課せられる可能性がある。


そうなってしまえば、決闘どころではなくなり収支がつかなくなってしまう。そうなれば、八重垣は双方に承諾した決闘のルールを破ったということになり、学園での立場を大きく害してしまう。


「でも、彼女。まだ諦めるつもりはなさそうよ」


原科が指を指して言った。


八重垣は既に立ち上がっており、口元の血を拭い、刀を構えなおしていた。


「神通・光射剣!!」


再び同じ魔術を使い、魔力の刀剣を工藤に射出する。


「小癪な」


しかし、同じ手は通じるわけもない。魔力の刀剣は再び弾き飛ばされる。


「神足通・兜割!!」


八重垣は、再び神足通で工藤の目の前に高速移動をし、その勢いに乗せて刀を振り下ろす。


が、それらをものともせず、工藤は防いだ。そして即座に体勢を整え、工藤は槍を突きつけてくる。


「く!」


連続で行われる刺突を八重垣は刀で弾いたり、身のこなしを必死で駆使して全力で避ける。


「(一発でも食らったら、マズイ!)」


ギリギリの所で他心通を使い、工藤の持つこの槍が心装であること、そして「この槍を受けてしまえば勝負がついてしまう」という、危機的状況に対する直感から、彼女は必死で避け続けていた。自分と工藤との技量差を明確に意識したからか、防御に徹する。


「穿通槍!!」


少し距離を取った八重垣に、工藤は槍に力をこめ、一気に前に突き出す。


「!!これ、で!」


避けきれないと判断し、隠し持っていた「竜麟のペンダント」を起動させた。


使う者にはBランク相当の防御術式起動による、防御結界を展開して守る鱗。魔術と物理攻撃に対して耐性を持つと言われている、文字通り竜種の鱗を加工して作られた代物だ。出立する前に父から御守り代わりに渡されたものだった。


緑色の防御結界が八重垣の前面に展開される。これなら、工藤の槍を防ぐことが出来るだろう。


「……!?嘘!?」


しかし、その防御結界は容易く破られた。


工藤の槍がその防御結界を容易く貫いたのだ。


「あぁぁ!!」


槍が直撃すると悟った彼女は、ペンダントそのものを工藤の槍の穂先にぶつけた。だが、その衝撃と内部の魔力が暴発するように弾け、再び八重垣は吹き飛ばされた。


「嘘でしょう……!竜麟のペンダントが、いとも簡単に貫かれるなんて……!」


ギリギリの所で、他心通が使えずに工藤の槍がどのような効果を持っているのかを知ることが出来なかった八重垣はひどく焦る。


「それもそうだろう。俺の持つこの心装『魔槍・蜻蛉切とんぼきり』の穂先は、Aランク以下の防御要素を貫く」


「冗談みたいな、心装ですね……!」


工藤の持つ槍、穂先が分厚く穂先が鋭く、蜻蛉の意匠の装飾のようなものが柄に施された心装「魔槍・蜻蛉切」。かつてとある武士が使用していたもので穂先に止まった蜻蛉が、あまりの鋭さに切れたという逸話がある槍。


「『伝承補正』か……!」


工藤の槍を見た柊也が呟いた。


伝承補正。かつて「旧世界」にて伝えられた伝承、伝説、逸話などを神秘の力、即ち魔術などで再現、カタチにする異能。


怪魔に対抗するための手段として、「西暦の黙示録」で失われた伝承・伝説をカタチにするために、神霊たちがそれらを様々な形で全人類に施したとと言われている。


魔槍・蜻蛉切の場合。前述の「穂先に止まった蜻蛉が止まっただけで切られた」という伝承から、「穂先に触れたモノは切られる」という概念によって、あらゆる防御要素を貫くという効果として表れているのだ。


「だが、悪いがこれ以上は時間の無駄だ。本気で終わらせてやる。……唸れ、『蜻蛉切』!共鳴顕現ユニゾンリンク!!」


その詠唱と共に、彼と心装が緑色に光り輝き、その光に包まれた。


光が弾けるように解け、その姿が露わになる。


一言で言うなら、昆虫の鎧武者と言える姿をしている。全身を緑の鎧のような外骨格に身を包み、背中には虫のような羽を有している。顔は武者の兜の如く覆っており、唯一露出しているのは目元と口部分のみ


全体的に重厚さと柔軟さを持ち、武術に身を置き続けた工藤に相応しいと言える姿だろう。


「さあ、どうする?貴様と俺との実力差はハッキリしている。ここで降参すれば、貴様は無事で済むぞ?」


その姿を見て、そのような台詞を聞いた見学者たちは、工藤が本気で八重垣を叩き潰そうとしていることを改めて実感する。


大人げないとかそういうものではなく、「十二師家の関係者に逆らうということがどういうものなのか」という事実が、現在この場に集まっている多くの人間たちにそういった印象を与えていた。


その状態に、一部を除いて多くの見学者が「八重垣日那は降参するしかない」と考えていた。そう思わざるを得なかった。


「えい」


だが、彼女はそうではなかった。手に持っていた刀を、強化した腕力で工藤に向けて思いっきり投げつけたのだ。


「な……!?」


工藤はその行為に驚きつつ、槍でその刀を叩き落した。


「降参はしません。するわけがありませんから。降参するつもりなら、今頃こんな所にはいませんよ」


「なんだと?」


降参しないと。これほどまでの実力差を見せつけられても、八重垣日那の心は折れていなかった。


「何度だって挑みます。わたしは貴方に勝ちに行くためにここにいるのです。――――――ですから、わたしも全力で行きます!」


そう宣言すると、八重垣は左手を前に突き出した。


すると、彼女の周囲に光が溢れた。


その光を例えるのなら、太陽。日光の煌めきのような、温かな光が彼女の左手に集まる。


光はカタチを成す。カタチを成した光は、彼女に相応しいモノとなって顕現する。


「照らせ!『日輪正宗ひのわのまさむね』!」


少女の叫びと共に、その手に一本の太刀が握られた。


そして――――――――――。


「我が魂の煌めきを、ここに表し給え!共鳴顕現ユニゾンリンク!!」


高らかに、自らの心の鎧を身にまとうために、その詠唱を行った。

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